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「意識低い系」より「高い系」

書籍化のスカウト待ってま~す♡ノンフィクションライターが書いているフィクションって言いたくなる物語

浅草で飲んだくれているおやじたちに混ざって不動産屋と今までのひどい出来事をぶちまけたいと思ったが、ぐっとこらえた。一緒に飲んだら浅草の物件に決めるのがわかったからだ。
ああ、浅草に今頃住んでいたら、みんなきっと遊びに来ただろうな。クローゼットが2つ、押し入れが2軒分あった。窓の外には桜並木と三途の川とアサヒのウン子とスカイツリー。鉄筋コンクリートの2階角部屋。斜め向かいに病院。駅まで徒歩5分。
この不動産屋と飲んだらきっとうんって言っちゃう。
最初はすごく嫌なやつだと感じるような客に説教とため口で、
「独りで行ってください、住所と間取りはファックスで送ります」
この間の落合の物件は3時間も雨の中迷い歩いてやっと見つけたのに、ジャングルみたいな入り口で怖くて中を見ないで帰った。
今日は電車が遅れた理由を話すと、
「ウーさん、運命なんて信じるんですか、僕はもし今日土砂降りだったとしても運が悪かった、相性が悪かったなんて考えませんよ、自分の気持ちで運がよかったに変えるつもりで生きています」
(こいつ、意外とつらい目に合ってるんだな……)
この不動産屋から聞いてみたい話がたくさんある予感を持ちつつ、物件を見てほとんど非の打ちどころが無かったのに、今頃住んでいたらどんな暮らしをしていただろう。
あの物件は、どこかの会社が抑えている物件だと言っていた。どこかの会社に認められていたら、個人でいくら探しても見つからないような好条件の物件を探し出すこともできる時代だった。
 ある出版社の女性に、どこに住んでいるのか聞いたら会社に徒歩で行ける場所に偶然住んでいたと答えた。「どういう意味?」
 ウーは、興味津々だった。彼女の会社は靖国神社のすぐ近くにあったからだ。ということは、徒歩圏内だとこの近所に住居に使用しているマンションやビルがあるということにも驚いたが、食事処がほとんど無いので、どうやって生活しているのかも驚いたが、もっと驚いたのは家賃だった。ウーが借りようと思っている物件の半額に近い。
 「詳しいことは言えないんだけど、今の会社に来る前の会社が倒産して借りていた部屋に住むのも苦しくなって、就活している時期にちょっとした縁があって、世の中って意外と悪いことばかりでもないなって……」
ウーは、この女性の話に感動して
「またお会いできることがあれば次は一緒に食事をしましょう」
と言ったが、彼女との会話はどこかの誰かと競うような宿命を背負っている様子で、きっと食事をいっしょにしても楽しくならない気がして、ウーの顔は詐欺師の顔のように調子いい笑顔と本当の気持ちを言っても嘘に変わる言葉で疲れた。
白鵬と呼ばれていた女性は、表の顔ではペンギンと呼ばれていた
いつも着物を着ていたのでその振袖がペンギンのようだと例えられた
ウーより後に現れた彼女は、
ウーに絡んで嫌な記事をまき散らしているやつらと同じやつらに絡まれていた。
英語は苦手だったのにアメリカを持たされて困っている姿も見ていた。
彼女の文の特徴は、とにかく発泡スチロールを噛んだような嫌な鋭さがあった。
もっともこの例えをしたのは、審判員の役をしていたこけしちゃんだった。
こけしちゃんとは、朝青龍や白鵬と絡む前から、
こけしちゃんと火山が遊んでいるところにお邪魔して
あっちやこっちの書き込みを毎晩爆笑しながら追いかけていた頃からのつきあいだ。
白鵬に絡まれて、半べそ書いていたウーをよくこけしちゃんが助けてくれたこともウーは覚えている。白鵬をけしかけていたのは火山だった。絶対この組み合わせはヒットすると対戦させられたのだが、もともとのんびりブログを書いていたウーは、なんで私がこんなことやんなきゃなんないの!と怒っていたが、ある日のことだ。朝青龍は朝青龍ブログを書かなくなり、別の誰かが書くようになった。間もなく白鵬ブログも別の誰かが書くようになり、二人はブロガーを辞めてしまった。地下に潜ったという説もあるが、代わりに書き始めたのは広告代理店の人間だった。ウーもよく知っている人間だったので、ますますブログを書く気が失せた。すると、今度は政治がらみのブログが周りに増え始めた。自民党から民主党へ政権交代させようというブログが出てきて、間もなく民主党が政権を握った。しかしウーは、民主党のマニフェストを読んで無理だと思ったので、自民党でいいと思っていたがリーマンショックが起こって、すごい勢いで怒っているブログを目の当たりにした。「オマエのせいだ、覚えてろ!」誰に言ったのかわからないそのブログは、書き捨てられ、ほかのブログに埋もれるようにして見えなくなった。
昔のブログは、書き手の感情や迫力を表現できるように設定されていたが、これはウーが「書き味」というものをこよなく愛していたからである。みんなも気づいているように、書いた人間の癖をマネてなりすます行為が増えてから、ウーの文をマネさせてくださいと言うタレントも結構いた。ウーはウーで、誰かの文をマネして書けと何度も要求するブログがやってきて、そのたびにシカトした。ある漫画家が急に誰かのマネをしろと要求されているのを見かけたことがあったが、ウーは「アンタが書いている文がいちばんおもしろいからマネしなくていい」と伝えたことがあった。その漫画家はマネをせずに自分で押し通し、玉の輿に乗って大金持ちになった。

