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夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。

    薔薇 しのぶれど


 

二週間ぶりに見る我が家の庭、蒸し暑いその日迎えてくれたのは

涼やかに咲いた薄紫の薔薇「しのぶれど」でした。


  しのぶれど 色にでにけり わが恋は

  ものや思ふと 人のとふまで (百人一首から 平兼盛)


いにしえの男性はこんなにも切なく深みゆく恋をしていたのかと。

私はどちらかといえば新古今和歌集の式子内親王が詠んだ

この歌に心惹かれる。

  

  玉の緒よ たえなばたえね ながらへば

  忍ぶることの よわりもぞする


玉の緒の玉とは魂のこと

平凡に生きていく中にもさまざまな事に出会うもの。

その中でも魂を純粋に揺れうごかし痛めるものはやはり恋。

お互いの魂を震撼させ、お互いの魂をばら色に染める恋に出会う

ことは稀。

相手の魂がこちらを向いてない恋ほど哀れで切ないものはない。

どこの誰とも知らぬ人に恋をして

その身を細らし恋にやつれはてる。

時代は変わろうと人の思いはとこしえに不変。

むくわれない「しのぶ恋」に魂は傷つき痛む

玉の緒とは命そのものなのである。



きょうの午後NHKーFMで久しぶりに聴いたベートーベン作曲

ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」

今夜はルドルフ・ゼルキンのピアノで・・・。

ルドルフ・ゼルキン,
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ

  


   薔薇 ピンク

     お隣からいただいた薔薇の一枝を

     庭土に挿してもう10年。

     この薔薇の名前は知らない。

     人に聞かれると

     「無印良品」と答えることにしている。

     名前なんかなくても薔薇は薔薇

     ブルーグレーの夕空に

     ピンクの花が品よく匂う




音楽にも無印良品があることを知った一枚

「フォスターの夜会」

ジャン・デガエターニ  レスリー グィン

ワシントン・カメラータ合唱団,

フォスター

金髪のジェニー ~フォスターの夜会


   バラ ラブ


Love is a many-splendored thing
It's the April rose that only grows in the early spring
Love is nature's way of giving a reason to be living
The golden crown that makes a man a king
Once on a high and windy hill
In the morning mist two lovers kissed and the world

stood still
Then your fingers touched my silent heart and taught

it how to sing
Yes, true love's a many-splendored thing


春浅きあした 
風に揺れて咲くバラの花こそ
二人のはかない
恋の姿よ
つかの間に咲いて散る
君とただ二人
霧にぬれ固くいだき合いて
口づけし別れの丘に今日も
君慕い君想う

映画「慕情」の主題歌

Love is a many-splendored thing」

くる日もくる日もあきることなくレコードで聴き続けたのは
むかしむかしの話です。

「恋とは素晴らしきもの」と恋に憧れ

恋に恋焦がれたあの頃の遠い記憶。

この胸におちた恋の一しづく

慕わしく思えば思うほど遠のく恋もあると知ったのは

遠い記憶ではない。

六月の青空にひときは映える薔薇「ラブ」の花裏は白

「燃えるだけが恋ではないよ」と、

物言わぬ花に教えられた。






  6月16日 朝の空
 


梅雨の晴れ間

早朝の空の美しいこと!!

ひんやりとした空気のなんと清浄なこと!!

