ティセットとトルク。
 酔い潰れて正体不明。
 結局二人分の荷車を用意し、学舎よりは近いからとルフェランが実家に泊めてくれた。

「ヨウスも泊まっていけばいいのに」
「終わり火の儀式があるから」
 やっぱりいいよと、断る。

 儀式の際に使った火には精霊が宿ると言われる。
 その精霊たちに感謝しつつ、帰ってもらうための儀式だ。
 疎かにすると精霊が怒って火事を起こすのだという。



 ありがとう、と言いながらヨウスは重ねて断った。
「今日は祭りで、いつもより多いだろうから」

 ルフェランの家の玄関先。
 固い蔓で編まれた春来祭の飾りが風に揺れている。
 小さな庭には花の絨毯。
 それらを照らす灯籠。

 ルフェランの家はどちらかというと裕福だ。
 父親の店は繁盛しているのだろう。

 だからといって、ティセットの学費を援助してもらうことはできない。
 ルフェランの父、シドル氏に何の利益も無いからだ。

 わかっているから、三人はそのことに触れなかった。



「僧侶になるのも大変だけど、なってからも大変なんだな」
「楽な仕事なんてないよ」
「そうだな」

 庭を横切って、門まで見送るルフェラン。
「暗いから、気をつけて行けよ。
 酔っ払いに絡まれないようにな」
 心配げなルフェランに、ヨウスは笑って見せた。

「ここでいいよ」
「うん。
 ……明日は?」
「え?」

「明日、授業は休みだから。
 司祭様のところか?」
 ヨウスは頷いた。
「片付けがあるから」
 やれやれ、とルフェランが首の後ろを掻く。

「マジメだなぁ」
「……そうかな?」
「そうだよ。
 僕なんて、家の手伝いなのに休むんだ」

「そういうものかな……」
「どうした?」
 ヨウスの呟きに、ルフェランがその頭を見下ろしながら尋ねる。

「家族なら見返りは求めない。
 でも、他人だと、何か自分の利になることがないと動かない」
 俯いたヨウスは拳を握った。

「ラン。
 血の繋がりがないとダメなのか?」
「…………」
「血縁は、そんなに大切なことなのか?」「……ヨウス?」
 ルフェランの声にヨウスはハッとした。

「……ごめん」
 バツの悪い顔を帽子で隠し、ヨウスは夜道に足を向ける。
 ルフェランはその腕を掴んで引き止めた。

「毎年、途中で辞めて行く人がいる。
 年の暮れは特に多い」
 ヨウスは振り向かない。
「自分の限界に気付いたり。
 金に困ったり……。

 僕やトルクは恵まれてる。
 そんなことわかっている。
 だからこそ、苦しいときもある」
「…………」
「諦めなければならなかった人の分まで、諦めてはいけない。

 難しい問題が解けるまで。
 合格の印を貰うまで、絶対に諦められないんだ」
 三人は沈黙した。
 それは数瞬のことで、重い空気をかち割るように机がドンッと音を立てた。
「はいよぉ!」
 威勢のいいお女将さんの声。
 適当に、と頼んだ料理が運ばれてきたのだ。

 おまけだよ、と店のお女将さんが串焼きを置いていく。
「いっぱい呑んできな!」
 ティセットの背中を叩いた大きな手がルフェランの頭を撫でていく。

 なぜかヨウスには、肩に手をおきにっこりと微笑むお女将さん。
「あと五年したらアタシんとこおいでよ」
「……」
 呆然としていたヨウスは、お女将さんの衝撃波に呻き声も上げることができなかった。



 三人の間で料理が湯気を上げている。

 ルフェランは静かだった。
 そうか、と呟く。

 なぜ、と尋ねたのは事情を知らないヨウスだった。
 酒で舌を痺れさせて、実は、とティセットは話し出す。

「最初におまえと会ったとき、伯父貴の見舞いに行った帰りだったんだ」
 うん、とヨウスは頷いた。
 ここまでは話したかもしれない。

「俺さ……半分家出するみたいにして、出て来たんだ。
 伯父貴に頼み込んで、学費出してもらってさ」
 なかなか手を付けてもらえない料理に、ティセットが自ら手を出す。

「その伯父貴が寝込んじゃってさ。
 学費を出してもらえなくなったんだ」
 ヨウスの顔が曇る。
 ティセットはその皿に、わざと大きな肉の塊を置いた。

 ルフェランが差し出した皿にニンジンを嫌がらせのように乗せる。
 案の定、ルフェランは渋い顔をした。
 オマケとばかりに、好物のパテスという麺を乗せてやる。
「…………」

「薬代もいるし、俺も少し金貯めてたから、もういいよって、言ったんだ。
 伯父貴も歳だからな……」
 それを聞いたときの伯父の顔を思い出して、ティセットは遠い目をした。

