西郷の首 | あだちたろうのパラノイアな本棚

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読書感想文、映画感想、日々のつぶやきなどなど。ジャンルにこだわりはありませんが、何故かスリルショックサスペンスが多め。

 

 

『西郷の首』というタイトルの本ですが、テーマは薩摩とか西郷隆盛というわけではありません。フォーカスされているのは、幕末から明治初期にかけての加賀藩です。

 

加賀百万石と謳われ名実ともに江戸時代有数の大藩である加賀藩。なのに不思議なことに、幕末の政争でも、戊辰戦争でも、維新後も全くと言っていいほど名前を聞かず、政府高官の中に誰も名を連ねず、存在感が薄いのは何故なんでしょう。

 

やっと歴史に名前が出てきたな、、と思ったら、大久保利通を暗殺したテロリストとして石川県士族の名が出てくるという、大変不名誉な登場の仕方をします。

 

一体どうしちゃったのでしょう?

 

 

ちなみに「西郷の首」は、武士の世が終焉を迎えることの象徴として扱われています。

主人公は、大久保利通暗殺の主犯である島田一郎と、その幼馴染である千田文次郎。二人とも加賀藩の足軽です。

 

無愛想で、いつも何かに怒っているような一郎と、常に穏やかで控えめな文次郎は、正反対な性格ながら仲が良いのです。ともに戦いに身を投じ新しい世の中に大きな夢を抱く二人なのですが、明治維新後の二人は別々の運命をたどります。

文次郎は軍人として政府側へ。

一郎は反政府の政治活動家へ。

一郎は運命に抗えぬまま流され、ついにテロ行為に手を染めてしまい、最期は斬首されることとなります。

 

 

そういえば加賀藩は幕末の歴史に一度、名前が出てきました。水戸天狗党の討伐を命じられていましたな。この討伐軍に一郎も文次郎も駆り出されます。

 

加賀藩に捕縛された天狗党の面々は、真冬の極寒の地で素っ裸にされてニシン蔵にギュウギュウ詰めに押し込まれる虐待を受けます。(このへん怖いよう・・・ブルブルブルガーン

一郎も文次郎も天狗党に同情的で、なんでこの人らがこんな目に遭わなければならないのだと憤りながらも、しぶしぶ藩命に従います。この頃は一応、加賀藩は幕府側についていたのですね。

 

加賀藩の藩論の中には尊皇攘夷もあったし、権威が落ちに落ちた幕府の体たらくに呆れ果ててはいるものの、藩主はじめ全体の動向は、どっちにもつかず、のら〜り、くら〜り。

いつも中立の立場を心がけていたようです。

 

この「中立の立場」というやつですが。

藩士や領民を戦禍に巻き込まないという意味では賢明な判断なのかもしれないですけど、因循姑息といえばそうなんじゃないですかね・・・

世の中どっちに転ぶかわかんないから、負け組になってしまっては困ると、形勢をじっくり見てたんですかね。全国ではこういう藩の方が多かったんじゃないでしょうか。

会津・桑名みたいに、幕末の混乱にどうしようもなく巻き込まれたわけじゃないですしね・・・

 

加賀藩主の前田慶寧さまは「品行方正、達眼博識の名君」と物語の中で表現されていましたけど、本当に名君・・・だったのかなあ??

 

加賀藩は結局、戊辰戦争では慌てて薩長の軍に与することになり、北越戊辰戦争に出兵して戦っています。でも途中から参加していい目見ようなんて、そんなに世の中甘くない。

加賀藩は14万両という巨額の戦費と1万3千石の兵糧を新政府軍に供出させられ、明治になってからも深刻な財政難に陥ります。

それだけではなく、1万もの加賀藩兵が新政府軍の先鋒扱いで危険な戦地に動員され、戦死や負傷者もおびただしい。

 

長岡市に加賀藩士の墓が今もありますもんね・・・

桑名兵とかと戦ってたんですね。(桑名兵は立見鑑三郎とかいて実はメッチャ強い)

 

つまり、利用されるだけ利用し尽くされて、新政府にもポイッと捨てられたみたいなあせる

 

何が悪かったんでしょうなあ。政治的なパイプを作るのが上手じゃなかったんでしょうか。明治政府には旧幕臣のほか、賊軍とされた米沢藩ですら人材登用されてるっていうのにねえ・・・

 

ジリ貧に陥る加賀藩では若者たちの不満が募り、藩内抗争などの事件も起きて、政府からは不平士族の温床みたいに危険視されることになります。

次第に追い詰められていく島田一郎らは、可哀想なんですけどね・・・

 

 

ところでこの島田一郎ですが、極悪人として描かれることが多いけれど、この小説では意外と男気があって、加賀藩を心から愛し行く末を憂う、正義感溢れる若者です。

一郎が突っ走ったというよりは、同じく一郎らと暗殺計画を実行する美青年革命家・長連豪がそそのかしたようなところも注意

長は西郷隆盛を敬愛するあまり、西郷を見殺しにした大久保が許せなかったのかもしれない。

 

(美青年で冷酷な革命家っていうと、花のサン・ジュスト様を思い出しちゃうなあ〜赤薔薇

 

うん。わたしはこの物語を読む限りでは、黒幕は長連豪だっただろーという気がしてるのです。

 

物語のもう一人の主人公、千田文次郎は島田と正反対の道を行くことになりますが、故郷を愛する思いは一郎と同じ。

時代に翻弄された加賀藩と、志士になるにはかなり遅すぎた若者たちの悲哀が、とっても悲しく心に沁みる一冊となっています。