輝きはじめた白い太陽

空一面に流れる白い雲

夜のまどろみから覚めた草花は

陽の光に溶けて

輝きはじめる

小さな小さな

朝のしあわせ



NH-FM「バロックの森」から

ヴィヴァルディのファゴット協奏曲ハ長調を聴きながら




    早苗
    


稲の若い苗を「早苗」と呼ぶ。

やさしくて美しい表現ですね。

農道では田植えが始まり、もうほとんどの田は早緑色。

まだ寒いうちから田起こしがはじまり休む間もなく次から次と、

農作業がなされていく。田植えは機械化されても、苗代作りから

田んぼの土手?を整えたり、あぜ道を刈ったり、田に水を入れた

りと水田の仕事は見ているだけでも大変だとわかる。

順序正しくなされていく一連の仕事、農業にはまだ「秩序」という

言葉が残っているのだと思うと、田や畑から学ぶことの何と多い

ことか、、、感心しながらの散歩道、農道を吹き抜け風の心地よ

さ、早緑の田を吹きぬける風のことを青い風と呼ぶと聞いたことが

あるけれど、本当にそうだと思った。



    早緑の田


6月に雨が多いのもなるほどと思いますね。

田植えの時期にあわせての梅雨入り、雨が毎日のように降り続

いて大地に水がしみこむ天からの恵み、いつも思うのですが、

「つゆ」はどうして漢字で「梅雨」と表すのでしょう。

「毎」は繰り返すという意味、つまり人生を言い表すとか、繰り返し

繰り返し子供の言葉に耳を傾け、休まずにすべてのことを考える

のが「母」、母がつく字は、生きとし生けるものを育てることに関係

した言葉ということになるのでしょうね。そう考えてみると「梅雨」と

いう言葉には深い意味があるのだということがわかります。


毎日同じ道を散歩しても日々移りゆく風景に心奪われてしまう。

特に田植えが始まって秋の刈り入れまで稲の生長を身近に見て

ると、古代から受け継がれた自然崇拝、目に見えない自然の力

に、尊敬と畏敬の念を抱き、天地への感謝、風水害の祈願、自然

神と崇めた日本人の魂の根源は稲なくしては考えられないの

知れないと思うのですが・・・




散歩道にて


車の中からぼんやり眺めた風景は通り過ぎるだけ?

昨日確かにあった建物がきょうはなくなっている。

そこになにがあったのか思い出せない。

いったい私は何を見ていたのでしょう。

その記憶の曖昧さ。


毎日の散歩道でも同じことが・・・。

きょう、いつもの散歩道でふと足を止め、しばらく考えた。

去年この休耕田にこの草が(多分犬たでと思ったけど・・)

こんなに広がっていたかなあ?・・・と。

記憶とはなんなのでしょうね。

不思議です。


昨日のこと、去年のことも思い出せないのに、二十年前、ある

雑誌で読んだ八十歳近い農家の老婦の言葉(素朴な疑問)

鮮明に覚えている。


「おらは無学で、世間も狭いからわかんねえのかも知れぬが、

どう考えても、近頃の政府(おかみ)のやり方はおかしいよ。

だって都会の人らが物交に着物抱えて、米を分けてくろと頼み

に来たのはそんなに遠い昔じゃあねえ。

いまの大臣しゅうの年齢(とし)ごろならみな、よう知っての筈じゃ。

それがこの節は、”米の耕作はへらせ。へらした分だけ金をくれて

やるから”という。そんなこと、どう考えてもただごとじゃねえ。

ただごとじゃねえことが通る世の中なんて、おらは信用できねえ。

こりゃまた、近いうち、戦争がおっぱじまるんじゃあるまいか。」


子供の頃から、お米は大切と、事あるごとに親に教えられて

育った。お茶碗に米粒を一粒でも残すと叱られた。

今でもお米を研ぐとき一粒でも流れると急いで拾う。

米穀通帳がなければお米が買えなかった幼い日の記憶が

休耕田を前に甦ってきたのです。

それにしても

年々休耕田が増えていくのが目につく。

これでいいのかと、ふと不安がよぎった。



    プラキカム
 


小さなプラキカムが歌うように風にそよぎながら

横一列にならんで咲いていた。

私は思わず、「G線上のアリア」と声に出して言った。

そっと花びらに触れながら

そっと話しかけてみる

花もほほえみながら私を見ている

一輪一輪に命の存在が

命があるから花を愛するのです。

花は無心に一生懸命咲くから美しいのです。

プラキカムがかすかにゆれる朝の庭に

「希望の風」が吹いてゆく。



  ピンク・パンダ



会う人ごとに「見て見てこんなに可愛らしい花はないわ」と手放し

で褒めてしまう、私の愛してやまないワイルド・ストロベリー・ピン

パンダのピンクピンクした花の色や形に幸せを感じてしまう。

ピンクの花びらに包まれた一つの命。

甘酸っぱい、赤い実がなるのはいつでしょう。


幸せ、幸福感、こんな幸せがあっていいの?