秘密の不動産屋に行く間、ウーはなぜ自分がいま、こんな場所に来て、見知らぬ人からブログを書かなかったから電車が止まったなどと言われなきゃならないのか気が狂いそうな想いを抱えて、東京の浅草という場所へ向かった。電話で待ち合わせた駅にたどり着いたのは待ち合わせの5分前だった。時間の経過を早めたりゆっくりにすることもできる時代になっていたのをウーは静かにあきらめという感情に汚染されそうになりながら抵抗していた。


ブログを数人で書いているパターンはいくつかある。
ある日突然、

「よろしくお願いします」

と書いてブログを放置すると、明らかに違う文体の人間がなりすましてブログを書いているパターンと、数人でシェアして書いているパターンと、なぜだかソウルメイトと呼ぶと聞いたことがあるが、突然他人のブログに侵入できることがある。侵入すると、数字を書き換えたり漢字を変えたり、ちゃんと書いたつもりの文が書いた覚えのない文に代わっているなど、一方通行のソウルメイトが存在している。
文章を変えて何かを伝えようとしているが、替えてまで伝えなければならないほど重要な内容だったことは無かった。

集団でブログを始めたばかりの人間をバッシングする場所に長くいすぎたウーは、少々のバッシングには慣れてしまった。ところが、ウーをバッシングしていた相手にウーと同じくらいのバッシングを与えると、泣きながら電話してきて何とかしてほしいという。人間という生き物はなんて身勝手なんだとつくづく冷めるウーだった。

ある日のことだ。
当時、読んでいたブログのひとつに、新橋炎上を望んでいると読めたブログがあった。ギョッとしている間もなく、夕方のニュースで新橋はボヤを起こし、消防車が何台も集まったという出来事が起こった。すぐにウーは現場に駆け付け、本当に火事が起こったのか確認に行った。
本当に火事が起こっていて、人気の店が炭火焼になっていた。

暗号文が読めるようになったと気づかない暴言集団が散々なことを言いながら
ブログのペタを残すことはもう最近は少なくなった。
暴言集団はなぜ暴言を吐いていたのか。
初期段階では、自分の悪口が書いてあると感じるブログは誰もが気になる。
心細くなり、世間的に自分に問題があるのか精神的に弱らせるためである。
弱ったところで、遊びでしたと言い訳して仲間意識を芽生えさせる。
2次段階では、仲間に引き入れた新人をバッシング傭員に育てる。
例えば新しく公式ブログを書き始めたタレントなどは格好の餌食である。
新入りタレントブログの読者になり、実名を出さずにバッシングをすればいいのだ。
3次段階では、バッシングを書いているようなていで、暗号を書くように仕向ける。
暗号が書けるようになったら、バッシング傭員卒業し、様々なジャンル、例えばアフィリエイトの文章などを書かせたていで、暗号を書かせるのである。

