「しなければいけないこと」からの解放 | 夢はなくとも 希望はなくとも 

夢はなくとも 希望はなくとも 

バカバカしくて
どうでもよくて
笑えるかもしれないけど
全く役に立たない意識低い系ブログです

 

【上田光俊公式メルマガ】
現在までに500名の方にご登録いただいてます!!
その名も『本から学んだ笑える人生論』 ご登録はこちらから

 

「やめること」

 

 

争いは

「争わないこと」でしか

達成できまへん。

 

 

争いに対して

「それは違うだろ!」と言って

争いを挑むことで

さらに

争いは継続してしまうのです。

 

 

大事なのは

 

やめること

 

なんですね。

 

 

手を引くことです。

 

 

でもこれが

多くの人はできないんだと思います。

 

 

あなたの本音を見つけて言語化する専門家

ウエダミツトシです

こんにちは

 

image

 

手放すとか

手を引くとか

やめるとか

まあ、色んな言い方はありますが、

結局のところ、

問題の解決って

 

そこから手を引くこと

 

でしか

実現しないんじゃないかと思います。

 

 

そして

多くの場合、

問題解決って、

そこに対して、

働きかけていくことであったり、

手を加えることであったり、

関わっていくことで

なんとかしようと試みるのではないかと

思いますが、

これだと

逆に悪化することのほうが

多いんですよね。

 

 

逆のことをやっているんです。

逆のことをやっているから、

いつまで経っても

その問題が解決されないまま

その状態を固定化させてしまう。

 

 

繰り返しますが、

大事なのは

 

やめること

 

です。

 

 

言葉を換えると

 

何もしない

 

ということでもあります。

 

 

争いに対しては、

 

何もしない

 

ということで対応するんです。

 

 

こんなことを言うと、

「相手が攻めてきているのに

 何もせずに

 降伏しろっていうのか!」

と息巻いてくる人が

ごく稀にいますが、

いや、

そういうことではなくて、

争いに対して

争いで対応すると

お互いに争いしかしていないので、

争いが続くのは自明のことですよね、

ということです。

 

 

そうじゃないくって、

いろんな方法があると思いますよ。

たとえば、

そこから逃げるでもいいし、

断固とした態度で

争いを拒否するとか、

知恵を絞れば

いろんな方法が思いつくはずです。

 

 

それをせずに

争いには

争いで対抗しようとするのは、

言ってみれば

相手の思う壺子ちゃんですということですわ。

 

 

問題解決にしてもそうで、

「なんとかしよう」とすること自体が、

かえってその状態を

継続させちゃってることが

あるんですよね。

 

 

たとえば

子どもにイライラしているのなら、

子どもに対して

ガミガミ言うのではなくて、

そこから離れて

気持ちを落ち着ければいいわけです。

 

 

解決方法というか、

対処の仕方は

ほんとは

無数のあるにもかかわらず、

そこにさらに

手を加えていくことしか

選択肢の中にないから

苦しむんですよね。

 

 

幸せになりたいという人は多いですが、

それには、

「いましていることのなかで

 不要になったこと」

をやめていくことで

幸せを実感できるということがあるんです。

 

 

「何もしたくない」

という人がいたとします。

 

 

その人は、

「何もしない」ということで

幸せを実感できるんです。

 

 

でも、

多くの場合、

「何もしたくない」

ということは、

「何もしなくてもいい状態」

望んでいるんだと思うのですが、

そうなろうとして

いろんなことをしだすんですよ。

 

 

いろんなことに手を出して、

にっちもさっちもいかなくなって、

自ら

幸せを

遠ざけてしまっている。

 

 

逆だって!

 

 

いままでと同じことをやっていたら

いままでと同じ状況になります。

 

 

だからこそ、

その状態を

望んでいないのであれば、

逆のことをしないと

逆の結果にはならないので、

いままで

いろんなことに取り組んできて

しんどい人は、

それをやめるんです。

 

 

そこから手を引く。

何もしない。

放っておく。

そこに意識を向けない。

 

 

そうやって、

「それ」に対する執着を手放すから、

元々そこにあった幸せに

気づくことができるんです。

 

 

何かを得ることで、

何かを達成することで、

何かができるようになることで、

ある一定の条件を満たすことで、

僕たちは

幸せになれるんだと

思ってきました。

 

 

というか、

そう教えられえきたわけです。

 

 

それがそもそもの間違い。

 

 

いまこの瞬間で

幸せであっていいし

いまこの状態のままで

すべてが許されているんです。

 

 

条件なんて

満たさなくてもいいんですよ。

 

 

何もしなくたって、

ここにいてもいい。

というか、

すでにおるやん!

 

 

それに対して、

とやかく言ってくる人がいたとしたら、

それは

 

その人の感想

 

なだけです。

いちいち、

反応しなくていい。

 

 

まあ、

いくら言葉で

「反応しなくてもいい」

といったところで

すでに反応してしまっているというのが

リアルな話しだと思いますんで、

そういうときは、

 

「ああ、また反応してるなぁ」

 

と一言いってくだされ。

そして、

それで終わりにしまギョ

 

 

何かをしていないと

何らかの価値を提供しないと

人はその場にいられないだなんて

とんだ勘違いです。

 

 

「何かをしていないといけない」

という悪夢を見て、

それで

何かをしているから

問題が起こるんです。

 

 

問題って

多くの場合

余計なことをしているんですよね。

 

 

それをやめれば

問題解決です。

 

 

何かをしていないとダメと

思い込まされて

それを信じてやっていることを

早よやめなはれ。

 

 

それだけで

幸せになっちゃうかもよ。

 

 

「しなければいけない」ことからの解放

ですからね。

それって

幸せじゃないの?

 

 

幸せを実感するには、

いかに効率良く

「しなければいけないこと」を

こなしていくかという先には

ありませんお。

 

 

それをやめて

そこから解放されたところに

あるんでない?

そしてそれって

 

いまここ

 

のことじゃないのかなと思うギョ

 

 

 

 

こんなのがあった……

 

 

《終わり》image

 

 

▼匿名質問箱始めました

 

プペコン 現在提供中のサービス一覧
プペコン ご予約可能日
プペコン お問合せ
プペコン ウエダミツトシ公式メルマガ
プペコン 上田光俊note
プペコン うえ様LINEスタンプ
プペコン 書評・ブックレビューリンク集
facebook Facebook
基本タイプ Twitter
Instagram Instagram