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YouTube 健司が斬る!【深掘り事件考察】
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のご紹介です。
このチャンネルでは
生きづらさを抱えた方々から
困難に遭遇し
どのように受け止め
どのように道を切り開いてきたのか
をお伺いしています。
「自由になりたかった。」
今回ご紹介するのは、発達障害の特性を抱えながら、宗教団体での生活、ホームレス、パチプロ生活など、壮絶な人生を歩んできた「ヤマさん」のインタビュー後編です。
家を飛び出し、「自由」を求め続けた人生
ヤマさんは16歳で家を飛び出しました。
みんなと同じように高校生活を送ることに嫌気がさして、建設現場で仕事して自立を果たしました。
そして「就職を斡旋する」という言葉を信じて連れて行かれたのがオウム真理教の施設でした。
しかし、坂本弁護士一家事件などをきっかけに「これは違う」と感じ、自ら教団を離れる決断をします。
自分の頭で考え、自分の意思で行動した結果でした。
ホームレス生活も「選択」の一つだった
教団を離れた後、仕事を失い、所持金はわずか2万円。
普通なら絶望する状況ですが、ヤマさんは
「ホームレスをやろう」と考えます。
河川敷にテントを張り、空き缶集めをしながら生活を始めました。
当時はコンビニの廃棄食品をもらえる時代でもあり、生活そのものは何とか成り立っていたそうです。
その後はダフ屋や、パチンコの打ち子など、その時代ならではの仕事も経験。
効率よく収入を得る方法を探しながら生活していました。
パチンコの「打ち子」として働き、約1年間で200万円ほど貯めたというエピソードも紹介されています。
家族との再会
28歳頃、ようやく実家へ戻ります。
家族は長年、ヤマさんのことを心配し続けていました。
16歳から28歳までの間に、
- 宗教団体への入信
- ホームレス生活
- パチプロ生活
- 各地での仕事
と、普通では考えられないほど濃密な人生を送ってきました。
本人も「凝縮された人生だった」と振り返っています。
不安障害と発達障害の診断
その後、不安障害に悩まされるようになります。
仕事へ行こうとすると、
- 顔面のしびれ
- 強い不安
- 不眠
などの症状が現れ、薬が増え続けた時期もあったそうです。
インタビューでは、一度に大量の抗不安薬を服用していたことも語られていました。
その後、発達障害の検査を受け、
- ADHD
- ASD
両方の特性が認められたと話しています。
発達障害では、不安障害を併発するケースも少なくありません。
特性によるストレスが長期間積み重なることで、不安や抑うつ症状が強くなることもあります。
「時代」と「特性」が人生を左右する
1991年のバブル崩壊後、日本全体に虚無感や閉塞感が広がった時代背景。
その時代に「絶対的な価値観」を示す宗教団体が人を引き付けていました。
多くの人が宗教にはまっていったのは、それだけが理由ではありません。
しかし、
生まれた時代
育った家庭環境
発達特性
これらが重なり合うことで、人は人生の選択を大きく左右されることがあります。
「本人の努力不足」だけでは説明できない人生が確かに存在します。
TMS治療と生活支援で変化が始まる
ヤマさんはTMS治療や生活支援を受けました。
施設では、
- ストレッチなどの運動
- 栄養バランスの取れた昼食
- 規則正しい生活
- 仲間との交流
などを通して、少しずつ生活が安定してきたそうです。
本人も現在の目標を
「健康で長生きしたい」
と話していました。
以前のような刺激を求める生活ではなく、穏やかな毎日を大切にしたいという気持ちが伝わってきます。
生きづらさは「弱さ」ではない
今回のインタビューで印象的だったのは、
「普通に学校を卒業し、就職して働くこと自体が大きなプレッシャーだった」
という言葉です。
社会の"普通"が苦しい人は決して少なくありません。
発達障害、不安障害、依存症。
これらは本人の甘えではなく、脳の特性や環境、時代背景が複雑に絡み合って生まれることがあります。
だからこそ、一人で抱え込まず、自分に合った支援や環境を見つけることが大切です。
ヤマさんの人生は決して平坦ではありませんでした。
それでも、何度も立ち上がり、今は「健康に生きる」という新しい目標を見つけています。
生きづらさを抱えている方にとって、このインタビューが「人生はやり直せる」という希望につながれば幸いです。
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