結石の検査
ただ検査するといっても、どうやって検査するのかと思いつつ、
とりあえず順番待ちです。
「泌尿器科」ということでそんなに人はいないんじゃないかと
勝手に想像してましたが、結構いるものですね。
まずは、検査室らしきところに入り、点滴の形で薬液投与です。
そして、30分ほど待機してレントゲン撮影しました。
現像完了まで、再度待機。
そして診察室に移動して診断結果を聞きました。
「きれいになくなってますね。」
腎臓部分から、下腹部の両脇に1本ずつヒョロヒョロっと尿道が
白く浮き上がって写っていました。
「検尿の時に、大小2つ出たと思うんですよ。カップの底に
見えたのが間違い無いと。」
「ああ、そうでしたか」
(やっぱり、あの看護婦は聞いてねぇ)
「尿道結石は、流し出すしかないんですよね。スポーツドリンクか
お茶を多めに摂るのが一番なんです。流し出すという点では、
ビールもOKですね」
レントゲン写真を見ると、尿道が腎臓の中で木の根っこのように
細かく枝分かれしているのがわかります。
しかし、その枝分かれしている部分はどことなくぼんやり。
ちょうどそのあたりを指差し、
「このあたり、ぼやけててハッキリ見えないでしょ?こういう人は
結石になりやすい傾向があるので、気をつけて下さいね」
なるほど、そうですか。
…というわけで、診察終了。
幸い、その後は今のところ再発していません。あんなに
つらい思いはもうしたくないというのが正直なところです。
とりあえず順番待ちです。
「泌尿器科」ということでそんなに人はいないんじゃないかと
勝手に想像してましたが、結構いるものですね。
まずは、検査室らしきところに入り、点滴の形で薬液投与です。
そして、30分ほど待機してレントゲン撮影しました。
現像完了まで、再度待機。
そして診察室に移動して診断結果を聞きました。
「きれいになくなってますね。」
腎臓部分から、下腹部の両脇に1本ずつヒョロヒョロっと尿道が
白く浮き上がって写っていました。
「検尿の時に、大小2つ出たと思うんですよ。カップの底に
見えたのが間違い無いと。」
「ああ、そうでしたか」
(やっぱり、あの看護婦は聞いてねぇ)
「尿道結石は、流し出すしかないんですよね。スポーツドリンクか
お茶を多めに摂るのが一番なんです。流し出すという点では、
ビールもOKですね」
レントゲン写真を見ると、尿道が腎臓の中で木の根っこのように
細かく枝分かれしているのがわかります。
しかし、その枝分かれしている部分はどことなくぼんやり。
ちょうどそのあたりを指差し、
「このあたり、ぼやけててハッキリ見えないでしょ?こういう人は
結石になりやすい傾向があるので、気をつけて下さいね」
なるほど、そうですか。
…というわけで、診察終了。
幸い、その後は今のところ再発していません。あんなに
つらい思いはもうしたくないというのが正直なところです。
「取れた」後
「どうも、取れたみたいです」
一応看護婦にはそう伝えたのですが、聞こえたか聞こえなかったか
反応はありませんでした。
とりあえず痛みは消えましたが、薬(多分痛み止めだと思いますが)を
もらって帰宅しました。
帰宅したのは昼過ぎ。
家にいても、何故仕事場におらず休んでいるのかわからないという
錯覚を起こすほど、まるで何もなかったかのように体調は良好。
あれほど痛くて苦しかったのは一体なんだったのか…
改めて、最初に行った救急病院が腹立たしく思えました。
翌日、普通に出勤したところ、同僚の反応は最初に
「あれ??」
父親が出勤出来ない旨を電話連絡しましたが、ちょっと大げさに
「入院した」という伝わり方をしたようでした。
「しばらく来れないと思ってたよ」
当時の同僚のリーダーが、ちょうど1年前にまったく同じ尿道結石で
病院に担ぎ込まれた経験があったそうで、その感覚から余計に
「もう少し時間がかかるだろう」という推測になったようです。
「いや、最初はダメだと思ったけど、ポロっと出ちゃったんだよ」
「あー、そうなんや。でも早 くに出てもうてよかったなぁ」
(リーダー、関西系)
そして後日、念の為同じ病院に検査に向かいました。
一応看護婦にはそう伝えたのですが、聞こえたか聞こえなかったか
