ジュネーブ半径500Mな毎日 -142ページ目

畳2畳をめぐる会話@ジュネーブ





いつだったか日本でお友達がこう言いました。







友人 「死ぬ時は畳の上で死にたい!」



私 「畳の上で?」



友人 「そう、畳の上で。」


























日本で、「畳の上で死ぬ」というと

・病院ではなく自宅で、

・大きな痛みがなく、もしくは十分コントロール出来、

・誰かに看取られる、または孤独死ではなく


旅立つ事を意味している。







大きな病気もなく、平穏に人生の幕を降ろす

まさに大往生とも言えるわけで。



















「死ぬ時は畳の上で死にたいの」



それ以来、一度はお借りして使ってみたかったこの表現を、ある日、ジュネーブで、そっくりそのまま使ってみました。











が、ジュネーブの日本人を相手に使ってみると、以下のようになりました。









私 「わたしはね、死ぬ時は、畳の上で死にたい。」



友人 「畳の上で?」



私 「そう、畳の上でね」



友人 「わたし、畳持っているから、その時は貸して上げようか?」



私 「え?畳を持っているの?」



友人 「そう、2畳持っているの。」




私 「えー、すごい。どうやって手に入れたのですか?」



友人 「うふふ、プレゼントされたの。」




私 「床に敷いているのですか?」



友人 「そう、子供もそこで遊んだりしてね、お抹茶立ててみたり~・・・・・・」




私 「うわー、すごい!今度座らせてください。正座。」





あれ、なんか話の方向が変だぞ?



平和な最後を遂げたいっていう話になるつもりだったけど



畳の入手方法活用方法に話がずれて行く



だんだんと畳っていいですよね~日本最高みたいな話になって行く
















(↑フランス語ウィキペディア Tatami からお借りしました)















このように、ジュネーブで「畳上で逝く」という表現は

必ずしも大往生と言う訳ではなく

つい、畳の貸し借りまで約束してほしくなっちゃう程、

故郷への望郷の思いを抱いて旅立つ

みたいな、そんなニュアンスに変わっている。







たたみっていう言葉はこれほどまでに奥が深い。。。。。。

























そして、暇な私は、ほんとうに2畳のスペースでの死に際を想像したりするわけです(妄想族なので)





暇な私は考えます。



1畳じゃなくて、3畳じゃなくて、



2畳の畳の上で死ぬって、実はすごい幸せな事じゃない?









起きて半畳

寝て一畳

死ぬ時に2畳








それってつまり

死ぬ時に、1畳は自分が横になっていて、

あとの1畳に2人~3人の人が座って見守ってくれているってことで、

小さな一個人である私が

二人以上の人に気を留めてもらえたら、なんか申し訳ない気持ちにもなるな。







トルストイが 「人にはどれだけの土地がいるか」という民話で

「人はどんなに欲張っても、本当に必要な土地は自分の棺桶が入るぐらいの土地だ」

って書いていたのを思い出した。トルストイは結局、夫婦喧嘩の後、外で凍えて亡くなってしまったのだけれど。最後はこの民話の事を思い出したかしら。



死ぬ時には誰でも自分サイズのスペースが必要な訳だけれど、



自分と近しい人との2畳分あったら、なんて素敵な最後?(自信がないので同意を求めるパターン)















いやいや、とにかく







友人にたたみを2畳プレゼントした方、哲学的!(哲学って言葉を使うとなんでも解決させた気になる私)









と、勝手に、畳と人生について考えてしまったジュネーブの午後でした。



















またくだらない事を書いてしまいました。

読んでくださってありがとうございました。















日本のスイッチ 日本のすごいところ





日本で久しぶりに路線バスに乗りました。



私たちが降りるのは終点の駅前ターミナルです。



普通終点手前では誰も降車ブザーを押さないと思うのですが







長女 「押してもいい?」



私 「いいよ、押してごらん?」



長女 「・・・・・・(ブー)」



私 「面白かった?」



長女 「うん!!」







私も、それにつられてこっそりとブザーを押してみます。



器用で勤勉な日本人が作り上げたブザー



そっと押してみると











!!!!!!!!!!!!























































日本てすごい!!









スイスのプッシュボタンは、

「降りますっ!」

「買いますっ!」


と、ガシッと強い意志を持って3ミリぐらい押さないとスイッチが入らないボタンが多いのです。ボタンも重いので力が必要です。







しかし、日本のボタンは、1ミリも沈み込まないでカチッとスイッチが入るのですね!



なでるようなつもりでフッと力を入れるだけでボタンが押せるのですね!