なぜこのようなことが必要になったのか。
最初に始めたのは出版社の人間だった。
さんざんやめろと注意されていたが、彼女は辞めなかった。
彼女が書いた文は、華やかな表情と冷たいぞっとするような暗号が秘められていたので、
指示しているものは今も多い。
この時期から、ウーはセレブ気取りの母親ブロガーが大嫌いである。
彼女はいくつもの呼び名があった。
おでこが広いからでこ
バンビのように愛くるしい瞳だからバンビ
いつもグレーの服を着ていたからグレー
彼女がこっそり書いていたブログはいつも青かったので朝青龍と呼ばれていたこともあった。
白鵬と朝青龍時代の話は、かなり思い出に残っている。
彼女の対抗馬に白鵬がいた。
白鵬は、庶民の出と言われていたが、高学歴だった。
汚い手を使わなかったので彼女を指示した人も多かった。
ウーは何度も白鵬と向かい合わせに座らせられ、
げっそりしていた。
 ウーに嫌がらせをしていたグループは、「帝国軍」と呼ばれているアンダーグラウンドの人々だった。アンダーグラウンドの人間の特徴は、自分がやたら偉いと勘違いしている点。大してお金持ちでもないのに、相手より少しでも仕事の歴が長いとか、社員と外注とか、リーダーとアシスタントとかの違いで、威張り散らす。どの人間も例外なく、不条理なことと意味不明の怒りで相手を罵倒するの。ウーは何度も「帝国軍」と呼ばれている人間に出会っては、ひどい仕打ちをされて死んでいく人たちを見てきた。
最初に出会った帝国軍は、自分ではさっぱり仕事ができなくて会ったことも無いウーに泣き言を言ってきた人だった。電話で聞いた泣き言は、ウーにとっては大したことではないような事柄だった。なぜこんな簡単なことも解決できないのか不思議でならなかったが、ウーがブログを書かないと冷蔵庫も入れられないと言ってきたのだ。おかげでウーは、こいつの頼みを聞いてやった代わりに深夜に冷や水を頭からかぶったように冷たくなる河童の亡霊に付きまとわれて、毎晩凍えて過ごす羽目になったことがあった。嘘だぁ~河童の亡霊なんかいるわけないだろと思ったアナタ、明日の夜から河童の亡霊に悩まされるがいいわ!
 この電話だけの男に実際に合うと、全くの悪人ではないのはわかったが、どこまでも理不尽なことを言いつけ、仕事よりもウーのブログに書いてあったことを実行しようとして仕事に支障をきたすわ、不細工な性悪女を朝からイジメたおすわ、集団で罵倒するわで「帝国軍」=「低俗軍」という意味だったのか……、ウーにとっては、こいつらのために書いた改善策も盗み取られ、自分自身の意識が「低俗軍」に犯されないように守る精神的な戦いも強いられた。
 不細工な女はやたらウーに懐いて、日に何度も電話をかけてきた。ところがこの不細工な女も「低俗軍」の使いっぱしりをしていたのだ。旦那がいない間に浮気相手を家に連れ込んで子供たちがいる前で性交渉をして、離婚。親にも勘当されて逃げるようにウーが住んでいた家の近所にやって来た女だった。まったくウーにかかわってほしくないような人間だとウーは思った。ところがこの女が書いているブログは、とても面白く人気があることがわかった。インターネット上の人気なんて現実の人間と比べたら何の意味もないのかもしれない。ウーは、この女を見るたび、自分がブログを書くのが嫌になった。ウーもみんなと一緒になってイジメたおしたかったのをこらえていたのは言うまでもない。でも、イジメたおしていい場所か、学生だってトイレや体育館倉庫や校舎の裏に呼び出してイジメるのに、大勢の人がやってくる玄関先でイジメるんだからチャンチャラ低俗軍の頭の悪さに、ウーはいじめをいっしょに行う気さえ萎えた。
ウーは立ち直る間もなく、海岸に住んでいた頃を思い出した。
どこにも傷が無い鳩の死骸が置いてあるコンビニの前での出来事は、怖かった。
そのコンビニは、店の外に灰皿が置いてある。
社内禁煙が増え、追い出された喫煙者がこのコンビニの前に集まって一服している姿は珍しくなかった。「ライター貸してもらえます?」眼鏡をかけた細長い顔のおじさんは、コンビニがすぐ近くにあるというのに、ウーにライターを貸してくれと言った。細かいこと、気が付かなければ些細な事。でもウーは、「コンビニで買えば?」と言った。するとおじさんの瞳は、真っ黒く白目が無い状態でウーを見て、目の奥は全く光が見えず、まるで残酷な宇宙人のような顔でにらまれた。ゾクゾクッ、鳥肌が全身で暴れた。