反応はありませんでした。
とりあえず痛みは消えましたが、薬(多分痛み止めだと思いますが)を
もらって帰宅しました。
帰宅したのは昼過ぎ。
家にいても、何故仕事場におらず休んでいるのかわからないという
錯覚を起こすほど、まるで何もなかったかのように体調は良好。
あれほど痛くて苦しかったのは一体なんだったのか…
改めて、最初に行った救急病院が腹立たしく思えました。
翌日、普通に出勤したところ、同僚の反応は最初に
「あれ??」
父親が出勤出来ない旨を電話連絡しましたが、ちょっと大げさに
「入院した」という伝わり方をしたようでした。
「しばらく来れないと思ってたよ」
当時の同僚のリーダーが、ちょうど1年前にまったく同じ尿道結石で
病院に担ぎ込まれた経験があったそうで、その感覚から余計に
「もう少し時間がかかるだろう」という推測になったようです。
「いや、最初はダメだと思ったけど、ポロっと出ちゃったんだよ」
「あー、そうなんや。でも早 くに出てもうてよかったなぁ」
(リーダー、関西系)
そして後日、念の為同じ病院に検査に向かいました。
痛みはピークに
尿道結石だと言われている間も、まともに返事できる状態では
ありません。うなりながら、まさに「のたうちまわる」とはこのことです。
手や足を揺り動かしてみたり、髪をかきむしってみたり…と、
とにかくその場の痛みに耐えることだけで必死です。
そうしていると、自分の横についたベテランと思しき看護婦(?)が
自分に横向きになるように指示しました。
横向きになっても、ジタバタと動かずにはいられない状態でしたが、
看護婦は早業で座薬を投入。
電光石火と言っても過言ではないような…
いとも簡単に「スポン!」と入れられたのです。
「?」としたのは、いわゆるナース服ではない人だったからです。
どんな立場の人だったのか検討もつきません。
このときが真に痛みのピークでした。
時間と共に、徐々にではありますが痛みが引いていきました。
耐えることで体力をほぼ使い果たしましたが、それと同時に
痛みもなくなって来た頃、別の看護婦(こちらはナース服)から
小水を取るよう指示されました。
そして病院のトイレへ。
出てきた小水は、明らかに「赤」が混じり、起きたときよりも更に
重たい色と言いましょうか。
しかし、です。
プラスチック(半透明)のカップの底を見ると、赤黒い2つの「点」が
はっきり見えました。
これが自分をのた打ち回らせた「結石」だったようです。
2つあったのか…
疲れ切っていましたが、その時点からもう痛みはほとんど
嘘のように消え去っていました。
ありません。うなりながら、まさに「のたうちまわる」とはこのことです。
手や足を揺り動かしてみたり、髪をかきむしってみたり…と、
とにかくその場の痛みに耐えることだけで必死です。
そうしていると、自分の横についたベテランと思しき看護婦(?)が
自分に横向きになるように指示しました。
横向きになっても、ジタバタと動かずにはいられない状態でしたが、
看護婦は早業で座薬を投入。
電光石火と言っても過言ではないような…
いとも簡単に「スポン!」と入れられたのです。
「?」としたのは、いわゆるナース服ではない人だったからです。
どんな立場の人だったのか検討もつきません。
このときが真に痛みのピークでした。
時間と共に、徐々にではありますが痛みが引いていきました。
耐えることで体力をほぼ使い果たしましたが、それと同時に
痛みもなくなって来た頃、別の看護婦(こちらはナース服)から
小水を取るよう指示されました。
そして病院のトイレへ。
出てきた小水は、明らかに「赤」が混じり、起きたときよりも更に
重たい色と言いましょうか。
しかし、です。
プラスチック(半透明)のカップの底を見ると、赤黒い2つの「点」が
はっきり見えました。
これが自分をのた打ち回らせた「結石」だったようです。
2つあったのか…
疲れ切っていましたが、その時点からもう痛みはほとんど
嘘のように消え去っていました。
判断に迷っていたところ…
その病院、救急病院という名目があるので、建物の横には
救急車が待機しているのです。
そして、たまたまそこに人がいたのです。
