「今度はゆっくりお話ししましょう」
 父クワイトルと同じ、目尻の笑いシワ。
 背も高く、ルフェランと同じくらいだろうか。
 父親とは違う静謐さを感じた。



 司祭親子と別れ、トルクは王宮、ティセットは西区へと別れた。

 町並みは徐々に夕暮れに近付く。
 家路を急ぐ子どもたち。
 最後の品物をたたき売る果物屋。
 値切られて泣きそうな野菜屋。

 萎れかけた花をいじる花売りの少女の影が長い。

 店に着くと、すでに酒の入った客に注文され、慌てて厨房に入る。
「おう、どうだった?」
「元気にしてました。
 明日から学舎に戻るそうです」

 店主は太い腕で大鍋を振りながら、ふーんと言った。
 強面てで無口な男だが、それなりに心配してくれたらしい。

「ありがとうございます」
「ん」
 ティセットの言葉など耳に入らなかったとでもいうのか、大盛りパテスを差し出した。

 昼は食堂、夜は酒場のニッチ店の名物のひとつ、極盛パテス。
 乳飲み子より重く、作るのも運ぶのも一苦労だ。

「…………団体さん、ですか?」
 専用の皿があと二枚用意されているところを見ると、二十人はいるだろう。
「カルオネ国から坊さんを連れて来たらしい」

 ということは、クワイトル司祭の息子、エイトルの護衛も務めて来たということだ。
 一皿目を抱えていきながら、どんな人たちなのか観察する。

 浅黒肌の集団。
 ボサボサの黒髪に、クリクリとした真ん丸目。
 座っているので定かでないが、背丈はティセットと同じくらいだろうか。
 だが、酒杯を握る腕は筋肉隆々として、実際より大きく見えた。

 隣りの国なのに、随分と違った外見で驚いた。



「なんだありゃ!」
 運ばれてきた大皿とその上に盛り付けられたものを見て、護衛人たちが目を丸くした。
「化けモンか!?」
 いえ、料理です、なんて突っ込む余裕もない。
 本当に重いのだ。

「どれ、貸せ!」
 ヨタヨタと歩くティセットを見兼ねて、一人が皿を掴む。
 二人で無事、机に乗せる。

「くわー!
 なんじゃこりゃ!」
「はい、皿どーぞー」
「く、食いもんか?」
「これは胡椒で味をつけてます。
 あと、卵とトマトですね」
「あとこれが二つ!?」
「マガラ見ろよ、起きろって!」
「明日までかかるぜコリャ」

 彼らのあまりの驚きように、常連客も笑っていた。

「うちは初めてですか?」
「あぁ。
 この国に来たのも初めてでな」
「北部最大っていうが、アチアチィ、ホントかい?」
「はい。
 ここから最西端に行くのと、カルオネ国からここまでくるのは同じくらいだそうです」
 ほー、と驚きの声がいくつも上がる。

「さっすが、大司教がいるだけあるな」
「でもおい、皇都にゃいねーぜ?」
「公国が半独立したからですよ」
「へー?」
「もともと、カザーカ公国が帝国領地の最南端だったんですよ。
 けど、海面が少しずつ下がってきて、領土が増えたんだそうです」

 増える一方の領土。
 管理体制が整わないことを懸念し、時の皇帝は弟に、王を冠し、南方を治めるよう命じた。
 それが、公国カザーカだ。
「にしても、元気そうだな。
 頭うってたから寝てるかと思った」
 屋根に登れるくらい元気なら、心配ないだろう。

「少し掠ったくらいだし……。
 それより、謹慎中は大丈夫だったのか?」
 またケンカでもしてはいないかと、返って心配されるトルク。

 口一杯に酒蒸し肉のパン挟みを頬張ったトルクは、また機嫌を悪くして顔をしかめた。
「あいふふぇったいおえに、モグモグ、うあみあんふぁぇ!」
「食ってから言えよ」

 モグモグ、ごくんと口の中を片付けたトルクは、ティセットに聞かせた愚痴を繰り返した。

 ヨウスは相変わらずで、トルクの愚痴を真面目に聴いている。
 二回も聞きたくないと、ティセットは食べることに集中した。

 愚痴は一時間近くにもおよび、ティセットの腹はパンパンに膨れ上がった。
 美味しさも半減だった。



「さってと、そろそろオレ行くよ」
 すっきりとした顔のトルクは、茶器の中身を飲み干す。
「大使館にあいさつ行くんだ。
 謹慎終わりましたーって」

 皇都からの交換生であるトルクには、後見として帝国の大使が一時的についている。
 何かあればすぐに、大使に知らされてしまうのだ。

「しっかり怒られてこい」
「えー! また説教かなー」
「「自業自得」」
 ティセットとヨウスの声が重なった。





「あ」
 帰る途中、いつもとは違う僧侶を連れたクワイトル司祭に会った。
「おや」

 炊き出しだろうか、教会ではなく街方面からやって来た。
 炊き出しは、ティセットも一度、手伝いに行ったことがある、貧困層の人たちへの奉仕活動だ。

「謹慎が明けたようだね、トルク」
 クワイトル司祭の言葉に、苦笑いのトルク。
「すみませんでした。
 ヨウスにケガまでさせて」
「男の子ですから。
 あれくらい、ケガのうちにはいりませんよ」

