朝食を終えて、ルフェランの父シドル氏の自慢の商品が増えていたので見せてもらった。
 いつも商談に使われている応接間。
 狭くはない部屋いっぱいに新作が並べられている。

 今年は鮮やかな若葉色の生地が人気らしい。
 それと、濃い緑色の宝石を嵌め込んだ銀装飾。

 言われずとも、何故なのかわかる。
 先年、即位したウェデルク皇帝が身に着けていたものの類似品だ。

 同じものだと不敬に当たる。
 だから配色だけ、あるいは素材だけ同じにしたものが流行る。
 いや、それ以前に、まったく同じものだと全財産を使うことになるだろう。



 世界混乱期から続く帝国。
 その女帝ともなれば、ティセットが見たこともないような高価なものをたくさん持っているだろう。

 帝国直下の出身で、皇都にいたトルクの話では、皇宮は山一つ分の大きさを持つらしい。
 その周囲を三つの街が囲み、大都市を作り出している。

 小さな町で生まれ育ったティセットには想像もできない。



「こんなものもあるぞ」
 興奮気味にシドル氏が出して来た木箱。
 蓋を開け、柔らかな生地を捲ると、銀細工が出て来た。

「剣……ですか?」
「まぁ、女性への贈り物にはならないね」
 ふふん、と笑うシドル氏。

「これはな、細工職人が作ったものではないぞ。
 なんと、鍛冶屋じゃ!」
「鍛冶屋?」
「変わった鍛冶屋だね」

 甘い甘い、と首を振るシドル氏。
 生地の四隅を箱の裏に寄せて蓋を木箱の底に被せる。
 立ち上がって暖炉に近付くと、木箱をその上に置いた。

「父さん、売り物じゃないの?」
「バカ者。
 なかなか出回らん逸品だぞ」
「スゴいんですか?」
「年に四・五個ほどじゃな」
 興味を惹かれて近付くティセット。
 暖炉に手を付いて覗き込む。

 鞘は細い線が絡まるように付いている。
 鍔と柄の交わる箇所に唯一、銀色以外の色がある。
 赤い宝石だ。
 恐らく本物だろう。

 ティセットの手の平に悠々と乗るほど小さいものだが、それを忘れさせるほど精密な造り。

「何かいわれがあるんですか?」
 うむ、と頷いたシドル氏は、誇らしげに胸を張って言う。
「かの“ふた名の英雄”の剣じゃ」
「え!」
 ティセットは驚いて、まじまじと銀細工を眺める。

「縮小版模倣品ってことか。
 鍛冶屋ってことは、見たことがある人が造ったんだ」
 さすがにルフェランも興味が沸いたのか、ティセットの頭の上から覗き見る。

「フェン授与の際、絵師が描いた姿絵を見て造られたらしい」
「そういえば最近、飾り布の刺繍も増えたね」
「東の抗争は激しかったらしいからなぁ」
 果物はティセットの口腔を甘酸っぱくした。
 爽やかな香りが辺りに立ち込める。

「足踏み外したらしくてさ、ちょっとした崖に落ちてたんだ。
 トルクだったら登れるくらいの」

 だが、落ちたのは重いお腹を抱えた女性。
 そばにいるのは小さな子どもで、「奥様、奥様」と泣いていた。

「その時、俺びっくりして、わたわたしてただけだった」
 普通であれば、引き上げてやれたかもしれない。
 けれどその時ティセットは足を痛めていて、相手は妊婦だった。

 怪我人や病人は妊婦に触れてはならない。
 触れると、子どもが四肢に欠陥を持って生まれてしまうのだという。



「ヨウスはさ、すぐに助けに降りて、俺には助けを呼んで来るように言ったんだ。
 どうやったんだか忘れちゃったけど、みんなにあーだこーだ言ってさ。
 助けちゃったんだ」

 すっ飛んで来た旦那さんが、お礼の言葉をいいながら振り子のように頭を下げた。
 お礼がしたいと言われたが、「急いでいるから」の一言で断りその場を後にした。
 急いでいたのはティセットだったのに。

