事件を深掘り考察する

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昨日、プロ野球の広島が4選手に戦力外通告したというニュースが流れました。

 

今年球界を大きく揺るがした広島東洋カープの「ゾンビタバコ(エトミデート)」問題。

 

「なぜ、誰もが羨む一流アスリートが危険な薬物に手を染めてしまうのか?」

「一部の選手個人の問題なのか、それとも球団全体の構造的な問題なのか?」

 

今回は、脳科学と実際の依存症克服経験に基づいた独自の視点から、この問題の裏に潜む「人間と組織の真実」について深掘りしていきたいと思います。

 

 

  そもそも「依存症」は精神力の強さとは関係ない

 

まず前提として知っておかなければならないのは、薬物やドラッグの依存は「本人の意志が弱いから」起こるわけではないということです。

 

脳科学の観点から見ると、依存症は「脳の病気」です。

 

一度そういった薬物を使用すると、脳内でドーパミンが異常放出され、「もっと欲しい」という強力なシグナルが出続けます。これにより通常の日常的な刺激では満足できなくなり、理性のブレーキが効かなくなってしまうのです。

 

どんなにメンタルが強いプロアスリートであっても、一度脳の報酬系が書き換えられてしまえば抜けることは極めて困難になります。だから「ダメ。ゼッタイ。」と言われるのですね。

 

そこで重要なのは、「なぜ彼らが最初の1回目に接触してしまったのか?」というプロセスの解明です。

 

 

  運命を引き寄せる「3つのち」と「類と縁」

 

当チャンネルが提唱する「3つのち(土地・時代・血筋)」と「類と縁」のフレームワークで見ると、今回の騒動が決して単なる偶然ではないことが見えてきます。

 

1. 本人が選べない「3つのち」

  • 土地の地(幼少期の環境): 母親の愛情を一身に受けて育った一方、過保護・過干渉な環境にあった場合、「周囲の期待に応えなければならない」「周囲の空気を乱してはいけない」という強い承認欲求やプレッシャーを抱えやすくなります。

  • 血筋の血(脳科学的特性・体質): 衝動性をコントロールする前頭前野のブレーキ機能の弱さや、お酒が飲めない体質(無理な付き合いによる慢性的な不眠やストレス)などが、重い負担となります。

  • 時代の時(時代背景): 当時はまだ法規制のグレーゾーンであり、「違法じゃない」「ドーピングに出ない」と甘い言葉で誘惑されやすいタイミングでした。

2. 行動を決定づける「類と縁」

どんなに個人的な特性があっても、最後に引き金を引き寄せるのは「類(どんな集団・文化にいるか)」と「縁(誰と繋がっているか)」です。

  • 球団特有の「体育会系文化」と孤立への恐怖:

    羽月被告も法廷で語っていたように、「先輩の言うことは絶対」「空気を読まないと孤立する」という強い連鎖(類)がありました。孤立を恐れるあまり、不適切な飲み会や誘いを断れない心理状態に追い込まれてしまったのです。

  • 悪質売人との接触:

    そうした孤立感や長年の不眠ストレスに悩まされていたタイミングで、先輩を介して売人(縁)と繋がってしまいました。「よく眠れる」といった言葉を信じ、沼にはまってしまったと言えます。

 

  広島カープという球団組織が抱える課題

 

広島カープは「市民球団」として温かく熱狂的なファンに愛され、自前で選手を育成する素晴らしい伝統を持っています。

 

しかしその反面、高校の部活のような上下関係が厳しく閉鎖的なノリが残りやすい一面も指摘されています。

 

外部からの風(他球団からの移籍選手など)が入りにくい環境では、一度悪いノリや文化が定着してしまうと自浄作用が働きにくくなります。選手が嫌な誘いを断れず、結果的に悪質な売人との縁を断ち切れない負の連鎖が生じてしまったと考えられます。

 

もし球団側が「有名選手を登録抹消して幕引き」にしようとするなら、根本的な問題解決にはなりません。表面上の対応で終わらせれば、第2・第3の犠牲者を生み出す危険性すらあります。

 

 

  まとめ:人生を変えるために本当に必要なこと

 

今回の事件は、決してプロ野球選手だけの特別なお話ではありません。

 

誰であっても、「過度なストレス」「断れない環境」「不適切な人間関係」が揃ってしまえば、道を踏み外してしまうリスクを抱えています。

 

人生を大きく変えるために私たちがコントロールできるのは、生まれた環境(地)ではなく、「どんな集団に属するか(類)」と「誰と付き合うか(縁)」です。

 

戦力外通告された選手にとっても、これは終わりではなく、自分自身の特性や周りの環境を見つめ直し、関わる人を変えて人生を再スタートさせるためのターニングポイントにしなければなりません。

 

 

 

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「どうして私は、いつも同じような人に振り回されるんだろう?」

 

そんな疑問を抱いたことはありませんか?

