早苗 | 夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

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私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。


    早苗
    


稲の若い苗を「早苗」と呼ぶ。

やさしくて美しい表現ですね。

農道では田植えが始まり、もうほとんどの田は早緑色。

まだ寒いうちから田起こしがはじまり休む間もなく次から次と、

農作業がなされていく。田植えは機械化されても、苗代作りから

田んぼの土手?を整えたり、あぜ道を刈ったり、田に水を入れた

りと水田の仕事は見ているだけでも大変だとわかる。

順序正しくなされていく一連の仕事、農業にはまだ「秩序」という

言葉が残っているのだと思うと、田や畑から学ぶことの何と多い

ことか、、、感心しながらの散歩道、農道を吹き抜け風の心地よ

さ、早緑の田を吹きぬける風のことを青い風と呼ぶと聞いたことが

あるけれど、本当にそうだと思った。



    早緑の田


6月に雨が多いのもなるほどと思いますね。

田植えの時期にあわせての梅雨入り、雨が毎日のように降り続

いて大地に水がしみこむ天からの恵み、いつも思うのですが、

「つゆ」はどうして漢字で「梅雨」と表すのでしょう。

「毎」は繰り返すという意味、つまり人生を言い表すとか、繰り返し

繰り返し子供の言葉に耳を傾け、休まずにすべてのことを考える

のが「母」、母がつく字は、生きとし生けるものを育てることに関係

した言葉ということになるのでしょうね。そう考えてみると「梅雨」と

いう言葉には深い意味があるのだということがわかります。


毎日同じ道を散歩しても日々移りゆく風景に心奪われてしまう。

特に田植えが始まって秋の刈り入れまで稲の生長を身近に見て

ると、古代から受け継がれた自然崇拝、目に見えない自然の力

に、尊敬と畏敬の念を抱き、天地への感謝、風水害の祈願、自然

神と崇めた日本人の魂の根源は稲なくしては考えられないの

知れないと思うのですが・・・