「その時は言われた通りにしかできなかったけど、後から思ったら、ヨウスかっこいいなぁって思った」
 迂闊にも。

「どっちがホントのヨウス何だろうなぁ……?」
 頭はいいし、顔もいい。
 多少内気だが人当たりは良く。

 トルクの「ジュリオラーザ公爵様はな」で始まる長い熱弁も聞いてくれる。
 おかげでティセットとルフェランは、復習の時間が取れるようになった。

 うーん、とルフェランが唸る。
「僕は見てないから何とも言えないけど。
 クワイトル司祭様の手伝いするくらいなんだから、手際はいいんじゃないか?」

 今度はティセットが唸る。
「そうかなぁ。
 なぁんか違う気がする」
「考えても見ろよ。
 あのヨウスだぞ?」

「…………」
 ティセットはあのヨウスを思い浮かべる。
 出て来たのは、同室生となった翌朝、隣りの寝台に女の子が寝ている! と驚いたことだった。

 何だか違うことを思い出したようだ。



「あー、ダメだ。
 頭が痛い」
 やれやれ、とルフェランがため息を付く。

「トルクが起きたら、風呂にでも行くか?」
「あ! いーねー。
 ヨウス来ないかなぁ……」
 言いながらティセットは、自分の皿にまだこんもりと残っているパテスを見て口を酸っぱくした。

「っ……おげぇ」
「おーい、ここじゃ止めてくれよ」
「ヨウス、忘れるなよ。
 ティスからすれば、おまえだって、恵まれているんだ」

 ヨウスは何も言わずルフェランの瞳を覗き込んだ。
 濃い青色が真剣な光を発している。

 ルフェランは恵まれている。
 それをしっかり受け止めている。



「……ごめん」
 ため息のような声。

 いいや、と首を振るルフェラン。
「ティスのおかげなんだ。
 自分は恵まれているって気付いたのは。
 だから、何かあれば力になりたい。
 僕自信は財産も権力もないけど、できるだけのことはしてやりたい」

 ルフェランは笑って、ヨウスの頭を撫でる。
「ヨウスも、力になってやってくれるか?」
「…………」
 ヨウスは頷いた。


   *  *


 ティセットは目を覚ました。
 朝日が眩しい。
 頭が痛い。
 そして、重い。

 目だけを動かして横を伺う。
「…………」
 美女なら良かったのに。
 残念ながら、ティセットの腹の上に重たい腕を乗せているのは、トルクだった。

 男四人で飲んだくれたのは覚えている。
 おそらくここは、ルフェランの家の客室だ。

 白っぽい壁紙。
 磨きこまれた箪笥。
 小さな机と対の椅子。
 寮より広く感じるのは、一人部屋だからかもしれない。

 変わっていない。
 去年も同じ様に泊めてもらったことがあり、覚えていた。
 トルクとまともに話せるようになったのはそれからだったと思う。

「うんっ……っしょ!」
 太い腕を退け、重い頭をゆっくりと持ち上げる。
 ちょうど扉が開いて、ルフェランが顔を出した。

「あぁ、起きたね」
「おはよー」
「おはよ。
 朝ご飯、食べれる?」
「うー……うーん」

 半分寝ぼけながら、水の張られた桶に顔を突っ込む。
 ブクブクと息が洩れる。
「おーい」
 ルフェランが引き上げてくれた。

「あー……ヨウスは?」
 渡された手拭いで顔を拭いたところで、一人足りないことに気付いた。

「司祭様の手伝いがあるって、昨晩戻ったよ」
「あー、帰ちゃったんだ。
 悪かったなー」
「何が?」

「せっかくの祭りで、あんな話して」
 あれか、とルフェラン。
 ティセットの肩を叩く。
「ヨウスはちょっとぼーっとしたとこがあるからな。
 ちょうど良かったと思うよ」

 二人はトルクを置いて部屋を出る。
 たぶん昼まで起きないだろうから。

「そういえば」
 食卓について、目の前に果物が乗ったとき。
 ティセットは思い出した。

「ヨウスって、ぼーっとしてるよな?」
 ティセットは話を蒸し返した。
「ヨウスに騎獣で送ってもらったって、話したことあったっけ?」
「あぁ、足ケガしたときね」

 朝から大量のパテスを完食したルフェランは、橙色の果物に手を出す。
 厚い皮を剥くと、薄皮に包まれた房が仲良く身を寄せあっていた。

「実はさ、途中で妊婦さん助けたんだ」
「ふあ?」
 薄皮ごと果物を咥えたルフェランを見て、ティセットはやっと果物に手を出す。
 食べ方がわからなかったのだ。