 

今回ご紹介するのは、前回の記事でも取り上げたジャスミンさんのその後のお話です。幼い頃から、母親やそのパートナーとの関係の中で「怖い人の機嫌をうかがう」「言われたことには従う」という環境で育ったジャスミンさん。大人になってからも、なぜか自分を支配しようとする人との関係を繰り返してしまいます。

 

そして、ある時ふと気づきます。「私、言われたら従っちゃうんです」なぜ、嫌なのに断れないのでしょうか。

 

  「やっと母と2人になれた」と思ったのに

 

16歳の頃、母親のパートナーが亡くなり、ジャスミンさんは母親とともに引っ越すことになります。それまで家庭の中には母親以外の男性がいて、母親との関係も思うようにならないことが多かった。

 

だからこそ、「これからは、お母さんと2人で暮らせる」「今度は私がお母さんを支えよう」そんな気持ちが強くなったといいます。

 

16歳からスーパーで働き始め、母親との生活を支えながら毎日を過ごしました。しかし、母親は再び別の男性と付き合い始めます。夜中に家を出て、朝起きたら母親がいない。そんなこともあったそうです。

 

「結局、また一人になってしまった」幼い頃から求め続けていた「安心できる家」が、なかなか手に入りません。

 

  「私だけじゃない」と思えた夜間高校

 

22歳になったジャスミンさんは、もう一度勉強したいと思い、夜間高校へ通い始めます。そこには、不登校を経験した人、若い頃に勉強する機会がなかった人、さまざまな年齢や境遇の人がいました。

 

そこで初めて、「こんな人生を送っているのは私だけじゃないんだ」と感じることができたそうです。

 

この気づきは、彼女にとって大きな転機になりました。学校を休まずに通い続け、4年間かけて高校を卒業。それまで「自分だけが取り残されている」と感じていた世界が、少しずつ広がっていきました。人との出会いによって、「自分だけではない」と思えることが、心の支えになることがあります。

 

  その後の結婚生活でも、同じことが起きた

 

高校卒業後、仕事を始めた彼女は、職場で知り合った男性と結婚します。ところが、その男性には約500万円の借金があり、ギャンブル依存の問題もありました。

 

結婚前には知らされていなかった借金。休日になっても夫はギャンブルに出かけ、家に一人でいることが多かったといいます。それでも彼女は、「我慢しちゃうんです」と振り返ります。

 

さらに、夫との問題を相談した相手との関係でも、再び「支配される」という経験をすることになります。最初はとても親切だった女性が次第に態度を変え、突然怒ったり、叩いたりするようになりました。

 

「あなたがこんなんやから、あんなことになったんや」そう責められても、彼女はその人の言うことを聞いてしまいます。なぜでしょうか。

 

本人は、「怖いけど、安心感がありました」と語りました。

 

  「怖いのに、安心する」という不思議な感覚

 

一見すると矛盾しているように思えます。怖いのに、離れられない。嫌なのに、相手の言うことを聞いてしまう。

 

しかし、幼い頃から「怖い人の機嫌を取ることで、自分の身を守る」という環境で生きてきたとしたら、それが本人にとって身についた反応になっている可能性があります。

 

幼少期に身についた人との関わり方が、大人になってからの人間関係にも影響していたのではないか―。彼女自身も、自分の周囲に支配的な人が多かったことに気づいていきます。

 

  そして、42歳で「このままではいけない」と気づく

 

離婚後も、母親からお金を求められれば渡してしまう。自分自身も生活があるのに、母親のために昼と夜の仕事を掛け持ちする。

睡眠時間もなくなり、心身ともに限界へ。42歳の頃、とうとう仕事を続けることができなくなりました。

 

その後、カウンセリングなどを受ける中で、「それは、お母さんが変ですよ」と言われ、初めて自分の家庭環境を客観的に見られるようになったそうです。

 

「これが普通だと思っていた」その思い込みに気づいたことは、とても大きな変化だったのかもしれません。そして、母親との関係にも距離を置くようになります。

 