その時は恐らく救急車の整備をしていた感じでした。
その人が自分の車に近寄ってきて、父親に
「どうしました?」
と声をかけてきました。
これこれこんな状況で…と事情を説明すると、
「それでしたら、今ちょうどこの救急車が空いてますので、
対処できる病院にかけあってみましょう。早速、こちらに
乗り換えて下さい」
連絡を取ってくれました。
そして対処できる病院は、自宅から3駅ほど離れた総合病院。
そこまで乗せて行ってもらいました。
移動中は、痛みを少しでも紛らわせる目的でしょう、いろいろな
質問を投げかけてきます。
まず、お名前は… ご住所は… おいくつですか… などなど。
ひとしきり質問を終えると、病院に症状を連絡していました。
しばらくして、病院に到着です。
すると、さぁ待ってましたとばかりに看護師がどどっと駆けつけ、
救急車で横たわっていた担架ごと運び込みます。
中にいた若い医師が
「状況から見て尿路結石とみて間違いないと思います。」
尿「路」結石と言いました。
同じことですが、尿「道」とは言わないんですね。
ちょうどその頃、父親は自分の車で病院に到着し、その医師に
状況説明を受けたようです。
さらに続きます。
救急車が待機しているのです。
そして、たまたまそこに人がいたのです。
その時は恐らく救急車の整備をしていた感じでした。
その人が自分の車に近寄ってきて、父親に
「どうしました?」
と声をかけてきました。
これこれこんな状況で…と事情を説明すると、
「それでしたら、今ちょうどこの救急車が空いてますので、
対処できる病院にかけあってみましょう。早速、こちらに
乗り換えて下さい」
連絡を取ってくれました。
そして対処できる病院は、自宅から3駅ほど離れた総合病院。
そこまで乗せて行ってもらいました。
移動中は、痛みを少しでも紛らわせる目的でしょう、いろいろな
質問を投げかけてきます。
まず、お名前は… ご住所は… おいくつですか… などなど。
ひとしきり質問を終えると、病院に症状を連絡していました。
しばらくして、病院に到着です。
すると、さぁ待ってましたとばかりに看護師がどどっと駆けつけ、
救急車で横たわっていた担架ごと運び込みます。
中にいた若い医師が
「状況から見て尿路結石とみて間違いないと思います。」
尿「路」結石と言いました。
同じことですが、尿「道」とは言わないんですね。
ちょうどその頃、父親は自分の車で病院に到着し、その医師に
状況説明を受けたようです。
さらに続きます。
ある朝の激痛
時期は急に最近になり、5年ほど前のことです。
当時、平日は仕事のために朝は6時半過ぎ頃に起きていました。
ところが、その日の朝は普段と違い尿意をもよおして5時過ぎに
起きてしまったのです。ここからして既に変でした。
尿意といっても、「なんだか下腹部が重い」という感覚です。
「尿意と思ったけど、腹を壊したかな?」
…とりあえず、トイレに行きます。
ところが、
「出たいのに、出ない」
まったくではありませんが、「出方」がすごくおかしいのです。
それに、ほんの少しオレンジがかっている…?
それ以上出ないので、仕方なくトイレから出てきても、まったく
すっきりしない。それどころか、下腹部の重さは増すばかり。
徐々に痛みになってきました。
これは、まずい。
「ちょっと…腹が…痛い…でも…いつもと違うんだ…」
そんな感じで家族に伝えると、
「どうする!?救急車呼ぶか?医者に連れてくか?」
「う、うん… とりあえず、医者に…」
自宅(現在の自宅です)の近く、数百m程度のところに、
救急病院があります。
当時は車を持っていたので、父親に運転してもらい、病院に
向かいました。
その間も、痛みはどんどん増していき、それに耐えるため
「ウーーーーッ」という声が自然と出てくるようになっています。
後から聞いた話ですが、父親曰く「原因がなんだかわからなかった
から、あの時はさすがに慌てたよ」とのこと。
助手席を倒し、そこに横たわり、うめきながら病院到着。
しかし…
出てきた事務員らしきおばちゃんが言うには
「今、担当医がいないんで対応出来ないんですよ…」
救急病院じゃないのか!ここは!