傷が無い鳩の死骸と真黒な瞳のおじさんは、のほほんと過ごしていたウーの生活を一転させた。
いつも誰かに見張られているような感覚と、政治犯のような扱いを受けることもたびたびある。

あの売りさばかれていた原稿の最初のアイディアを出版社に提出したのは、この海岸の町だった。動画サービスにまだ、個人バッシングを載せて喜んでいるような低俗な人間がうじゃうじゃいる時代で、いまでこそ、自分おもしろ動画やまじめすぎる動画ばかりになったけれど、当時は個人を精神的に追い詰める動画がたくさん出回っていた。その中に、出版社に提出したはずの企画書を動画にしたものがいくつかあり、いつもいつも、ウーが出した企画をバカにするテレビの企画と同じように、踏みつけられていた。と、同時に、ウーは日本の暗号を読み解いてしまい、それによってブログ内で脅されることも続いていた。それはあっという間だった。読み解いた暗号に書いてあったのは、日本語のブログの読み方。ある日本のブログを読むと、どこを火事にするとか、誰を逮捕するとか、賭博の配当まで書いてあった。

次々と逮捕されるニュースが続いた。

海岸のあれがまだ埼玉県まで続いていたんだ……。
 
そんなある日、越してきたばかりの親子のことが書いてあるいつもの二ちゃんを見ていると、
>じゃあ、あの親子には出て行ってもらいましょう
>火事にしますか
>それがいいでしょう
この情報を読んだ日は何も起こらなかった。けれど、翌日の真昼間に火事は起こった。
原因不明の火事は、親子が部屋にいる間、ウーが真上に寝ている間、起こったのだ。
この町は、遠隔操作で自在に火事も起こせる……。

犬は空を見上げ吠えている。
ウーもつられて空を見上げると、どくろに角が生えたように見える煙がマンションを取り巻いていた。ウーはそれをカメラに収め、東京の友人へ見せた。

「うわ、本当だ。目になっているここ、光ってるように見えない?」
友人と一緒に改めて見る。
どくろの目の中に、星が写ってそれが不気味に光っていた。

「あの町は異常だ、もう嫌だ、助けて」

今日も、ウーの記憶を消し去るという脅しのメールがやって来た。
すでに記憶力が薄れてきて、この小説を書き続けるのが難しくなっているのも感じる。記憶操作もできるよ、自在に火事も起こせるんだからさ

ウーは思い出したようにこっそり教えてもらった不動産屋に電話した。
翌日、会う約束を取り付け、駅に向かった。
なかなか来ない電車。待っている人が、「ウーがまたブログ書いてないんだろ」と言っているのが聞こえた。15分遅れでやってくると、「車内で火事が起こりました。しばらくこの駅で停車します」しばらくってどれくらい?30分以上かかると言う。
ウーは、別のルートで秘密の不動産屋に会うことに決めた。

