お金はわんこそば方式 | 夢はなくとも 希望はなくとも 

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「また入ってくるやん」

 

 

世相的に

「お金の不安」を抱えている人は

とても多く、

この業界を見渡せば

どこもかしこも

 

「お金のセミナー」

 

とかで賑わっておる。

 

 

まあ気持ちはわかる。

この社会は

貨幣経済システムが

基盤となっているのは

たしかなので、

お金が増えれば安心

減れば不安

というのは

当然のことだとは思うわけです。

 

 

とはいえ、

それは今、

手元にどれだけお金があったとしても

不安な人はたくさんいるし、

逆に

手元にそれほどなくても

あんまり不安じゃない人もいるんですね。

っていうことは、

その違いって

一体なんだとおぬしは思うか?

 

 

突然

武士口調になってしまいましたが

そうやって考えてみると、

実際に

お金のあるなしにかかわらず、

不安な人は不安だし

気にしてない人は

全く気にならないということが

起きているだけなんでしょうね。

 

 

なんで

この違いが生じるんでしょうなぁ。

 

 

失くした本音を見つけて言語化する専門家

ウエダミツトシです

こんにちは

 

 

そもそも

「お金の不安」って

一体何なんでしょうか?

 

 

それを紐解いてみると

何かが

見えてくるかもしれません。

 

 

まあ、

「お金の不安」と一口に言っても

いろんなパターンがあるとは思うので、

一概に

 

「これだ!」

 

とは言えないんですが、

僕が思うにですよ、

「お金の不安」って、

 

「入ってこないかもしれない」

 

という恐怖じゃないかと思うのです。

 

 

勿論、

 

「減る」とか

「失う」とか

「奪われる」とか

 

そういう種類の恐怖も

当然あるとは思うのですが、

よくよく考えてみると

たとえお金が

 

減ろうが

失おうが

奪われようが

 

その分入ってくれば

何の問題もないと思いませんか?

 

 

減った分入ってくる

失った分入ってくる

奪われた分入ってくる

 

 

わんこそば方式です。

 

 

そう思えていれば、

それがわかっていれば

別に怖くも何ともない。

 

 

逆に、

そのうち

 

「も、もう食えないっス、パトラッシュ」

 

ってなると思います。

 

 

一瞬、

減るけど

一瞬、

失うけど

一瞬、

奪われるけど

その分はちゃんと入ってくる。

 

 

もし仮に

それが決定事項だったとしたら、

「お金の不安」って

起きようがないとおぬしは思わぬか?

 

 

おそらく、

今後も

突然、

武士口調を挟み込んでくると思いますんで、

そこだけはご了承いただければと思いますが、

そんなことないですか?

 

 

仮の話とはいえ、

想像してみていただくと

わかると思いますが、

 

お金が入ってくる

 

ということが決定事項だったとしたら、

そもそも

「お金の不安」って

起きようがないんです。

 

 

ということはですよ、

「お金の不安」を抱えている人は、

 

「お金が入ってこないかもしれない」

 

ということを

信じているってことになるんです。

 

 

「お金は入ってくる」

ということと、

「お金は入ってこないかもしれない」

ということと、

どちらを信じているかというと、

 

「お金は入ってこないかもしれない」

 

という方を、

何故か信じてしまっているんですよ。

 

 

なんで?

 

 

なんで、

「お金は入ってくる」ということじゃなくて

「お金は入ってこない」ということを

信じちゃったんですかね?

そしてそれは、

真実なんでしょうか?

 

 

「お金は入ってくる」ということなんて

信じられないという人がいますが、

じゃあなんで、

「お金は入ってこないかもしれない」という方は、

何の疑いもなく、

無抵抗に

信じちゃってんスかって話なんですよ。

 

 

よーくよーくよーーく考えてみてください。

 

 

どちらも同じように

根拠なんて「ない」んですよ。

 

 

どちらも根拠がないにもかかわらず、

なんでそんなに

頑なに

「お金は入ってこないかもしれない」

という方だけ

信じてるんでしょうか?

おかしくない?

なんていうか、

僕ら……ウソを教えられてんじゃね?

そうは思わぬか?

 

 

個人で

お仕事をするようになって思ったんですが、

僕がサラリーマンだったときって、

当たり前の話ですけど、

毎月、

お給料として

お金を得ていたんですが、

それについて

 

「もしかしたら来月は

 お給料が入ってこないかもしれない」

 

とは思わなかったんですよ。

 

 

よっぽど、

会社の経営状態が

悪いってことでもない限り、

そして、

吉本にでも勤めていない限り(かなり語弊があるとは思うが)

 

「もしかしたら来月は

 お給料が入ってこないかもしれない」

 

とは思わないと思うのです。

 

 

会社に勤めているということと

「お金が入ってくる」ことを

頭の中で

イコールで結びつけちゃってる。

 

 

でも、

よーく考えてごらんなさいって。

会社に勤めてさえいれば、

必ず、

お給料として

お金が入ってくるとは

限らないですぞ。

 

 

たしかに

その可能性は

極めて低いかもしれない。

 

 

でも、

絶対に入ってくるだなんて

言えないにもかかわらず、

会社に勤めている場合は、

「お金の不安」は

抱きにくいんです。

 

 

少なくとも

 

「お金は入ってこないかもしれない」

 

とは思っていない。

 

 

逆に問う。

 

 

それ、なんで?