電話にも出ない。お金を求められても応じない。これまでの彼女からすると、大きな決断でした。

 

  「支配されない自分」になるために

 

現在のジャスミンさんは、仕事を辞め、自分の時間を持てるようになりました。犬とゆっくり過ごす時間もでき、「幸せだと思う時もある」と話しています。

 

一方で、「自分は生きていていいのかな」「必要とされていないのではないか」という気持ちが出てくることもあるそうです。

 

そこで語られたのが、「精神的な自立」というテーマでした。誰かに認めてもらうことだけを、自分の価値にしない。誰かに必要とされなければ、生きている意味がないと思わない。自分自身の中に「これならできる」というものを少しずつ作っていく。

 

仕事でも、技術でも、興味のあることでもいいから、「自分の自信につながるもの」を持つことが大切だというお話しをしました。

 

  安心できる場所が、次の一歩につながる

 

幼い頃から安心できる場所を持てなかった人にとって、「安心していられる場所」を見つけることは、とても大切なのかもしれません。

 

いきなり大きく変わる必要はありません。誰かに話してみる。自分の気持ちを書いてみる。興味のあることを少しやってみる。安心できる人とつながってみる。そんな小さな経験の積み重ねが、「自分で選んでもいい」という感覚につながっていくことがあります。

 

「いつも人に振り回されてしまう」「嫌なのに断れない」「相手の機嫌ばかり気にしてしまう」「自分で決めることが苦手」そんな悩みを抱えているなら、それは「あなたが弱いから」ではなく、これまで生きてくるために身につけてきた方法なのかもしれません。

 

しかし、身につけたものは、これから少しずつ変えていくこともできます。「これが普通」だった人生から、「私はこうしたい」と自分で選べる人生へ。

 

 

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「お金のために我慢して」

母親からそう言われた少女は、包丁を突きつけられても、その家から逃げることができませんでした。

なぜ、そこまで苦しい環境にいながら「助けて」と言えなかったのでしょうか――。

 

今回ご紹介するのは、ジャスミンさんのお話です。彼女は、長い間、自分の生きづらさを「そういうもの」だと思って生きてきました。しかし、その背景には、幼少期から続いていた過酷な家庭環境がありました。

 

 

  「これが普通」だと思っていた子ども時代

 

ジャスミンさんは、大阪のとあるアパートで、母親と2人で暮らしていました。父親は、彼女が赤ん坊の頃に家を出てしまい、顔を知りません。

 

母親は優しい一面もありましたが、感情の波が激しく、言うことを聞かなければ叩かれることもあったといいます。それでも、幼い子どもにとっては母親しか頼る相手がいません。

 

「お母さんに従わないと、生きていけない」そんな感覚の中で、母親のことを大好きだと思っていたそうです。

 

4歳の頃、母親には新しい男性ができました。しかし、その男性は彼女にとって安心できる存在ではありませんでした。

 

成績に厳しく、通知表を見せると何時間も正座をさせられ、説教を受けることも。そして小学3年生の頃には、男性から包丁を突きつけられるという出来事まで起こります。その後も、首を絞められたり、階段から突き落とされそうになったりするなど、恐怖を感じる経験が続きました。

 

ジャスミンさんは母親に「嫌だ」と訴え続けました。しかし、返ってきたのは、「2人だったらどうやって生活していくの?」「お金のために我慢して」という言葉でした。

 

子どもにとって、自分を守ってくれるはずの大人から「我慢して」と言われたら、逃げることも簡単ではありません。

 

  食べることができなくなった理由

 

学校生活にも、その影響は現れていきます。もともと食が細かったジャスミンさんは、給食を食べることができず、昼休みが終わっても一人で給食を見続けることがあったそうです。

 

そして中学生になり、給食からお弁当に変わると、「これで嫌いな食べ物から解放される」と思ったものの、今度は食事そのものができなくなっていきました。朝食も十分に取れず、お弁当や夕食も食べられない。やがて摂食障害のような状態になっていきます。

 

また、人に対する恐怖感も強くなり、電車に乗ることさえ難しくなっていきました。高校に進学すると、さらに環境が大きく変わります。知らない人が多い場所で強い緊張を感じ、周囲の人から見られているように感じることも増えていきました。そして、学校へ通い続けることも難しくなっていきます。

 

  「学校に行け」と言われても、もう限界だった

 

当時は、今以上に心の問題への理解が十分ではなかった時代でした。学校へ行けなくなっても、「学校に行きなさい」と言われる。つらさを理解してもらえないまま、無理を続ける。

