東寮長の姿に安心したのか、講師は「頼んだぞ」とランスの肩を叩いた。
 ルリを振り返って、安否を気遣う。
「なんともありません」
 怪我はないようだが、ルリの顔色は冴えなかった。

 ヨウスを振り向いて、ルリは青褪めた顔で言った。
「クォーズ、ティスのとこに行くでしょ?
 あたしも行くわ」
「大丈夫か?」
 ヨウスはチラリと女生徒二人を見る。
 二人は俯いて、こちらを見ようともしない。
「大丈夫よ。
 ありがとう」

 ランスとは本館前で別れ、二人は学舎を出た。

「巻き込んで悪かった」
「うぅん、あたしがちゃんと断れば良かったのよ。
 あの子たち、しつこくって」
 ルリは大袈裟な溜め息をついて見せる。

「誰かさんのおかげで、あたしもすっかり有名人よ。
 知らない友だちがいーっぱい増えちゃった」
「…………」
「黙らないでよ。
 クォーズが悪いわけじゃないわよ」

 ルリが一歩前を行く。
「あたしは、いいことだと思うわよ。
 みんなからは貰えないから、誰からも受け取らないって」
「…………。
 ありがとう」



 王宮の外堀の水が増えている。
 東からの雪解け水が辿り着いたのだろう。
 例年よりも遅いらしい。
 今年は寒さが残ると、クワイトル司祭も言っていた。

 教会を過ぎてしばらくすると、見知った顔に会った。
「エイトル様」
「やぁ、ヨウス殿
 彼女とお出かけですか?」
 父親とはあまり似ていない笑顔で、クワイトル司祭の息子が言った。

 慌てて否定したのはルリだった。
「違います!
 あたしは……!」
 ティスの云々、と続けたかったのだろうが、続かなかった。
 真っ赤な顔で俯いてしまう。

 エイトルはクスリと笑った。
「君もフラれることがあるのかい?」
「……しょっちゅうですよ」
 信じられない、と笑い声を上げるエイトル。

「エイトル様。
 彼女は学生で、ティセットの彼女候補です」
 初対面だということに気付いたルリが、慌てて頭を下げる。
「候補?」
「選考中だそうです」
「ふーむ。
 若い子は面白いことをするのだね」

 ルリは顔を真っ赤にして俯いたままだった。



 エイトルと別れ、また二人は歩きだす。
「クワイトル司祭様の息子?」
 似てない、と呟くルリ。
「背も高いし、頬のとことかぜんっぜん似てない。
 目元は……んー、似てないこともないかな」
「母親似らしい」

「奥様は早くに亡くなったのよね?
 家付き司祭なのに、好きになってしまうくらいキレイな人だったんでしょうね」
 司祭の中でも信頼に足り、多くの信者の支えとなる者は自宅を持てる。
 自宅には信者が訪れ、悩みや懺悔を告げるのだ。

 クワイトル司祭の穏やかな人柄に縋って来る人は多い。
 しかし、僧籍に入った身で婚姻すると、それ以上の昇位はない。
 クワイトル司祭自身は気にしていないようだが、周囲は複雑な思いを抱えているようだ。



「クォーズはやっぱりお母様似なの?」
「話ではそう訊く」
「え?」
「死んだらしい」
 ルリの表情が固まり、笑みを浮かべていた口元が震えた。
「あ、ご、ごめんなさい」

「親無しは珍しい?」
 何でもない口調で尋ねてみる。
 案の定ルリは俯いて、肩を小さくした。
「俺の周りは多かったんだ。
 気にしなくていいよ」

「……病気か、何かで?」
 恐る恐るルリが尋ねた。
「さぁ?」
「お父様、は?」
「わからない。
 生きてるとは思う」
 そう、とルリは呟いた。

「ヨウスって、外国人なのね」
 ティセットにも同じ台詞を言われたことがある気がして、ヨウスは小さく笑った。
BlueLineBlue-DCF_0482ねこまんま.JPG
かっこよく言ってみよう。

