子母澤寛さんの幕末もの、ワクワクするなあ!
聞き語りというか、エッセイというか。週刊誌のゴシップ記事と同様に幕末を語るみずみずしさ。実際に当時の目撃者や生き残り当事者にインタビューをして書いているらしい。まあ、老人の昔話なので多少盛ってるところはあるでしょうが。
色々なお話が載っていたけど、わたしは生麦事件と下関戦争のお話が面白かったな。
あと、沖田総司くんの甥っ子で新徴組に入ってた沖田芳次郎くんの話題もあった。やっぱり天然っていうか、ちょっとボーッとした少年剣士だったんだね。
●幕末研究 ー 生麦事件
生麦事件って、異人に斬りつけた薩摩藩か、大名行列を横切ったイギリス人か、一体どっちが悪かったんでしょうねえ〜
そんなことをずっと考えたりしています。
この事件の顛末が解説されていました。証言者は、海江田子爵。
別にイギリス人の方は、あからさまに馬で乗り入れたわけではなかったらしい。そりゃそうだわな。ただし、馬から降りないで見てたとこが島津公の気に触ったらしい。
結局、彼らが日本を軽侮してたとこはあったのでしょう。普通はどの国でも国王が通る時は馬上から降りるくらいの礼儀は知ってますよね、文明人なら。
読んでいてあれっ?と思ったのが、そういえば薩摩の侍は、馬上の異人を斬ったんだよな。馬上、、、でかいぞ?刀、よく届いたな。あと馬だったらササッと逃げられるのでは。それを、徒歩の侍にとっ捕まって斬り殺されるってどんだけ・・・
この後どうなったかは日本史の通りなんですけど、興味深いのが、その後イギリス議会でこの問題がどういう風に取り上げられたかの記述です。上院でムロハートケレーという人が演説した内容が載っていました。
どうやら日本国の法律を守らなかった被害者の方が悪いっていう内容でしたね。ほお、さすが文明国だ。冷静なものの見方をしてるじゃないの。
その中で、
日本人はいつも兵器を持っていて、少しでも恥辱を受ければ、直ぐにも生命を投げて復讐をなす人民でありますから
だから清国と同じ心構えで戦争を始めたら必ず大敗する、っていうことも言ったらしいのです。それはどうかなぁって疑問も沸きますが、少なくともそれなりに畏怖されていたのかもしれない。もちろん反対意見もありましたが。
●幕末研究 ー 長藩外船砲撃
長州藩が単独で攘夷やろうと異国船に大砲をぶっ放して、国際問題になったお話。
この時にイギリスに密留学していた「長州ファイブ」の井上聞多と伊藤俊輔は、慌てて帰国しました。長州の戦争をなんとかして無事に治めようと、二人は必死で交渉に駆けずり回ります。
なんとか藩の上層部を抱き込んで、和睦をするために沖にいる外国軍艦への使者となる聞多と俊輔でした。
一応なんかあった時のために、各砲台では藩士が控えています。でも、
「俺らが帰るまで撃つなよ、絶対撃つなよ」
と藩士たちにいい含めておきました。
が・・・
何が起こったのか知りませんが、使者の小舟が軍艦に向かう途中で、誰かが一発、発砲したらしいんですね。緊張のためなのか、手違いがあったのか。
小舟に乗ってる使者の聞多と俊輔は、
「発砲するんじゃない。やめッ。まてッ。」
と、手を振り振り必死で叫んでいます。
そんなの聞こえるわけがないし、藩士の方では、発砲の合図かなんかだと思って、かえって散々撃ちまくったという。
何このギャグみたいな話・・・
申し訳ないが、ブフォって吹き出してしまった。子母澤さんが軽妙な語り口で書くから、おかしくてたまらない。
(すみません、ダチョウ倶楽部みたいな書き方になっちゃった)
和睦、大失敗
なので、
「こうなったからには開戦よりほかはない」
と、聞多も俊輔もついに覚悟を決めました。
この危機を救えるのはアイツしかいない・・・
高杉晋作、登場。
(この時彼は牢に入れられていたが、めでたく出所)
このお話の聞多&俊輔コンビが面白くてねえ。
※お笑い芸人ではない、明治の大政治家である
大変楽しませていただきました。
当事者たちは死ぬ思いでやってたのだろうが
このほかに、榎本艦隊が蝦夷に向かう途中で遭難した美嘉保丸に乗っていた兵士のお話「逃げる旗本の記」が、臨場感があってハラハラしました。
なんとか船が陸に着いて命は取り留めたが、そこら辺は新政府軍の兵士がウヨウヨいて残党狩りをしている。ピストル片手に、いつでも死ぬ覚悟をしながら逃亡を続ける旗本のお話でした。
よく、助かりましたねえ。
そんな思い出話を、老人になってからしみじみと語るのは感慨深いです。
今日は「愛犬の日」らしいので、ボンヤリと佇む愛犬を載せてみた。
わんちゃんの好きなところは?
▼本日限定!ブログスタンプ