 

そして16歳の頃、ジャスミンさんは「もう無理だ」と限界に達します。自ら命を絶とうとするまで追い詰められてしまいました。

 

それでも、その後、彼女自身が「精神科に連れて行ってほしい」と母親に訴えたことで、医療機関につながることになります。カウンセリングを受ける中で、少しずつ自分の状態と向き合っていきました。しかし、家庭の事情を十分に話せないなど、当時ならではの難しさもありました。

 

その後、16歳の頃に母親のパートナーが亡くなり、借金などの問題も重なって生活環境は大きく変化。高校を中退し、母親とともに別の街へ移ることになります。

 

  「私だけじゃない」と思えたこと

 

その後も、彼女の人生にはさまざまな困難が続きました。結婚、夫のギャンブル問題、逮捕、母親の病気、長期間にわたる仕送り……。働いても働いても休む時間がなく、40代の頃には再び動けなくなったといいます。

 

それでも、人生の中には転機もありました。22歳の頃に通った夜間高校では、さまざまな年齢や境遇の人と出会いました。そこで、「自分だけじゃないんや」と思えたことが、回復の最初のきっかけになったそうです。

 

そして現在。犬との散歩を楽しみ、子どもの頃にできなかったことにも挑戦する。そして「今が一番幸せ」と笑って話せるまでになりました。

 

  生きづらさには「理由」があるかもしれない

 

子どもは、自分で育つ環境を選ぶことができません。

 

だからこそ、今、生きづらさを抱えている人を「なぜできないの?」と責めるのではなく、「これまで、どんなことを経験してきたのだろう?」と考えてみることが大切なのかもしれません。

 

過去を変えることはできなくても、これからの生き方を変えることはできます。「自分だけがおかしい」と思わなくていい。「これが普通だから」と我慢し続けなくてもいい。誰かに話してみることから、新しい一歩が始まることもあります。

 

 

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「もう、お酒なんてやめたい」

そう思っているのに、また飲んでしまう。

飲酒が原因で家族との関係が壊れ、生活が乱れ、さらには事件まで起こしてしまう。

それでも、本人は「こんな人生を送りたい」と思っていたわけではありません。

 

今回ご紹介する「かずちゃん」さんも、長い間、アルコール依存症と向き合ってきた一人です。

その人生は、まさに波乱万丈。

そして動画を最後まで見ると、壮絶な過去の先に、「もう一度、幸せになりたい」という現在の姿が見えてきます。

今回は、かずちゃんさんの経験から、アルコール依存症と「生きづらさ」について考えてみたいと思います。

 

  どうして、お酒に溺れるようになったのか?

 

かずちゃんさんの話を聞いていると、最初からアルコール依存症だったわけではなかったようです。

 

幼い頃に父親を亡くし、シングルマザーの家庭で育ったかずちゃんさん。母親からの束縛が強く、「家に帰りたくない」と思うようになり、次第に家を離れて夜の街で過ごす時間が増えていきました。

 

若くして妊娠し、DVや離婚も経験。さまざまな出来事が重なる中で、夜の街でアルコールを飲む生活へと進んでいきます。そして気がつけば、「お酒を飲むこと」が生活の中心になっていました。

 

  宿がない。ラブホテルで過ごす日々

 

家に帰らなくなり、夜の街を転々とする。お客さんやホストとホテルに行くこともあれば、一人でラブホテルに泊まることもあったといいます。

 

なぜ一人でラブホテルに?そう聞かれて返ってくるのは、「宿がない」という言葉。現在の生活からは想像もできないような日々です。

 

しかし、本人にとっては、それが「特別な出来事」ではなく、毎日の生活になっていました。そして、この頃からアルコールの問題もさらに深刻になっていきます。

 

  優しい人と結婚しても、お酒をやめられなかった

 

その後、かずちゃんさんはとても優しい男性と出会い、結婚します。「これで人生をやり直せる」そんな思いもあったのではないでしょうか。

 

ところが、すでにお酒によって心も生活も大きく乱れていました。飲んで暴れてしまう。相手を傷つけてしまう。動画の中では、かずちゃんさん自身が、「とっても優しい人を悪い人にしてしまった」と振り返っています。

 

お酒をやめたい。でも、やめられない。本人の意思だけではどうにもならない状態になっていたのです。

 

  救急搬送されて、初めて知った「アルコール依存症」

 

