「あーそーこっ!」
 渋々その指差すほうに目を凝らすと、クワイトル司祭がいた。
 手にしているのは大聖典だ。
 大聖典は十八冊あり、大きさも厚さも通常の聖典の二倍はある大物だ。

 トルクが両腕を大きく振って歓声を上げる。
「クワイトル様ー!」
 気付いたのだろう。
 辺りを見回したクワイトル司祭は、ティセットたちのいる店のすぐ手前で顔を上げ、微笑んだ。

「司祭さまぁー!
 ホラ、ヨウス手ぇ振れ!」
 気恥ずかしげにヨウスが小さく手を振る。
 大きな本を抱えたクワイトル司祭は、自由のきく手首から先を振って応えてくれた。

「やっほーい!
 ほらヨウス、手ぇ振ってる!
 振ってるよ!
 しっさいさーまー!」

 一際大きなトルクの声に、たくさんの“司祭様”が上を見上げる。
 それに気付いた群衆も習って上を仰ぐ。
 ものすごい視線が集まった。

「他人……他人……」
 顔を背けてルフェランが呟く。

「…………」
 ヨウスは恥ずかしかったのだろう。
 帽子を深く被って俯いてしまった。

 ヨウスの隣でまだトルクが、オモチャを手にした子どものように興奮している。
 道路向かいの屋根の上の子どもがこちらを指差して笑う。
 さすがにティセットも他人の振りをしたくなった。

「うおーい!
 クワイトさまぁ!」

 三人は思った。
 トルクのバカ!



 大聖典の後には、昇格した僧侶や、この一年で新しく僧侶見習いになった人たちが続く。
 最後は統治帝国であるウェデルクの大使たちが占め、長い行列が終った。

 ティセットたちの前にはもう行列はないが、遠くからはまだ聖歌が聞こえる。

 この後、大行列は西へ曲がり、貴族宅街に向けて北上する。
 そして学舎の前を通って、大聖堂に戻るのだ。

 次は大聖堂前が穴場だが、今からでは良い場所なんてあるはずがない。
 予定通り四人は、下の店で酔っ払いたちに紛れて祝い酒に突入する。

 酒に弱いトルクは二杯目で呂律が怪しくなる。
「はぁにゃぁあが~、吹っき飛びゃ~」
 歌まで歌いだした。

 さらに。
「おぇう?
 にぃちゃん、いい声しちぇんじゃぁねぇか」
 通り掛かった酔っ払いと腕を組み、客が勝手に机を避けて作った舞台で踊り出す。
「あんの子のくちぃぶぅえぁえ~さぁらぁってくわぁー
 せ~つなぁいこぉの恋でくぅちづーけぇる~」

 意外と巧かった。



「ヨウス、飲み過ぎるなよ。
 トルクだけで大荷物だからな」
 さすが最年長。
 すでに荷車がいるな、と呟くルフェランはまだ酔う気配もない。

 そういえば、とこちらも舐めるほどの酒量のヨウス。
「さっき機嫌悪そうだったけど、もういいのか、ティス?」
「あー……うん。
 もういいかな」

 結果的には四人で祭りに来れたので、よしとすることにした。
 トルクは正体不明になっているが、話ができる。

 酒で唇を濡らすと、ティセットは言い放った。
「俺、学舎を辞める」

 え、と二人が目を剥いた。