ティセットが学生でなくなったからには、廊下で擦れ違うこともないだろう。

 学生とそうでない人の生活は、ほとんど重ならない。
 同じ教室にいることも、一緒に学食をつつくこともない。

 学生は昼間のほとんどを学舎で過ごす。
 定期的な休日もある。

 ティセットにはもうない。
 毎日店で働いて、人が休みのときが一番の稼ぎ時で。
 一人前になるまで何年かかるだろう。

 また二人で手を繋いで街を歩くことができるようになるのは、いつのことだろうか。

 もしかすれば、二度と会わないかもしれない。
 同じ国の同じ街にいるのに。



 ――一度しか会ったことがない。

 どんな思いで、去る兄を見ていたのだろう。
 遠くからでは声も掛けられなかったに違いない。



 敢えて妹のことを教えてくれたヨウスに感謝したい。
 おかげで大切なことに気付いた。
 何かの偶然で会える人もいれば、会えなくなる人もいる。

 明日は今日と違うのだ。

(今度来たら奢ってやろう)
 夜空を見上げて、ティセットは笑った。



 途中で起きたルリと、学舎の裏門から女子寮まで歩いた。
 会話らしい会話はなかった。
 重い沈黙でもなかった。

「じゃぁ、また……」
 明日ね、とルリは続けられなかった。
 明日が最後かもしれない。
 大袈裟かもしれないが、二人にとってはそれでも足りないほどだった。



「…………」
「あのさ……」
「ん?」
「……俺……」
「…………」

 出せるはずの声が出なかった。
 動くはずの口が動かない。
 今は大切な時なのに。

「おれ…………まだ、俺……」
「…………」
 ルリがじっと見つめる。
 腹にグッと力を入れる。

「俺まだ……変わってないよ」
「…………」
「仕事には毎日出るけど。
 学生じゃなくなるけど……」

「まだ、ルリが好きなままだから」



 彼女の反応も確かめず、ティセットはその場を後にした。





 ヨウスが寮室に戻って来るまで、ティセットはまんじりともせずにいた。
 自分の寝台に俯せになって、夜の静けさに響く自分の鼓動に耳を澄せるしかなく。
 早く戻って来いと、念じる。

 扉を叩く音がする。
 ティセットは勢いよく起き上がり、扉を開けたヨウスの驚く顔と向き合った。

「ティス?」
「……おかえり」
「た、ただいま……」

 ほんの少しヨウスの顔を見つめたが、ティセットは何も言えず背中を見せた。
 まだ気持ちの整理が付いておらず、何から話していいのかわからなかった。
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 こんばんは。
 ひぃなです。

 まずは。
 更新もないまま放置していたにも関わらず、ぺたぺたして下さった皆さま。
 ありがとうございます。
 生きてます。



 思えば長い一週間でした。

 一週間連勤のラストが8時間の立ちっ放しとは何事だ!
 と、怒りながら深夜3時に就寝。
 同日午後4時に起床。

 洗濯、掃除。
 夕食ができるまでに昼行灯さんを風呂に放り込み。
 餌を与えて送り出し、夕食の後片付け。

 夜の10時頃。
 一息付きました。



 てぽどん?
 美味しいの?
 …………(・д・)

 そんな経済状況も過ぎ去り、明日(今日?)から、また少しずつ、お話を再開してまいります。

 また、よろしくお願いしますね(´∀`)
 果実水で口を改める。
 甘いはずなのに、ティセットは渋い顔をしていた。

「送って行くだろ?」
「んう?」
「彼女」
「…………」

 穏やかな寝息を立てるルリの手を、自分の袖からそっと離す。
 目尻に溜まった涙を指で掬うと、ティセットに睨まれた。

「送って行くよな?」
「……行く」
 これで二人の蟠りが解けるといい。



「さすがに、女の子に泣かれるのは慣れてるんだな?」
 ティセットの皮肉に苦笑して応える。
「…………。
 妹が、いたんだ」
 え、とティセットの声が裏返る。

 最初に両親がいないと告げたせいか、家族に関しての話題は少なかった。
 妹、と口にすること自体、久しぶりだ。

「ルリを見てて、思い出した」
 初めて聞いた、と呟いたティセットは、何かに気付いて顔を強張らせた。

 ヨウスは妹が「いた」と言った。
 もういない、と同じ意味にとらえたのだろう。

「生きてはいる」
「そっか」
 ティセットが安堵の表情を浮かべる。

「美人なんだろうなぁ。
 おまえに似てる?」
「たぶん」
「何だよ、たぶんって」
「一度しか会ったことがない」
「………………」

 少しだけ浮いていたのだろう。
 ティセットの手から器が落ちて、コトリ、と鳴った。

 調理場で店主夫婦が仲良く仕込みをしている。
 楽しげな声が微かにした。

「……えーっと……。
 どうして、って、訊いても大丈夫?」
「別々に育てられたんだ。
 俺は父方、妹は母方」

「り……離婚……てこと?」
「……いいや。
 結婚していなかった」
「…………………………」

「母方から縁を切られたとき。
 帰りしな、遠くから見送ってくれた」
「…………」
 訊かなきゃ良かった。
 ティセットの顔にそう書いてあった。

 二人して無言。
 ティセットの動揺が夜を深めた。


   *  *


 酔い潰れたルフェランとトルクは、ルフェランの家に連絡して引き取ってもらうことにした。
 その迎えが来るまでヨウスは残ると言い出す。

「気ぃ使ってるだろ?」
「とても」
「…………」
 ここは素直に感謝しておこう。



 ルリを背負って店を出る。
 酔ってもいないのに熱い頬が、夜風に冷やされる。

 背中に気をつけながら歩くのは大変だった。
 ティセットは頑丈なわけでもない。
 いつもはルフェランやトルクのおかげで小柄に見えるが、縦も横も平均的だ。

 女の子とはいえ、人一人を背負って学舎まで歩くのはキツい。
 だからといって、途中で降ろすわけにもいかなかった。

 もう、彼女に対して中途半端ではいたくない。