離婚後、体調を崩して倒れ、救急搬送されたことをきっかけに、医師からアルコール依存症の可能性を指摘されます。そして専門のクリニックを紹介され、初めて自分がアルコール依存症であることを知りました。

 

その後、治療につながり、1~2年ほどお酒をやめられた時期もあったそうです。「これで人生をやり直せる」そう思えたはずです。しかし――。

 

  一度やめられても、また飲んでしまう

 

生活の中で不安やストレスが重なると、再びお酒に手を伸ばしてしまいます。本人も、「誰かのせいで飲んだ」と話す場面があります。ただ、その後には、「でも、誰のせいとかじゃなかった。多分、飲みたかっただけ」と自分自身を振り返っています。

 

ここには、依存症の難しさが表れているように感じます。「意思が弱いから」「本人がだらしないから」と簡単に片付けることはできません。

 

強いストレスや孤独、不安などが重なったとき、本人が「飲む」以外の方法で苦しさに対処できるようになることも、回復の大切な一歩なのかもしれません。

 

  そして、人生はさらに大きく動く

 

再び飲酒するようになったかずちゃんさん。飲酒中のトラブルから、警察沙汰にもなります。さらに逃げ出して飲酒を繰り返し、暴行事件を起こして逮捕。最終的には、刑務所に入ることになりました。

 

刑務所に入った経験は、本人にとって非常に大きな出来事だったはずです。「もう二度と、ここには戻りたくない」その思いが、飲酒へのブレーキの一つになったといいます。

 

そして現在、かずちゃんさんのそばにはパートナーがいます。一緒に暮らし、一緒に散歩をして健康を気遣い、これからの目標について話す。過去の生活とは、まったく違う毎日です。

 

  「この暮らしを失いたくない」がブレーキになる

 

対談の中で、とても印象に残る言葉がありました。それは、「この暮らしを失いたくない」という思いです。

 

以前は「お酒を飲みたい」という気持ちが強かった。でも今は、「今の生活を守りたい」という気持ちがある。この違いは、とても大きいのではないでしょうか。

 

人は「やめなければならない」という気持ちだけでは、なかなか行動を変え続けることが難しいものです。反対に、「こういう生活を続けたい」「この人と一緒にいたい」「健康でいたい」という具体的な目標ができると、それが行動を変える力になることがあります。

 

  苦しくなったら、「一人で抱え込まない」

 

では、飲酒したくなるほどストレスがたまったとき、どうすればいいのでしょうか。「誰かに話を聞いてもらう」「寝る」といった方法もあります。

 

とてもシンプルな方法ですが、大切なのは、「お酒以外にも、苦しさを逃がす方法がある」と知っておくことです。

 

散歩をする。眠る。運動をする。誰かに話す。専門機関に相談する。その場から離れる。

一人ひとりに合う方法は違います。

 

だからこそ、「自分にはどんな方法が合うのか」を少しずつ見つけていくことが大切なのだと思います。

 

  「7回転んでも、8回目に起きればいい」

 

対談の最後に、とても印象的な言葉が出てきました。「7回転んだけど、8つ目で起きた」

 

これまで何度も失敗してきた。何度もお酒をやめようとして、また飲んでしまった。人間関係も壊した。事件も起こした。刑務所にも入った。それでも、今があります。

 

過去をなかったことにはできません。しかし、これからの人生まで過去によって決められているわけではありません。何度転んでも、もう一度立ち上がることはできます。そして、「自分一人で頑張る」だけではなく、医療機関や福祉サービス、家族、パートナー、友人、支援者など、誰かとつながることも大切です。

 

  幸せになることを、あきらめなくていい

 

アルコール依存症の背景には、孤独やストレス、人間関係、生きづらさなど、さまざまな問題が重なっていることがあります。「お酒をやめなさい」と伝えるだけではなく、「お酒がなくても安心して暮らせる環境をどう作るか」を一緒に考えることが重要なのではないでしょうか。

 

かずちゃんさんの人生は、決して平坦ではありませんでした。それでも今は、「この暮らしを失いたくない」と思える場所にたどり着いています。

 

人生で何度つまずいたとしても、そこで終わりではありません。7回転んだなら、8回目に起きればいい。そんなことを考えさせられる、印象深い対談でした。

 

 

 

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「もう、お酒をやめたい」

そう思っているのに、また飲んでしまう。

「今度こそやめよう」と決意しても、気がつけば手元にお酒がある。

なぜ、人は「やめたい」と思っているものを、やめられなくなるのでしょうか。

 