自分は痛みでそれどころではなかったですが、、ここから少々
父親の怒りも加わり…
さぁ、どうすればいいんだと(父親が)考えていたところ…
続きは次回へ。
当時、平日は仕事のために朝は6時半過ぎ頃に起きていました。
ところが、その日の朝は普段と違い尿意をもよおして5時過ぎに
起きてしまったのです。ここからして既に変でした。
尿意といっても、「なんだか下腹部が重い」という感覚です。
「尿意と思ったけど、腹を壊したかな?」
…とりあえず、トイレに行きます。
ところが、
「出たいのに、出ない」
まったくではありませんが、「出方」がすごくおかしいのです。
それに、ほんの少しオレンジがかっている…?
それ以上出ないので、仕方なくトイレから出てきても、まったく
すっきりしない。それどころか、下腹部の重さは増すばかり。
徐々に痛みになってきました。
これは、まずい。
「ちょっと…腹が…痛い…でも…いつもと違うんだ…」
そんな感じで家族に伝えると、
「どうする!?救急車呼ぶか?医者に連れてくか?」
「う、うん… とりあえず、医者に…」
自宅(現在の自宅です)の近く、数百m程度のところに、
救急病院があります。
当時は車を持っていたので、父親に運転してもらい、病院に
向かいました。
その間も、痛みはどんどん増していき、それに耐えるため
「ウーーーーッ」という声が自然と出てくるようになっています。
後から聞いた話ですが、父親曰く「原因がなんだかわからなかった
から、あの時はさすがに慌てたよ」とのこと。
助手席を倒し、そこに横たわり、うめきながら病院到着。
しかし…
出てきた事務員らしきおばちゃんが言うには
「今、担当医がいないんで対応出来ないんですよ…」
救急病院じゃないのか!ここは!
自分は痛みでそれどころではなかったですが、、ここから少々
父親の怒りも加わり…
さぁ、どうすればいいんだと(父親が)考えていたところ…
続きは次回へ。
病気や怪我ではないですが
今回の記事は病気でもなければ、怪我でもありません。
ここ数回、体育関係の授業に触れたので、学生時代のことで
ちょっと思い出したことがあったので書いてみます。
あまりいいことではありません。
どんなことかというと、体育関係の授業ではよく、「二人一組」に
なる指示が出ました。
本題に入る前の柔軟体操であったり、球技などでもそうです。
そこで、教師から「二人一組になれ」と指示が出ると、なぜか
自分だけ「あぶれる」のです。
偶数人数ならそんなことはありませんが、奇数になるとこれが
結構高い確率であぶれていました。
「あれ…」
何故だろう。
別に、クラスの中では特別に好かれてもいなければ嫌われても
いない、と自分では思っていました。
一度「やる気あんのかよ!」と言われたこともありましたが、
「相手がいなきゃしょうがねぇじゃんかよ!」てなものです。
普段は、同級生とは普通に話をしているのです。
ところが体育となるとあぶれる。
もしかすると、こんなちょっとしたことが心の病のきっかけに
なってしまう人もいるのではないか…と思い、記事にしてみた
次第です。
ここ数回、体育関係の授業に触れたので、学生時代のことで
ちょっと思い出したことがあったので書いてみます。
あまりいいことではありません。
どんなことかというと、体育関係の授業ではよく、「二人一組」に
なる指示が出ました。
本題に入る前の柔軟体操であったり、球技などでもそうです。
そこで、教師から「二人一組になれ」と指示が出ると、なぜか
自分だけ「あぶれる」のです。
偶数人数ならそんなことはありませんが、奇数になるとこれが
結構高い確率であぶれていました。
「あれ…」
何故だろう。
別に、クラスの中では特別に好かれてもいなければ嫌われても
いない、と自分では思っていました。
一度「やる気あんのかよ!」と言われたこともありましたが、
「相手がいなきゃしょうがねぇじゃんかよ!」てなものです。
普段は、同級生とは普通に話をしているのです。
ところが体育となるとあぶれる。
もしかすると、こんなちょっとしたことが心の病のきっかけに
なってしまう人もいるのではないか…と思い、記事にしてみた
次第です。
柔道の授業前
柔道の授業があったのは、「5時間目」。
つまり、昼休みのあとです。昼休みの終わりごろから着替え、
移動、待機、授業開始、という流れです。
「待機」の時間、1年の最初の頃は待っているだけでしたが、
受身を教わってからは、各自であらかじめ受身の練習を