台湾の地震、最初のニュースで17階建てのビルが倒壊したって言ってたのに、16階に変更になっているのも気が付いている。日本のニュースの信憑性が倒壊している。
うーが住みたい地域を決めて埼玉県に戻ると、町の人はにこやかにウーに話しかけるようになった。街路樹は美しく花を咲かせ、あんなに暗かった町が明るく楽しい雰囲気に包まれている。
街の雰囲気も自然の色、町の人の心持で住みよい雰囲気、住みにくい雰囲気、替えられる時代というか、この県では、できないことは何もないと聞いた通り、人の心も天気も動物たちの行動も不自然に歪めて、「まだこの町にいなよ、うー」と言ってるように感じさせるなんてお茶の子さいさいだった。

この町では、町内会でニチャんに集まって話し合いをしているのを知った。ウーは、やたら言葉がTPOに合わせて上手に話す友人のパソコンの画面と同じにしていた。すると不思議な画面が出てきて、陰で取引をしている様子がすべてわかる画面だとウーは思った。

どこの誰がここで会話しているのか、ウーは何度もその画面を見て、
●この画面は、誰かの原稿を売りさばいている
●こっちの画面は、新しくこのマンションにやって来た家族のことを話している
●あっちの画面は、同時進行しているどこかの情報操作の状況?
●どうしてもわからない謎の会話をしている画面もあった
まもなく不思議な画面はウーから削除されたが、自分が出版社に提出した原稿を売りさばいているとはっきりわかる内容に憤りを感じないではいられなかった

ウーが提出した原稿は、この町の誰かには全く受けなかった。
海がある街で描き始めた内容だったのでこの町とは全く関係が無かったからだとその時はわからなかった。
が、ウーが心のバランスを崩すのには充分なショックだった。
 うーは、久しぶりに食べた友達の店の食事も辛いことがお互いに遭ったのを感じながら噛みしめ、どんな味だったか何を食べたのかもわからないほど心がふわふわしていた。
友達が着ているTシャツには、「復興東北、頑張れ東北」の文字が大きく書いてあった。
友達は石巻の高校に通っていた。偶然、この麻布で出会い、偶然、宮城県出身だと知って仲良くなった。Tシャツの文字を見るとウーは涙が出そうになったのを隠すために味噌汁を飲んだり、ご飯を食べて気づかれないように明るく振舞った。
 「死んだやつもいっぱいいるよ、ウーさんのうちは大丈夫だった?」



 「うん、うちは街中にあるから、津波から遠いと思ってたけど、テレビで見たら、新港が燃えていたからさ、でも、住んでいる人は、全然テレビもラジオも無くてわかんなかったらしいね」
 まだ寒い季節の出来事、若い人は安全な場所まで避難して、年寄りたちは腹をくくって家に残った。ウーは物件探しをしていた途中で、この店に立ち寄ってよかったと油断していた。
 ペラペラと今まで見てきた物件の話を友達に話したら、急に携帯電話が鳴った。さっき会った不動産屋だった。
「ウーさんが迷っていた掘りごたつがある物件は、決まってしまいました。ダメですよ、ちゃんと全部、あるものは隠さずに言ってくれないと無くなっちゃいますよ」
はぁ?
いつもこうだ。ウーに感動をしている時間も、おいしい食事をしている時間も、許さないぞって言ってるように、がっかりの電話が鳴る。
さっきまで、生きててよかったって感動の再会を果たしていたというのに、もう生きて会えたんだからそれで充分だろと言わんばかりにどこかのなにかのがっかり運が、ウーをがっかりの底へ連れ去っていくのであった。
だからウーは、幸せだと思うことも少なくて、結局自分は絶対に不幸の貧乏神が取り付いているんだと思い込まずにはいられないように、ひどい電話の力でどん底に突き落とされるばかりで、みんながそんなに悪い人生じゃないってと励ましても、全然満足な気持ちになれなかった。
ウーは帰り道、長い間住んでいた麻布十番の友達に会いに行った。
「生きてた?よかった、生きてただけでよかった」
友達はウーを抱きしめた。
「心配していたんだ、よかった、生きていたんだね」
友達は震災で学生時代の友達を失ったと話した。
「すぐ、実家に行った。もう涙が出るなんてもんじゃない。俺が通っていた高校は瓦礫の山だった。なんにもなくなっていて、知り合いも友達もたくさん死んでた。何もしないではいられなくてさ、復興Tシャツ作った。あれから十番もいろいろあった。ぜんぜんわからない出来事でどんどん店が変わった。泣きたくなるような出来事がたくさんあった。ウーはどうだった?ウーもいろいろあったのか?」

