ジュネーブ半径500Mな毎日 -94ページ目

「出来る事」と「しないこと」の間である日本




日本・外国人問わず、友人と話していると

皆さん口をそろえておっしゃいます。

「こんなに便利じゃなくても良いから、原子力発電所を減らして欲しい」


スイス・ジュネーブ半径500Mな毎日






・全てのトイレのふたが自動で開かなくても良いから

・誰も使わないエスカレーターがずっと動いていなくてもいいから

・楽するだけの「動く歩道」もいらない

・日曜日のお店は休みで良い

・コンビニもこんなにはいらない

・ネオンサインも照明も明るくなくていい




エネルギーを節約するアイディアはどうやら沢山ありそうです。

スイス・ジュネーブ半径500Mな毎日


産業革命が起こって、科学技術も発達してから

人間はその時の技術力で出来る事は全部してきたように思います。

大きな発見や、技術は、やがて戦争兵器に使われるようにもなります。

戦争兵器の為に開発するのがはばかられる場合には、

「宇宙開発事業費」として予算が充てられ、研究、開発がすすみ、

いつでも「軍事力」へ転換できるように準備しています。




スイス・ジュネーブ半径500Mな毎日





時代が進めば、人の知力で「出来る事」はどんどんと増えて行くでしょう。

すでに人は、無人の機械で相手を攻撃できるようになっています。

でも、

「トイレのふたが自動で開かなくてもいい」

って言える人がいる日本。

「その技術は素晴らしいけれども、私たちの未来には必要ではない」

って言える人が、もっともっと増えたらいいなと思います。




一度銃を持った社会は、互いに銃を持たないと安心できません。

一つの国が核を持てば、皆、核を持たないと安心できません。

日本はまだ銃も持たない国だから、持たないと安心できない国ではないから、このまま持たないまま復興して行けたらよいのにと言うのは、甘すぎる考えでしょうか。





スイス・ジュネーブ半径500Mな毎日



科学技術が進めば、「こんな事も出来る」 「あんな事も出来る」と、

出来る事を追いかけて実現させてきましたが、

原子力発電所が、フランケンシュタイン博士の怪物みたいに、暴れだしたら誰も止められないことが分かった今としては

「あんな素晴らしい事も出来る知識や技術力はあるけど、未来のために、敢えてしない」

っていう社会がくれば良いなと思います。そういう決断を出来る大人が増えたら良いなと思います。
多くの人たちがそう思い始めているのでしょうから、形になれば良いなと思います。




多分、医療の水準と  移動の安全が守られれば、他の事では少し我慢が出来るだろうと、ジュネーブ生活若干3年目の私は思うのでした。




身元を確認出来る物を貸金庫に、備えあれば憂い無し



久しぶりに日本の友人に電話をかけて話しました。

スカイプは電話番号がないので、スカイプから携帯に電話をかけると、多分

「番号表示不可能」

みたいな表示がされるとおもうので、怪しまれて、留守電にされるかと心配したけれど、

お話しできて良かった。



声が明るかったから良かった。

話題は地震の話も。

友人は、地震後は

子供達のランドセルに、水とジュースとチョコレートを入れているらしい。

校則違反かもしれないけれど、疎開する子だっている世の中

子供は守らないと、と。





少しの外出でも、大きな余震や停電に備えて、

やはり水やその他のサバイバルグッズも持ち歩くのて

荷物が多くなったらしいけれど

自分の身は自分で守らないといけないから、それで良し、と。




そんな彼女が、

「今日は銀行の貸金庫にある物を預けてきた」

と。

聞くと、これは我が家もまねさせていただこうかと思い、ブログで紹介させていただきます。



万が一の時に、通帳やカードや印鑑がなくても、家族の誰でも銀行から預金を降ろせる方法

・家族全員の写真を撮り、それぞれに名前を書いておく
・写真の裏に、一人一人の指紋を貼付けておく
・それを口座のある銀行の貸金庫に預ける
・その他、身元を確認できる書類や個人情報もあれば一緒に入れれば、さらに良し。

という方法だそうです。

何かが起こった時に、銀行も混乱してお金を引き落とす事も大変になりますし、少額しか引き落とせない場合もありますので、
このような方法で備えるのだそうです。
写真と指紋で一致すれば、そして、それが本人名義の貸金庫に入っていたら
確認作業も早く済んで、まとまった金額が降ろせるかもしれません。

これも有事への備えですね。

皆様の何かのヒントになればと思い、

紹介させていただきました。














学校の面談、ベネズエラ人に通訳をお願いしたらこうなります。



R(次女)の学校面談では、ベネズエラ人に英仏の通訳をお願いしました。

担任の先生に、その事を告げると、非常に嫌な顔をされていましたが、(第三者が入るのが嫌なようです)

気づかないふりをして

「でも、私たちはきっとフランス語で話した方が良いと思うので、通訳がいた方が良いと思って。それで良いですよね」

と笑顔で言って、押し切って面談を始めました。



面談が始まって少し経つと、

ベネズエラ人のナタリアは、私の通訳という立場はすっかり忘れて、同じ保護者として3人での面接みたいになりました。


以下ナタリア

だって、先生、まだみんな6歳とか7歳ですよ。6歳の子供なんて、ベネズエラだったら、そこら辺を走り回っているばかりで机に向かって勉強なんかしませんよ。

R(次女)は8月生まれってことは、このクラスで最も小さいってことですよ。他に8月生まれの子供はいますか?

うちの息子だって、いつも遊ぶ子供は二人ぐらいしかいませんよ。


と、私よりも饒舌に、お話ししてくださるので、私の入る隙がありません。

ラテン系の人と会話するとこう言うことが良く起こります。



そして、1時間の面談の後

今度はナタリアが私に



あの先生の言う事、聞かなくていいから。

先生には「はい、はい」って言って、それで聞いたふりして、何もしなくていいのよ。

とにかくスイスの教師の中には、子供の個性を育てるところまでなかなか出来ない先生も多いのよ。

個性のある子供じゃないと、将来伸びないじゃない?

それなのに、なんでも杓子定規に考えるのよ。

私の次男なんて、先生になんて言われたと思う?

「話す時のジェスチャーが大きすぎる」って言われたのよ。

そんなこと言われたって、私たちラテン人はジェスチャーが大きいのは、しょうがないじゃないのよね?  (もう私はここら辺から笑いが堪えきれない)

R(次女)が何言われたって、何も気にしなくていいのよ。日本とスイス、文化は全然違うんだもの。しかも、まだ6歳なんだものね。

先生の出す宿題も変だし、きっと宿題の採点もしていないと思うわ



と、言いたい放題です。

その後、別のママも加わって、もっと激しい井戸端会議が繰り広げられました。



そんな世話焼きなナタリアは、国連勤務のエコノミストで、激務なのですが、

私の面談の通訳を忙しいのに買って出てくれました。

私って恵まれてるな~と思います。




「捨てる神あれば拾う神あり」

って、よく思います。