「なんて言ったと思う、あのハゲ!?」
 怒りのトルクが机を叩く。
 バンッバンッ
 壊れたら弁償してもらおう、と思いながら考えるふりをするティセット。
 手元は仕込みで忙しい。



 ティセットがヨウス流血事件を知ったのは、事件当日から五日も経ってからだった。
 ルリが教えくれなければ、知らないままだっただろう。
 トルクは謹慎中、ルフェランは心配させまいと知らせなかったらしい。

 周囲が落ち着くまで、ヨウスも後見人宅に戻っていたので、ルリとお見舞いにいった。
 流血、と聞いていたので寝込んでいるかと思いきや、元気に鍋を洗っていたので、一安心したものだ。



 謹慎が開けたトルクは、すぐにティセットのところにやって来た。
 腹癒せに自棄酒しようとしたが、昼間から酒をだすような食堂ではない。
 出されたのは、酒に似た色の果実水だ。

 果実水を一口で呷り、酒杯を机に叩きつけるトルク。
 割ったら弁償してもらおう、とティセットは思った。

「納得いかねぇ!」
 果実水で酔ったのか、トルクは荒っぽく口元を手で拭う。
「あの司祭、オレに恨みでもあるのか!?」

 ――ランス寮長には、フェナッタ殿の勉強を見てもらいましょう。
 ちょうど良い機会ですので、仲直りするつもりで、ね――

「なぁにが『ね』だぁあ!」
 ドンドンと机が鳴る。
 酔っ払い対策として頑丈に作ってあるが、今にも壊す勢いだ。

 謹慎はともかく、あの寮長と対面でお勉強というのが堪えたらしい。
 ティセットは気付かれないように溜め息をついた。



「ティス!」
 ニッチのお女将さんが厨房から顔を出す

「べっぴんさんの見舞いに行くんだろ?」
 荒れるトルクなどお構いなしに、ニッチのお女将さんが包みを差し出す。
「血流れたんだろ?
 いっぱい食べさせておいでよ」

 どうやらニッチのお女将さんは、ヨウスの顔が気に入ったらしい。
 宿屋の女将とよく話していたりする。
 顔が良いと得するなぁと、羨みながらも礼を言う。



 仕込みを終え、怒りの形相のトルクの襟首を掴むと、ティセットはクワイトル司祭宅へ向かった。

 ほんの数日前までは学生として歩いていた道。
 制服のまま町へ向かう学生たち。
 何人かはティセットに気付いて声をかけられる。

「やっぱりさー、違うよなぁ」
 静かになったトルクが呟く。
 何が、とティセットは尋ねる。

「おまえがいないだけで、なんか空気まで違う」
「…………」
 さわ、と風が耳元で鳴る。

 王宮の外堀から舞い上がった風は冷たくて、仕事で火照った両手には心地良い。
 トルクの細い髪がさらさらと舞う。
BlueLineBlue-DCF_0429ペペロンチーノ.JPG
お昼はペペロンチーノと食パンでした。

ペペロンチーノは旨いねー。

何故あんなに旨いかなー?



匂うけど旨いよねー。

なぁんであんなに匂うかなー?



匂うけど、旨いんだよねー(-∀-)。・*;゜+
 上級生にして、一般の東寮に席を置くトルクは、家名で呼ばれるのを嫌がる。
 女生徒や教師たちは多めにみているようだが、東寮の男に呼ばれると黙っていられない。

 そのことはヨウスだって知っている。
 知っていて、寮長は使ったのだ。

「おまえ、ラン、スっ!?」
 寮長に掴みかかろうとしたトルクの腰に、ヨウスはおもわずしがみついた。
 予想もしていなかった衝撃にトルクはたたらを踏むが、体勢は崩れて倒れた。

「うあっ!」
 ガターンッ、と派手な音を立てて倒れるトルク。
 引きずられてヨウスも机に衝突した。

「トルクさん!」
「きゃあ!」
「な、なんだぁ!?」
「クォーズ!」
「何事だ!」
 教師の声が混ざる。

「退きなさい!
 何があったんだ!?」
 生徒たちをかき分けて走り寄った教師は、目の前の惨状に目を見張った。

 ヨウスが呻いて顔を上げる。
 高い悲鳴が教室中に響く。

「いっててぇ……」
 机にぶつけられて痛む肩を押さえながら、トルクが上体を起こす。
 それに合わせてヨウスも体を起こすが、片手はトルクの制服を掴んだままだ。

「ヨウス、だい、じ……」
 トルクの真ん丸な目が見開かれる。
「大丈夫」
「っ、バカ!」
 額を押さえながらヨウスが言えば、トルクの怒声が返って来る。

 トルクの制服を掴む手と反対の手は、額を押さえていた。
 机の上にあった黒板にでもぶつけたのだろう。
 押さえる指の隙間から、血が流れた。

「ヨウス、い、い」
 ヨウスの手に手を重ね、流血を止めようとするトルク。
「医務室だ」
「そうだ、医務室に行こう」

 うん、と頷いたヨウスだが、トルクの手を退けて周囲の人たちを見渡した。
 視線が合うたび、逸らされたり、呻かれたり。

 国王不在の件以外は平穏な国だ。
 血を見ることも少ないのだろう。
 二人、倒れた。



「……同室生は、教師方と寮長が決める」
 誰に、ではなく全員に聞こえるように言う。
「俺は指名する気はないし、勧められても決めたりはしない。
 それでも何か言いたければ……落ち着いて話そう」

 しん、と鎮まる教室。

 トルクの手を引いて、ヨウスは教室を後にした。



 ヨウスの傷は浅く、すぐに血は止まった。
 だが、頭部ともあって、用心のためにその日は安静を言い渡された。

 そして、騒ぎを起こしたということで指導室に呼ばれたトルクと寮長ランス。
 お説教をいただき、謹慎を告げられた。
 のだが。

「フェナッタ殿は、謹慎といえど寮室、授業を休まれても試験に差し支えるでしょう」
 ごもっとも。
「そこで……」