一通り終えてから教師の来るのを待つ、といったスタイルでした。
2年にもなると、教師がだいたい何分頃に来るということを
把握しているのと、受身だけでなく投げ技も教わっているので、
練習の幅は広がっています。
そして…あるときです。
同級生がスッと自分に近づいてきました。
正面を向いて対峙した形です。
表情もゆるやかで、まだ自分は力を抜いた状態でした。
ところが、次の瞬間、
「背負い投げ!」
突然、投げられました。
「あっ」
と思ったが間に合わず、腰に衝撃と電気が走りました。
「メリメリ」と「ミシミシ」が混じったような音を感じました。
受身は自然に取れたので、投げられて床に落ちたダメージは
ありませんでしたが、腰はどうにもいけません。
その日の授業も動くのがつらかったと記憶しています。
以来、しばらくは組体操後よりも強い痛みが常に同居です。
指の湿疹もありましたから、身体の面ではつらい時期でした。
つまり、昼休みのあとです。昼休みの終わりごろから着替え、
移動、待機、授業開始、という流れです。
「待機」の時間、1年の最初の頃は待っているだけでしたが、
受身を教わってからは、各自であらかじめ受身の練習を
一通り終えてから教師の来るのを待つ、といったスタイルでした。
2年にもなると、教師がだいたい何分頃に来るということを
把握しているのと、受身だけでなく投げ技も教わっているので、
練習の幅は広がっています。
そして…あるときです。
同級生がスッと自分に近づいてきました。
正面を向いて対峙した形です。
表情もゆるやかで、まだ自分は力を抜いた状態でした。
ところが、次の瞬間、
「背負い投げ!」
突然、投げられました。
「あっ」
と思ったが間に合わず、腰に衝撃と電気が走りました。
「メリメリ」と「ミシミシ」が混じったような音を感じました。
受身は自然に取れたので、投げられて床に落ちたダメージは
ありませんでしたが、腰はどうにもいけません。
その日の授業も動くのがつらかったと記憶しています。
以来、しばらくは組体操後よりも強い痛みが常に同居です。
指の湿疹もありましたから、身体の面ではつらい時期でした。
組体操後
ある程度、偶然にもうまく受身が取れたのか、それとも
背中から腰にかけて均一に体重がかかって、ダメージが
最小限にとどまったのか自分でもよくわかりません。
そのためか、幸い「痛み」までにはならず、「違和感」程度に
おさまっていました。
しかしそれでも、ふとした瞬間にちょっとした動作が思うように
出来なかったり、かがむと引っ張られるような感覚の軽い
痛みが出たり…といったことを繰り返しました。
それまでは、同級生と比較しても結構柔軟でしたが、
それ以来少し硬くなったようです。
常に痛いわけではないので、病院に行くほどでもない、と
思いながらそのまましばらくの年月がたちます。
そして、2年後、高校2年のときです。
高校1年から2年にかけて、体育の授業とは別に、週1回
「柔道」が授業としてありました。
余談ですが、このときの教師がまぁ、普段は静かながら
えらく威圧感のあるというか、怒らせたらどんな目に遭うか
わからないといった雰囲気を持った人でした。
そのため、クラス全員がえらくまじめに授業を受けていました。
背中から腰にかけて均一に体重がかかって、ダメージが
最小限にとどまったのか自分でもよくわかりません。
そのためか、幸い「痛み」までにはならず、「違和感」程度に
おさまっていました。
しかしそれでも、ふとした瞬間にちょっとした動作が思うように
出来なかったり、かがむと引っ張られるような感覚の軽い
痛みが出たり…といったことを繰り返しました。
それまでは、同級生と比較しても結構柔軟でしたが、
それ以来少し硬くなったようです。
常に痛いわけではないので、病院に行くほどでもない、と
思いながらそのまましばらくの年月がたちます。
そして、2年後、高校2年のときです。
高校1年から2年にかけて、体育の授業とは別に、週1回
「柔道」が授業としてありました。
余談ですが、このときの教師がまぁ、普段は静かながら
えらく威圧感のあるというか、怒らせたらどんな目に遭うか
わからないといった雰囲気を持った人でした。
そのため、クラス全員がえらくまじめに授業を受けていました。
組体操
一番下の段が立ち上がりました。
視点がぐーっと高くなります。
次の笛で、上が立ち上がってポーズを取ればOK…
……???
