ティセットたちの席は彼女の愚痴が続き、宴会どころではなくなった。
 周囲はすでに目的を忘れて盛り上がっているのに。

「あたしが先に合格したらスネるし!
 ほかの子にコクられたの黙ってるし!
 叔父さんが具合悪いときも黙って行っちゃうのよ!?」

 信じらんない、とルリは叫んで酒を飲み干した。
 酒杯を置くより早くおかわりを頼む。
 お女将さんは面白そうな顔をして、「はいはい」と返事をしてしまう。



「今回のこともそうよ。
 辞めるなんて、あたしには一言もないってどういうことよ?」
「もう付き合ってもないし……」
 一応、反論してみる。

「だから何のよ!
 彼女じゃないから教えてくれなかったわけ!?
 この中であんたが辞めるの知ってた人はみーんなあんたの彼女なわけ!?」
 すぐさまやり返されて、凹むティセット。
 口で勝てた例はない。

 肩を落としたティセットは、ヨウスは大丈夫だろうかと盗み見る。
「?」
 意外なことに、手で隠されたヨウスの口元は笑っていた。

 ルリもそれに気付いたのだろう。
 ヨウスの肩を掴んで揺さぶる。
「ねぇ、ちょっと!
 真剣に聞いてよ!」

 ヨウスはうんうんと頷くものの、おかしくてたまらないと言うかのように、机を叩く。
 どこに笑いのツボがあったか知らないが、楽しそうだ。



 ほかに助けを呼ぼうと、ティセットは辺りを見回す。
 残念ながらルフェランは相変わらず熟女に囚われ、トルクは舞台で歌って踊っていた。
 同級生も似たり寄ったりで、徐々に倒れて行くものが増えていた。

 気付けば、店内でまともなのは、店主夫婦とティセットだけのようだ。



「こらー!
 よそ見しゅるな!」
 呂律の回らなくなったルリは、机越しにティセットの耳を掴んで引っ張る。
「いったた!」
「あたひだって痛かったんらからぁ」
 あーん、と彼女は泣き出した。

「チシュのバカー!」


   *  *


 少女の手は袖を掴んだまま。
 机に突っ伏して寝てしまったのに、まだ愚痴を零している。
 よほど悔しかったのだろう。

「……ごめん」
 お互い酔えそうにないことを察し、ティセットは果実水を持ってくる。
 店主は調理場の片付けにはいり、女将は酔っ払いを放り出しにかかった。

 何が、とヨウスは尋ねた。
「せっかく呑みに来たのに……」
 ため息を付くティセット。
 ヨウスは首を横に振った。

 ルリを見下ろして、呟く。
「寂しかったんだな」
「そうかぁ?」
「寂しかったんだよ。
 隣にいるのに気付いてもらえなくて」

 ティセットは沈黙した。
 思うところがあったのだろう。
 ルリの非難にもほとんど言い返せていなかった。
 少数だが、女生徒もいる。
「ルリ……いつの間に?」
 同じ授業を受ける彼女は、平然とヨウスの隣に座っていた。
 本当に、いつ来たのだろう?

「あんたの送迎会でしょ?
 あたしが居ちゃ悪い?」
「わ、悪くはないけど……」
 だったらなぜ、主役の隣ではなく、ヨウスの隣に座っているのだろう。
 わかるけど、わからない振りをしておこう。



「クォーズ、ホラこれ、美味しいのよ」
 彼女はヨウスの皿にどっさりと唐揚げを乗せる。
「…………」

「ねぇ、甘いものスキ?」
 さり気なくヨウスの袖を握るルリ。
「西区に美味しい茶屋があるんだけど、今度一緒にいかない?」
「…………」

「お女将さーん!
 お酒もう一杯!」
「…………」
 ヨウスの視線が、向かいに座るティセットに向けられる。
 ムリムリ、とティセットは首を横に振った。
 酒の入った彼女に立ち向かう勇気はない。

「お女将さーん!
 おかわり!」
 早い!
 しかも、三杯目だったような気がする。
 もう誰にも止められない。



 景気の良いルリに気付いた男子生徒が、女に声をかける。
「なんだぁルリ。
 ティスと寄り戻しに来たのか?」
「バッカ言わないで!」

 ご機嫌な彼女は、ヨウスがティセットを凝視したことに気付かない。
 もちろん、ティセットが顔を隠したことなど気にも止めない。

「こんなヘナチョコもうたくさんよ!」
 ね、と同意をヨウスに求めたルリは、大胆にもヨウスの腕にしがみついた。
 去年までは、彼女がしがみつく腕は確かにティセットのものだった。

