果物はティセットの口腔を甘酸っぱくした。
 爽やかな香りが辺りに立ち込める。

「足踏み外したらしくてさ、ちょっとした崖に落ちてたんだ。
 トルクだったら登れるくらいの」

 だが、落ちたのは重いお腹を抱えた女性。
 そばにいるのは小さな子どもで、「奥様、奥様」と泣いていた。

「その時、俺びっくりして、わたわたしてただけだった」
 普通であれば、引き上げてやれたかもしれない。
 けれどその時ティセットは足を痛めていて、相手は妊婦だった。

 怪我人や病人は妊婦に触れてはならない。
 触れると、子どもが四肢に欠陥を持って生まれてしまうのだという。



「ヨウスはさ、すぐに助けに降りて、俺には助けを呼んで来るように言ったんだ。
 どうやったんだか忘れちゃったけど、みんなにあーだこーだ言ってさ。
 助けちゃったんだ」

 すっ飛んで来た旦那さんが、お礼の言葉をいいながら振り子のように頭を下げた。
 お礼がしたいと言われたが、「急いでいるから」の一言で断りその場を後にした。
 急いでいたのはティセットだったのに。

「その時は言われた通りにしかできなかったけど、後から思ったら、ヨウスかっこいいなぁって思った」
 迂闊にも。

「どっちがホントのヨウス何だろうなぁ……?」
 頭はいいし、顔もいい。
 多少内気だが人当たりは良く。

 トルクの「ジュリオラーザ公爵様はな」で始まる長い熱弁も聞いてくれる。
 おかげでティセットとルフェランは、復習の時間が取れるようになった。

 うーん、とルフェランが唸る。
「僕は見てないから何とも言えないけど。
 クワイトル司祭様の手伝いするくらいなんだから、手際はいいんじゃないか?」

 今度はティセットが唸る。
「そうかなぁ。
 なぁんか違う気がする」
「考えても見ろよ。
 あのヨウスだぞ?」

「…………」
 ティセットはあのヨウスを思い浮かべる。
 出て来たのは、同室生となった翌朝、隣りの寝台に女の子が寝ている! と驚いたことだった。

 何だか違うことを思い出したようだ。



「あー、ダメだ。
 頭が痛い」
 やれやれ、とルフェランがため息を付く。

「トルクが起きたら、風呂にでも行くか?」
「あ! いーねー。
 ヨウス来ないかなぁ……」
 言いながらティセットは、自分の皿にまだこんもりと残っているパテスを見て口を酸っぱくした。

「っ……おげぇ」
「おーい、ここじゃ止めてくれよ」