「で、一季がんばってみたけど……ムリかなぁ、と」
 くはぁ、とおどけてみせる。
 二人は笑ってくれなかった。



「……いつまで?」
「うーん、今季まで」
 ヨウスの顔は強張ったまま。
 呟くような声が落胆を表していた。

「その後はどうする?」
 ルフェランが尋ねる。
「ニッチの親父さんが遣ってくれるって」
「やっぱり、帰らないんだな」
 まぁね、とティセットは苦笑する。
 今さら帰るに帰れないのだ。

 故郷には姉と弟がいる。
 姉は嫁に行けただろうか。
 小さかった弟は、もう畑仕事を手伝っているだろう。
 ティセットのことは覚えているのかわからないが。

 父は元気にしているだろうか。
 伯父から母が倒れたと聞いたとき、帰らなかったことだけは後悔している。
 元気になって良かったが、合わせる顔がない。





 その後、少しずつペースを上げたティセットに釣られてルフェランがおかわりを連発。
 無表情だったヨウスも酔ったのか、相槌を打つたびに口元に笑みを浮かべた。

 ティセットはその時、「こいつってこんなふうに笑うんだな」と端整な顔を見つめた。
 同室生になって初めて、本当の笑みをみた気がする。

 そんなはずはないのに……。


   *  *
「あーそーこっ!」
 渋々その指差すほうに目を凝らすと、クワイトル司祭がいた。
 手にしているのは大聖典だ。
 大聖典は十八冊あり、大きさも厚さも通常の聖典の二倍はある大物だ。

 トルクが両腕を大きく振って歓声を上げる。
「クワイトル様ー!」
 気付いたのだろう。
 辺りを見回したクワイトル司祭は、ティセットたちのいる店のすぐ手前で顔を上げ、微笑んだ。

「司祭さまぁー!
 ホラ、ヨウス手ぇ振れ!」
 気恥ずかしげにヨウスが小さく手を振る。
 大きな本を抱えたクワイトル司祭は、自由のきく手首から先を振って応えてくれた。

「やっほーい!
 ほらヨウス、手ぇ振ってる!
 振ってるよ!
 しっさいさーまー!」

 一際大きなトルクの声に、たくさんの“司祭様”が上を見上げる。
 それに気付いた群衆も習って上を仰ぐ。
 ものすごい視線が集まった。

「他人……他人……」
 顔を背けてルフェランが呟く。

「…………」
 ヨウスは恥ずかしかったのだろう。
 帽子を深く被って俯いてしまった。

 ヨウスの隣でまだトルクが、オモチャを手にした子どものように興奮している。
 道路向かいの屋根の上の子どもがこちらを指差して笑う。
 さすがにティセットも他人の振りをしたくなった。

「うおーい!
 クワイトさまぁ!」

 三人は思った。
 トルクのバカ!



 大聖典の後には、昇格した僧侶や、この一年で新しく僧侶見習いになった人たちが続く。
 最後は統治帝国であるウェデルクの大使たちが占め、長い行列が終った。

 ティセットたちの前にはもう行列はないが、遠くからはまだ聖歌が聞こえる。

 この後、大行列は西へ曲がり、貴族宅街に向けて北上する。
 そして学舎の前を通って、大聖堂に戻るのだ。

 次は大聖堂前が穴場だが、今からでは良い場所なんてあるはずがない。
 予定通り四人は、下の店で酔っ払いたちに紛れて祝い酒に突入する。

 酒に弱いトルクは二杯目で呂律が怪しくなる。
「はぁにゃぁあが~、吹っき飛びゃ~」
 歌まで歌いだした。

 さらに。
「おぇう?
 にぃちゃん、いい声しちぇんじゃぁねぇか」
 通り掛かった酔っ払いと腕を組み、客が勝手に机を避けて作った舞台で踊り出す。
「あんの子のくちぃぶぅえぁえ~さぁらぁってくわぁー
 せ~つなぁいこぉの恋でくぅちづーけぇる~」

 意外と巧かった。



「ヨウス、飲み過ぎるなよ。
 トルクだけで大荷物だからな」
 さすが最年長。
 すでに荷車がいるな、と呟くルフェランはまだ酔う気配もない。

 そういえば、とこちらも舐めるほどの酒量のヨウス。
「さっき機嫌悪そうだったけど、もういいのか、ティス?」
「あー……うん。
 もういいかな」

 結果的には四人で祭りに来れたので、よしとすることにした。
 トルクは正体不明になっているが、話ができる。

 酒で唇を濡らすと、ティセットは言い放った。
「俺、学舎を辞める」

 え、と二人が目を剥いた。