「ねぇ聞いてよぉクォーズぅ。
 ティスったらねぇ、授業が終わるとすーぐ仕事に行っちゃうのよ?
 休みの日だって、昼から仕事入れたりしてねぇ。

 無理やり連れ出してもぉ、割り勘だし……。
 っていうか何か貰ったことない!」
 ティセットはおもわず耳を塞ぐ。

「それにねぇ、試験前になると一日中会わなかったりするの!
 声かけても勉強の話しかしてくれないしぃ、気分転換に散歩に誘ってもぜんっぜん乗ってくれないしぃ、お菓子作ってあげたらお腹壊して寝込むのよ失礼でしょ!?
 信じらんない!」

 顔を覆った手の指の隙間からヨウスを盗み見る。
「…………」
 そんな複雑な顔をされても、ティセットには弁明の余地すらない。
 すべて事実だから。

 叔父の負担を少なくしようと仕事には毎日出た。
 学費だって、早く試験に合格すれば少なくて済む。

 でも、互いに了承しあって付き合った彼女を疎かにした。
 できないなら、最初から断るべきだったのだ。
 ティセットが悪い。
「なんだぁ、賑やかだな!
 って、絡まれてんのはおまえかよ」
 声に気付いてトルクがやって来た。
 背後に武科の生徒らしい男を連れている。

「一緒に行きたいんだってさ」
 首に腕を巻き付けられたまま、仰いでティセットが言えば。
「あー、オレも同じく」
 トルクが背後の武科生を指差した。

 トルクが連れているのは二人。
 ティセットの周囲にいたの三は。
 ルフェランは実家から来るのでこれ以上は増えないだろう。

「俺はいいけど……。
 ヨウス、どうする?」
「え……?」
「イヤならイヤって言えよ?」
「…………」

 主役はティセットだが、集まった生徒の大半は明らかにヨウスが目的だ。
 内気であまり喋らず、ティセットたちがいないと誘いに乗らないヨウスと、仲良くなる機会なのだ。

 全員の意識がヨウスに向く。
 視線に晒されたヨウスは、ますます難しい顔をする。
「………………」
 小さく、ティセットは吹き出した。
 吹き出した音に気付いてトルクも笑いだす。

「な、なんだぁ?」
 笑いだした二人に周囲が驚いた。
 ティセットたちにはいつもの笑い場だが、ヨウスを神聖化した人間にはわけがわからないだろう。

「どうしたんだよ!?」
「ティス、勘弁してやれよ!」
「トルク、何なんだ?」
「笑ってないで説明しろよ」
「だって……!」
「酒は!?」
「あぁもう!」



 からかわれたことに気付いたヨウスを宥めつつ、ティセットたちは宴会場に急いだ。
 寮の食堂ではなく、いつもの安い料亭でもない。
 今までは夜だけだったが、明後日からはティセットが朝から晩までお世話になる、ニッチの親父さんの店だ。

「ちはー!」
 開店中は開けっ放しの扉を叩いて中に入る。
 ニッチの親父さんが「おう!」と包丁を振り上げ、お女将さんが奥を指差す。

 店の奥に進むと、先に来ていたルフェランが気付いて一言。
「遅い!」
 すでにルフェランは呑んべのサラさんに絡まれていた。
 太い腕がルフェランの腕に絡み付いている。

 サラさんにとぐろを巻かれたルフェランで、またひとしきり笑った。



 注文など聞かず、酒が運ばれて来る。
「では、ティセットの前途を祝して!」
 かんぱーい!
 学舎を出たときには十人ほどだったはずが、トルクが音頭を執ったときには倍になっていた。

 明らかに便乗したやつがいる。

 訳もわからずティセットに「おめでとう!」と言ってきた男。
 おそらく最初から店にいた客だ。

 ティセットの頭をワシワシと撫でながら肉にかぶりつく少年。
 近所の小間物屋にいなかったか。

 サラさんは相変わらず、お気に入りのルフェランを離さず。
「今夜は帰さないよぉ!」
「ひぃっ!」
 哀れルフェラン。