このところ岡山と京都を行き来することが多く、先日も台風の北上
と共に京都へ、、、、。
じとじとと雨の続く季節、湿気の多い風土がつくりだす自然、人間
も自然の一部とはいえ、自然の素晴らしさは言うに及ばず、自然
の恐ろしさを前にして人間はただ呆然とたちつくすしかないのでし
ょうか?
台風が去った翌朝、土砂崩れのため濁った水が滝となって轟々
と山全体に響き渡る音を聞きながら、小雨に煙る山道を散策す
ると、咲き残りの小アジサイ、透き通るような紫の夏枯草(かこ
そう)、あるかなきかの淡い紫が可愛らしく、雑草と呼ぶのが
はばかれるヒメジオンが、緑に映えながら生き生きと咲いてい
ました。
「雨に洗われた木々や花は美しい」、、、
聞きなれた言葉ですが、京の山深くに広がる野草浄土。
雨にあらわれなくても、穢れを知らないその姿に見とれることは
しばしばですのに、雨の雫を受けた野の花の美しさはまた格別、
深く心打れます。
この花たちには似つかわしくない歌かな?と、気が引けましたが
、なぜか懐かしい歌 「雨に咲く花」 を歌いながらの散策、、、、。
♪~およばぬことと 諦めました
だけど恋しい あの人よ
ままになるなら 今一度
一目だけでも会いたいの~♪ (昭和10年)
雑草と呼ばれている野の花に
降りそそぐ柔らかい雨、
花に寄せる想いも
人に寄せる想いもおなじですね。
その時々の心模様で
深くなったり浅くなったりします。
*写真上から、小アジサイ、夏枯草 ヒメジオン、
