 

 

入ってこないかもしれんよ?

だって、

現にあるやん。

お給料の未払いトラブルって。

 

 

なのに、

会社に勤めてさえいれば

「お金が入ってくる」

とは思っている。

 

 

いいですか、

大事なこと言いますけど、

いいですか。

 

 

会社に勤めていようと

お金が入ってこない場合があるということは、

「お金は入ってくる」ということについて

外側の条件は

実は関係がないってことなんですよ。

 

 

だったら、

その逆を信じてみてもいいのではないかと

僕は思うのです。

 

 

会社に勤めていなくても

お金が入ってきてもいい。

 

 

実際にどうなるかはわかりません。

でも、

どうせ「思う」んだったら、

 

「お金は入ってくる」

 

という方を

信じてみてもいいのではないかと思います。

 

 

盲目的に信じろということではなくて、

どちらでもいいというのなら、

私は

そちらを選びます・採用します

って感じですかね。

 

「お金が入ってこないかもしれない」

 

という方ばかりを信じない。

 

 

月末に

手元にお金がなかったとします。

でも、

お給料日はもうすぐだから、

何日かしたら、

自分の手元に

 

「お金が入ってくる」

 

ということがわかっていれば、

そこで

「お金の不安」は

生じないと思います。

 

 

逆に

手元に

100万円ある。

でも、

予定していた来月の収入が

突然途絶えたとしたら、

金額の大きさにもよりますが

「お金の不安」が

むくむくと

起き上がってくるのではないでしょうか。

 

 

片や、

今手元にお金はないけど、

「不安」もない。

片や、

今手元に100万円あるけど、

「不安」に苛まれている。

 

 

手元にお金があるかどうかが「不安」の原因じゃないやんけ!!

 

 

ってなりませんか?

それよりも

 

どう思っているか

 

が要因となって

「お金の不安」が生じていると

思いませんか?

 

 

実際は、

「お金」について、

どう思っているかによって、

安心したり

不安に感じたりが

起きているだけなんです。

外側の条件は

一切関係がない。

 

 

だったら、

「お金は入ってくる」

ということを

信じてみたらどうかと思うのです。

信じるというか、

そちらを採用する、

自分でそういう設定にするって感じです。

 

 

「私のところには

 必ずお金が入ってくる」

 

そういう設定に

しちゃえばいいと思うのです。

 

 

なんで、

「お金が入ってこない」設定に

しちゃってんだろうと。

 

 

それ、何プレイですか?

 

 

武士口調プレイですか?(そんなプレイはない)

 

 

「お金の不安」は

実際に

お金があるかないかには依りません。

むしろ、

「お金」に対して

どう思っているか、

その態度によって

「お金の不安」が生じてくると

言ってもいいでしょう。

 

 

「どうせお金が入ってくる」

という設定にすれば

お金が入ってくるということでは

ありません。

 

 

大抵の人は、

ここを間違えちゃうんですけど、

「お金が入ってくる」と思っていれば

実際に

お金が入ってくるのではなくて、

「お金の不安」が生じにくいから、

じゃあ、どうしたらいいかということを

前向きに考えられて

そのための行動ができるから

その結果として

「お金が入ってくる」という現実が

その人に起きるのです。

っていうか、

自分で起こしてるんです。

 

 

だってよ、

「お金が入ってこないかもしれない」

と思って

お金の不安に苛まれていたって、

現実はなんも変わらんべ。

 

 

目の前の現実が

どうであれ、

自分にできることは

常にこれです。

 

「ここからどうするか?」

 

どうしますか?

 

 

このまま

「お金の不安」に苛まれて

それを抱えて生きていきますか?

それとも、

実際にお金があろうとなかろうと、

「お金は入ってくる」という設定にして、

そのための行動を起こすか。

 

 

二択だよ。

 

 

好きな方を選びたまえ。

 

 

僕はもう

「お金は入ってこないかもしれない」

という風には

思わないことにしてるんです。

 

 

僕は

「お金」は

わんこそば方式だと思うことにしたんです。

 

 

そしたら、

ちゃんと入ってくるようになったべ。

 

 

「減った分」

「失った分」

「奪われた分」は

ちゃんと入ってくるようになった。

 

 

何を採用するかは

その人の自由だから、

お好きにどうぞなんですけど、

なんで、わざわざ

自分で自分を

「不安」にするような設定にしてんだろうと

僕は思う。

 

 

《終わり》image

 

 

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