自分の真下が、グラグラ揺れはじめました。
「!?」
崩れた…
真下だったため、自分だけが
「ひとりデッドリードライブ」 (-"-;A
腰を強打したのです。
ボディスラムより高い位置からですから、
デッドリードライブといっても過言ではないと思います。
その場は、組体操のプログラムを崩すまいという意識が
働いたのか、最後までこなしました。
今思えば、誰か一人くらい、「大丈夫か」と声をかけて
くれてもよさそうなものを、誰からも何も言われずじまい。
ちとさみしいですね。
その日は痛みもなく特別変わったことはなかったのですが、
次の日から、違和感が出始めました。
視点がぐーっと高くなります。
次の笛で、上が立ち上がってポーズを取ればOK…
……???
自分の真下が、グラグラ揺れはじめました。
「!?」
崩れた…
真下だったため、自分だけが
「ひとりデッドリードライブ」 (-"-;A
腰を強打したのです。
ボディスラムより高い位置からですから、
デッドリードライブといっても過言ではないと思います。
その場は、組体操のプログラムを崩すまいという意識が
働いたのか、最後までこなしました。
今思えば、誰か一人くらい、「大丈夫か」と声をかけて
くれてもよさそうなものを、誰からも何も言われずじまい。
ちとさみしいですね。
その日は痛みもなく特別変わったことはなかったのですが、
次の日から、違和感が出始めました。
腰痛だった期間
腰痛とはいっても、その理由は外的要因です。
それは、中学3年のときでした。
中学というと、体育で「組体操」があります。
運動会の「3年生男子の目玉競技」と言えるでしょう。
当然、いきなりぶっつけ本番というわけにはいきません。
平日の体育の授業で何度となく練習を繰り返すわけです。
しばらくの間「腰痛持ち」となってしまった原因は、
「タワー」
です。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、一応説明しますと…
最下段、5人。肩を組んで輪になります。
「そんきょ」状態で待機し、2段目の人が3人、5人組の
肩に乗ってやはり輪になります。
そして、1番上に1人が乗ります。
乗り終えると、下から合図と共に立ち上がっていきます。
上の人が立ち上がり、両手を横に広げて3段タワー完成です。
これは小さいほうで、確か4段もあったような気がしますが、
ちょっと記憶が定かではありません。
自分は、2段目でした。不思議なものだなぁ、と思うんですが、
下に誰がいたか、横が誰だったか、まったく覚えていません。
しかし、「タワー」は終わりから3番目だったことは覚えています。
終わりから2番目はおなじみの「ピラミッド」で、ラストのメインは
「ブロントザウルス」だったかな?かなり大掛かりで、今思うと
さながら「仮装大賞」のような感じでした。
それはいいとして…
「腰痛」です。2段目に乗った自分は、上に乗る人をしゃがんで
待ちます。そして、乗り終えて、準備完了です。
続きは次回です。
それは、中学3年のときでした。
中学というと、体育で「組体操」があります。
運動会の「3年生男子の目玉競技」と言えるでしょう。
当然、いきなりぶっつけ本番というわけにはいきません。
平日の体育の授業で何度となく練習を繰り返すわけです。
しばらくの間「腰痛持ち」となってしまった原因は、
「タワー」
です。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、一応説明しますと…
最下段、5人。肩を組んで輪になります。
「そんきょ」状態で待機し、2段目の人が3人、5人組の
肩に乗ってやはり輪になります。
そして、1番上に1人が乗ります。
乗り終えると、下から合図と共に立ち上がっていきます。
上の人が立ち上がり、両手を横に広げて3段タワー完成です。
これは小さいほうで、確か4段もあったような気がしますが、
ちょっと記憶が定かではありません。
自分は、2段目でした。不思議なものだなぁ、と思うんですが、
下に誰がいたか、横が誰だったか、まったく覚えていません。
しかし、「タワー」は終わりから3番目だったことは覚えています。
終わりから2番目はおなじみの「ピラミッド」で、ラストのメインは
「ブロントザウルス」だったかな?かなり大掛かりで、今思うと
さながら「仮装大賞」のような感じでした。
それはいいとして…
「腰痛」です。2段目に乗った自分は、上に乗る人をしゃがんで
待ちます。そして、乗り終えて、準備完了です。
続きは次回です。