味噌おじや



うん、ムリ。
ねこまんまです。

味噌汁とご飯が余っていたので、一緒に軽く煮込んで、サッと解いた卵をひとつ。

風邪をひいた時には、お粥も良いけど、栄養価を考えて、良く作ってくれました。








自分が………………orz
 結局、誤解が解けぬままヤーフェ講師と別れたヨウス。
 廊下を戻る途中でまだ睨み合っている二人を発見し、溜め息をついた。

「ランス、終ったから」
 肩を叩くと、鉄面皮の眉がピクリと動き、ヨウスを振り向く。
「…………」
「…………」
 いつの間にか用が済んでしまったことが気に入らないようだ。
 しかたがない、済んだことだ。

「ちょっと待って、クォーズ」
 ヨウスを呼び止めると、ルリは自分の後ろにいる女生徒を促した。
 もしかして、ずっとルリを待っていたのだろうか。

「彼女たちが、用があるんですって」
「……俺に?」
 嫌な予感はしたが、ルリからいわれて無下に断るわけにもいかない。

 用があるといったものの、女生徒らはなかなか口を開かない。
「ほら、早く」
 ルリに背中を押されて、やっと目の前に来る。
 それでも俯いたままモジモジして、互いに肘で押し合っている。

 見慣れた光景だ。
 このあと彼女たちは手紙や箱や包みを差し出し、後で開けてくれと言い去って行くのだ。

 いわゆる告白だ。
 懺悔ではない。

 一人が何やら小さな包みを取り出した。
「あの……」
「こ……今日、実習でよくできたんです!」
 包みを差し出す女生徒が顔を赤くして何度も頷く。
「先生からも褒めてもらったんです」
「み、みんなも、美味しいって……」

「あんまり甘くないんです」
「クルミを、少し、い、いれて……」
「形はちょっと悪いけど、キレイなのだけ選んできました!」
「あ、な、何枚か焦げちゃって……」

 一度口を開くと、今度は止まらなくなったようだ。
 ヨウスは手を上げた。
「あ」
 包みを持つ女生徒の手が震える。

 だがヨウスは、彼女たちに手の平を見せただけだった。
「何も貰わないことにしてるんだ」
 女生徒たちの口が止まり、顔が青褪める。
「でも……」
「ホント美味しくできたんです!」
 ヨウスは首を振った。

「どんなに美味しくても、珍しくてもだ」
「ひ、ひとつくらい……」
「今日はひとつでも、明日は百個になっているかもしれない。
 俺は店を開く気はない」

 自惚れているわけではない。
 実際、そうなった時のことを考えたら、胸焼けがしたのだ。

 女生徒の後ろで黙っていたルリが、溜め息をつきながら一人の肩に手をおいた。
「クォーズはみんなにこうなのよ。
 諦めたほうがいいわ」
「…………」
「…………」

 これ以上、女生徒たちはいうことが出て来ないようだと確認すると、ヨウスはルリに目配せした。
「それじゃ」

 傍観者を決めていたランスと歩きだしてしばらく。
 角を曲がったところで重い衝突音がした。
「何だ?」
「戻ろう」

 急ぎ足で事務所に向かう。
 その手前、先ほど別れた位置にルリたちがいた。
 ルリは一人壁に背を預け、女生徒たちをみている。

「何とか言いなさいよ!」
「な、何をよ!?」
「わかっててやったんでしょ!?」
「最初に言ったじゃない。
 クォーズは何も受け取らないって」
 どうやらまた自分のせいかと、ヨウスは重い溜め息をついた。

 ルリに近付くと、女生徒二人がヨウスに気付いて肩を震わせる。
 事務所からも講師が数人、駆けつけた。
 ヨウスの顔を見て眉を寄せる。
「クォーズ……また君か」
 どうやら要注意人物になっているようだ。

「お騒がせしました。
 彼女は送っていきますので」
 しかし、と講師は渋る。
「わたしも同行します。
 ご心配なく」
 ヨウスの後からランスがゆっくりとやって来て言った。