はじめてわが子を胸に抱いた時の感動は心震える

人生最大の喜びでした。

受け継がれた新しい命

きょう、6月1日、再びその喜びを感じています。

 

 新たなる

 縁(えにし)の
 不思議さと

 古き絆のありがたさに

 涙のでた日

       (ひろはまかずとし 「あたりまえの愛」より)



   

   薔薇ジャクリーヌ・デュプレ

「白が好きな人は怖いもの知らず」、昨年の秋、この言葉をどこ

に書きましたが・・・。

この言葉が心の片隅にあるのか、なかなか手元にひきよせられ

なかった白い花。

例外はあるもので、「白梅」と薔薇の「ジャクリーヌ・デュ・プレ」は

大好きな白です。

春のはじめの夕刻の空はうす水色、その中にぼんやりと浮く白梅

の白が気高くて、農道の脇にしばし佇んでみとれたことがあった。


緑あふれるこの季節の夕闇はずい分長く、だんだんと薄紫の闇

濃くなって、辺りの景色が闇の中に沈んでいくのがわかる

暮れなずむ薄明かりに冴える薔薇、ジャクリーヌ・デュプレの

は、決して闇に染まらず、パッと浮き立つ美しさがある。

白は無垢な色とよく言われるけれど無垢の中にも華麗さが・・・。

   薔薇 ジャクリーヌ・デュプレ

今年のデュプレは大きな花を咲かせた。うすい繊細な花びら

の命は短く、留守にしていた間に一番花の盛りはすぎてしま

い、散りぎわしか写せなかった。

白い花びらに、長くカールしたピンクの蕊だけのシンプルさが

かえって美しい、なんともいえない蕊の美しさに感動!


一世紀に一人の名女流チェリストと謳われた類まれな才能。

多発性硬化症という難病のため42歳の若さで美しい花びらを

散らしていったジャクリーヌ・デュ・プレ

繊細さとやさしさだけでなく男性的な力づよさも感じさせる、

デュ・プレの奏でるチェロの音色は、長い長い薄紫の闇に

込みながら、やがて五月の漆黒の闇へと消えていく。


二つの花が寄りそうように、、、、

咲きはじめのほのかなピンクが、清らかな白移ろいながら

花が開いていきます。美しさと儚さ、散ってなお心に残る白い

薔薇、この花にジャクリーヌ・デュ・プレと名づけたのは誰?



夕闇の中で聴くフォーレの「エレジー ハ短調」。

情感がこもっていて美しい。


ジャクリーヌ・デュ・プレ ロンドン交響楽団, ,

伝説のチェリスト・ジャクリーヌ・デュ・プレ



   薔薇 サンガッティス 蕾


 

  美しい五月になって すべての蕾がひらくときに

  私の胸にも 恋が萌え出した

  美しい五月になって すべての鳥が歌をうたうとき

  私の憧れと想いを あの人に打ち明けた

                (ハイネの詩「詩人の恋」から)


シューマンの歌曲集「詩人の恋」の第一曲は「美しい五月に」 ・・

ドイツの詩人ハイネが失恋したときにつくられたといわれている

美しい詩、その時シューマンは恋の絶頂期だったとか。

「美しい五月に」・・・何回も何回も声に出していってみたくなる

大好きな言葉。

自然が美しいと音楽も美しいですね。

美しい五月と共に我が家の庭も薔薇が次々に花開いて、咲いて

は散り、散っては咲きと、もっと長く咲いてて・・と祈る気持ちです。


今年はどういうわけか

黄色の薔薇「サンガッティス」が美しい!!

花びらを波打たせ鮮やかに咲いた黄色の薔薇サンガッティス。

美しい五月のすべてを象徴したように生気漲る黄色に、思わず、

「今年はどうしてこんなに美しいの?」と、声をかけました。

大好きな黄色でも薔薇の黄色は長い間敬遠してきましたが、今年

サンガッティスに魅せられています。

五月は恋の季節なの?

私には心揺れ動く、、、、

揺れ動いたといったほうがいいのかも、

涙にくれた、、、去年の五月の終わりを、思い出してしまいます。

   薔薇 サンガッティス