 でも、と言葉を切るクワイトル司祭。
「ケンカをしたあとは、仲直りをしなければね」
「…………」
 そりゃムリです、とティセットは口にはしなかった。

「……ど……努力、します」
 苦虫を噛み潰したような笑顔でトルクは言った。
 クスクス、と笑い声。

「失礼」
 笑い声はクワイトル司祭のものではなかった。
 老司祭の背後にいた、若い僧侶だ。

「紹介しよう。
 息子のエイトルだ。
 今し方、カルオネ国から戻ってね」
「カルオネ国?」
 ラディンネル国から東にある国だ。

 六・七年前に、『殿下の憂鬱』と揶揄された国境問題を起こした国。
 今では興行で芝居まで作られたが、半数以上が喜劇だ。
 今年の春来祭で観た『北のアキシュ』は、貴重な英雄劇だった。



「彼らがヨウス殿の友人だ。
 ティセットに、トルク」
 二人は初めまして、と言う。
「初めまして、ティセットにトルク。
 もう帰るのかい?」

 トルクは大使館、ティセットは仕事があることを言うと、エイトルは残念だと苦笑い。
「……そっか……」
「…………うん」
「俺って実は、愛されてるんだなぁ」
「なんか違うけど、そんな感じだ」
 おどけるティセットにトルクも合わせる。

「何が違うんだよー」
「愛っていうかー、こう……飼ってた子犬がいなくなったみたいな?」
「いーぬー!?」

 何度もいうようだが、けっしてティセットは小柄ではない。
 トルクが大柄なだけだ。

 しかも、トルクには剣術で鍛えた肉体があり、隣に並ぶとますます小さく見られる。



「犬っておまえなぁ!」
「ランは猫かなぁ」
「ねこ……」
 なるほど、毛並みのいい、人懐こい猫に見える。
 ただし、大きな猫だ。

「ヨウスはー……なんだろうなぁ?」
「んー……」
 難しい。
 ヨウスを動物に例えるとしたら、何だろうか。

 二人してうーん、うーんと考えながら歩いている間に、クワイトル司祭宅に着いてしまった。
 玄関の扉を叩くと、すぐに家人が開けてくれる。
「こんにちは。
 お見舞いに来たんですけど、ヨウスはいますか?」

 何度か来ているティセットたちを覚えていた背中の曲がった家人は、はいはい、と言いながら案内してくれる。
 家に入らず、庭にだ。
 また鍋でも洗っているのだろう。

 ふと家人は歩みを止め、上空に向かって叫んだ。
「ヨウス殿、お友だちがお出でですよ!」
「「え?」」
 合唱したティセットたちはおもわず屋根を見上げた。

「はい、今いきます!」
 屋根の上からひょっこりと、ヨウスが顔を出す。
 その額にはもう、絆創膏はない。

 驚いて硬直したティセットたちに手を振ると、壁の凹凸や窓枠を器用に使い、降りてくる。
 最後はティセットの肩ほどの高さから飛び下りて、地面に足を付けた。

「トルクまで、どうした?」
 惚れ惚れするような笑顔。
 男でなかったらと何度思ったことか。

「な……」
 トルクが一歩、前に出る。
「何やってんだこのっ!
 ケガ人のくせにぃー!」



 ティセットは思った。
 自分が犬でルフェランが猫なら、ヨウスは猿だ、と。


   *  *


 屋根の修理をしていたというヨウスに一通りお説教をくれると、三人は応接室に腰を降ろした。

 ニッチのお女将さんからの差し入れは、丸々とした鳥の酒蒸しだった。
 香草の香りが食欲を誘う。
「重いはずだぜ」
「少し切って来ようか?
 今朝のパンが残ってたと思う」

 額にかさぶたを付けたヨウスは見ているだけで痛々しい。
 だが、本人はまったく気にした様子もなく、いそいそと台所へ行ってパンを持って来た。

「香草でお茶を淹れてみたんだ」
 ヨウスがパンと一緒にもってきたのは、爽やかな香りのお茶。
「相変わらずマメだなー」

 一口飲むと、喉にすっと冷たいものが通った。
「ハッカ?」
「あー、うまい!
 いい嫁さんになるぜ、ヨウス」
 無理無理、と二人して首を振った。