アルコール依存症は、単純に「お酒が好き」「意志が弱い」という言葉だけでは説明できません。

そこには、不安や孤独、ストレス、人間関係、過去のつらい経験など、さまざまな要因が複雑に絡み合っていることがあります。

 

今回は、アルコール依存症と双極性障害を抱えながら、何度も再飲酒を繰り返してきた女性の体験を通して、「生きづらさ」と「依存症」の関係について考えてみます。

 

  3歳で父親を亡くし、17歳で妊娠

 

かずちゃんさんは、大阪で生まれ、3歳半の頃に父親を亡くしました。父親にはアルコール依存の問題があったとされています。

 

その後、母親に育てられ、小学生の頃はキックベースボールのキャプテンを務めるなど、活発で周囲から頼られる存在でした。一方で、子どもの頃から爪を噛むなどの癖があり、本人は「不安を感じやすかった」と振り返っています。

 

高校生になると、生活は大きく変化します。

17歳で妊娠し、結婚。しかし、妊娠中から激しいDVを受け、2年ほどで離婚することになりました。その後、飲食店や接客業を経て、大阪・南のクラブでホステスとして働くようになります。仕事柄、お酒を飲む機会も多く、仕事が終わった後も一人で飲む。次第に、お酒の量は増えていきました。

 

  「つらさ」を紛らわせるためのお酒

 

その後、再婚し、穏やかな生活を送れるはずでした。しかし、今度は自身がアルコールによって暴れるようになっていきます。

 

やがてアルコール性肝障害で倒れ、救急搬送されたことをきっかけに、「自分は依存症なのではないか」と気づきます。治療を始めても再飲酒を繰り返し、酔った状態でのトラブルから逮捕されるなど、生活はさらに苦しくなっていきました。出所後には、寝ている時間以外はずっと飲んでいた時期もあったといいます。

 

現在は、周囲の人たちの支えを受けながら、福祉サービスに繋がっています。そして本人は「今が一番落ち着いている」と話しています。

 

  「意志が弱い」だけでは説明できない

 

この話から考えさせられるのは、アルコール依存症を単純に「お酒が好きな人」と捉えてはいけないということです。

 

人によっては、不安、孤独、ストレス、過去のつらい経験などから逃れるために、お酒を飲んでしまうことがあります。

飲んでいる間だけは、不安や苦しさを忘れられる。

しかし、効果が切れると再びつらさが戻ってくる。

そのつらさを紛らわせるために、また飲む。

 

こうした悪循環が続くことで、「やめたいのにやめられない」という状態につながることがあります。

もちろん、アルコール依存症の原因を一つに決めることはできません。遺伝的な要因、環境、ストレス、精神的な問題など、さまざまな要素が複雑に関係しています。

 

だからこそ、回復には、医療や福祉、家族、周囲の支援を組み合わせて考えることが大切です。

 

  生きづらさは、本人だけの問題ではない

 

幼少期の家庭環境や親子関係がその後の人生に大きく影響することが多いと、生きづらさを抱えた方々を支援してきて感じます。

 

子どもの頃にどのような環境で過ごしたのか。どのような経験をしたのか。

困ったときに誰かに相談できたのか。自分の気持ちを安心して表現できたのか。

そうした経験が、その後の考え方や人との関わり方に影響することはあります。

 

しかし、過去の環境だけで将来が決まるわけではありません。大人になってからでも、自分の生きづらさに気づき、適切な支援につながることで、生活を変えていくことはできます。

 

  「助けを求めること」は、弱さではない

 

かずちゃんさんの話で印象的なのは、何度も問題を繰り返しながらも、現在は周囲の支えを受けて生活しているということです。

 

依存症からの回復は、一直線に進むとは限りません。

うまくいく日もあれば、つまずく日もある。

それでも、医療機関や支援機関、家族、仲間などとつながりながら、一歩ずつ生活を立て直していくことが大切です。

 

もし自分自身や身近な人が、

「お酒をやめたいのにやめられない」

「飲酒によって仕事や人間関係に問題が起きている」

「不安やストレスから逃れるためにお酒を飲んでしまう」

と感じているなら、それは一人で抱え込む必要のない問題です。

 

アルコール依存症は、適切な支援につながることが回復への大切な一歩になります。

 

「自分は意志が弱いから」と自分を責めるのではなく、

「なぜ、そこまでお酒が必要になったのだろう?」

と、自分の生きづらさを見つめ直してみる。

そこから、新しい一歩が始まるのかもしれません。

 

 

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