改めて感動します。





しかも





ボタンが沈み込む浅さにもかかわらず、きちんとスイッチを入れた達成感が感じられるようになっている所が素晴らしいです。



「ええ、私、次降りますのよ」



ぐらいの気持ちで押せます。













日本人が勤勉器用だと評価されるのは多分こういう事の積み重ねなのでしょう。



あと、やはり少しオタク気質(褒め言葉として)なのだと思います。



でもそんな日本人の気質、世界に必要だと思います。(急に話を大きくしてみました)。

























またくだらない事を書いてしまいました。



読んでいただきありがとうございました。


















































コートダジュール ニース Côte d'Azur Nice





先日フランスの南、ニースへと出かけました。



カーナビによると、ジュネーブからニースまでは、5時間30分と言う事でした。



行きは2回の休憩を取って6時間と少しで到着しました。





今回私たちが取ったルートはこちらです。



http://routes.tomtom.com/route/Geneva%252C%2520CH%254046.20381%252C6.13996%2540-1/Cannes%252C%2520FR%254043.55089%252C7.01054%2540-1/?leave=now&traffic=false&center=47.045467810463%2C2.077982733719&zoom=3&map=basic



高速料金とガソリンで片道100ユーロもかかりません。この安さはちょっと嬉しいです。



キャンピングカーもたくさん走っていました。









私たちはニースでアパートメントホテルを借りて滞在しました。



設備はまあまあでした。



ビーチまでは歩いて10分ぐらい



部屋から海も見えませんが、まあ、この値段だったらこのくらいだろうな、という感じでした。



我が家は子供もいるので、毎食レストランは無理。



なので、近くにCasino(スーパーマーケット)があるこのアパートメントホテルはとても便利でした。









交通情報が流れるラジオからは「ソレイユ(太陽)が出た、ソレイユ(太陽)が気持ちよい、ソレイユ(太陽)がたくさん」とそればかり聞こえて来ます。この国の方々はきっとよほど太陽が好きなのでしょう。

実際リヨンからマルセイユに南下するこの高速道路(A7)を「太陽の道」と呼ぶ人もいるそうです。





8月も終わりだからか、ビーチは水が冷たく、なかなか海に入る事が出来ませんでした。



海岸も砂ではなく石だったので、砂でお城を作ると張り切っていた次女Rはがっかりしていました。

















































この湾の感じ



ちょっと逗子海岸を思い出します。



もしくはワイキキビーチ



右側にはホノルル空港みたいなニース空港があり、離発着する飛行機が見えます。



左手にはダイヤモンドヘッドみたな小高い丘があります。























































みなさん「紫外線カットするけど、ブロンズ色に焼ける」タイプの日焼けクリームを塗って日焼けに余念がありません。



全身むらなく日焼けするため、上半身ヌードな女性も仰向けで全然恥ずかしくないわって寝転がって焼いています。



この光景は、日本の電車内でお化粧するギャルと共通点を感じます。



ギャルにとって電車内は「勝負場所」でないのと同様



ニースの海岸は、若い方達にも、いわゆる「勝負する所」ではないみたいです。



勝負するための超ゴージャスなブロンズ色悩殺ボディを製造する場所のように思えました。



海岸では老若男女問わず



ブロンズボディ教信者達がずーーーっと寝転がって焼いています。

















































私たち東洋人は、それほど日焼けが好きでないために



なまっちろいお肌でビーチをうろうろしていて



なんだかすごく弱っちく見えます。



私としては日傘をさしたい気分



















































でも、波と雲を見ながら過ごすのも気持ちよかったです。





















































コートダジュールの海は、天気と太陽の角度などで海が二層にきれいに分かれて見えます。



手前はエメラルドグリーン、奥は濃い藍色。



日没が近づくと、この藍色が海岸に迫ってくるのです。

















































ビーチは80メートル感覚ぐらいに区切られていて



公共ビーチ、プライベートビーチ、と交互に並んでいます。



プライベードビーチは提携ホテルの宿泊客のためのビーチ、もしくは一人半日12~18ユーロで、ビーチパラソル、ベッド、シャワー、お手洗い、カフェ(有料)、レストランなどの施設を使う事が出来ます。



しかし、パラソルは一つ10~18ユーロで売店で売っているので、公共ビーチにマイパラソル、マイチェアー、マイドリンク、マイブック、と何でもかんでも持ち込んでいる場合が多いです。



ちなみにビーチに犬は禁止でした。



なので、カレンは私と、この一段上がった所から海を眺めているのでした。

























































人の多いビーチですが、



曇りの日はまるで急に寂れた漁港のようにビーチには人がいなくなります。



それほどにみなさん



太陽が出ていなければビーチにいる意味なし



なようです。



逆に太陽が出ている時には



映画「太陽がいっぱい」でアラン・ドロンが言いたかったかもしれないように



「それは全部太陽のせいだ」



と、全部太陽のせいにして、人生を享受する人たちが集まっているかのようにも見えます。











人生を享受するって言っても



端から見るとつまり



ただ何もしていない



ようにも見えるのですが。







彼らは裸で歩いていても、恥ずかしがらないし、そもそもみなさん他人の事見ていないし、



だけど、こうやってビーチを眺めていると



イタリアにおこったルネッサンス「人間の本来の姿は美しい」っていう発見は



そうやって21世紀の人々にも受け継がれているので



みなさん「私の身体は美しい、人の身体は美しいかどうかどうでもいいけど」



とでも言っているように、年齢、性別関係なく、他人の目を気にせず、他人も気にせず、好きな格好をしています。









さて、



日本ではお盆休みの帰省ラッシュ時には絶対外出しなかった私ですが



今回は見事に、帰り道ではまりました。



我が家のカーナビは帰路も所要時間5時間半と予想してくれましたが、



結局11時間以上かかりました。A7とA8高速道路が泣ける程混んでいました。



ものすごい渋滞で、高速道路だと言うのに、ノロノロ運転。みなさん疲れて車から足とか出して寝ている人もいました。







ニースも冬の間は天気が悪く、寂しい場所になるようです。



夏になるとはじけたように美しい海岸になるようです。