 ウーは泣きながら、友達に今までのことを話した。そしてまた東京に帰ってくるという話と一緒に、決めようと思っている物件のことを話した。でも、今日見た掘りごたつの物件は内緒にした。誰かに取られたら嫌だと思った。ところが、ウーの携帯電話が鳴った。さっきの不動産屋からだった。
 「掘りごたつの物件、決まっちゃいました。ちゃんとあることを全部話さないと無くなっちゃいますよ」
「はぁ?」
ウーの話を盗み聞きして、ウーからいろんなものを奪っている人間がいることを知った。友達に今の電話の内容を話すと、
「結果オーライってこともあるよ。その物件のことはもう考えるな。案外、掘りごたつじゃないほうがうまくいくかもしれない。前向きに考えよう。後悔するほどのことじゃないよ」
友達がそばにいてくれて助かった。
万が一、ウーがひとりの時にそんな電話をもらったら、うごめくお化けの影におびえてまた精神のバランスを崩してしまいそうだった。
「ありがとう、うん、今ある物件の中で決める」

ウーがいなくなった後のこの町で、何があったのか聞いた。
ウーも大変だったけどこの町もすごく大変だった。
当たり前のように話が盗聴されているのは、埼玉だけじゃなく、東京も同じだった。
友達と話すのさえ、困難な世界になっていたことでウーはどこに住めばいいのかもう一度よく考えることになった。

家に帰ると、引越しのお金を貸してくれた友人に電話した。
「んー、浅草じゃないほうがいいんじゃない?」
もうひとり、いつも相談に乗ってくれる友人に電話した。
「浅草方面は酔っ払いが多いから、治安があんまりよくないかもよ」
いつも慰めてくれた友人にも電話した
「うちに近いほうがいいけど、浅草も悪くないよね。でも、浅草は深いよ」
ウーは、掘りごたつじゃない物件に決めようと、もう一度不動産屋を訪ねることにした。
 笑っちゃう、駅からウーの名前が書いてあるビルが見えた。よし、この駅に降りてみよう!
 大手の不動産屋に入って、条件を書きこんだ。
 「面白い物件があります。とりあえず3件ご紹介できます」
 この町は、あちこち小さい。
 「駐車場があるんですけど・・・・・・・・」
 不動産屋専用駐車場はすごく狭い場所にあった。
 「どうやって車出すんですか」
 「まあ、何度も運転していますから大丈夫です」
 見ていると、すごい切り返しでどうにか車を出した。が、通りまではバックで走って出る。
 ウーは思わず拍手した。
 
 車で行くと全然わからないが、徒歩だとこの町は最高の設計だった。散歩コース、車のコース、自転車のコースがあって、隣町までみんな続いている。息をのむような桜並木も見事で、ウーはこの町で犬を連れて散歩している自分を思い浮かべた。
 動物病院も多くて、どこに住んでも必ず近くにある。立地条件は120点満点だった。

 部屋は、あちこち小さいつくりだ。例えば、6畳あるという部屋も埼玉県の6畳より狭い。
 建築法だかなんだかで、マンションサイズと一戸建てサイズがあるとか、都心サイズと田舎サイズがあるとかで、部屋を仕切る扉の大きさや窓の大きさも違うのである。
 
 その中で、昔のサイズで作ったアパートがあった。
 「うわー、庭付きで床の間がある!」
 「まだ驚くのは早いです。このテーブルを持ち上げてみてください」
 部屋のテーブルを持ち上げると、麻雀テーブルになって、しかも足は掘りごたつだった。
 「うわわわわわ、この物件、おもしろすぎます。ここキープでお願いします」
 ウーは、すごく気に入ったこの物件を見てから、他の物件を見に行った。
 他の物件は、ひとつは通りに面していて、落ちつかないのと、
 もうひとつは大家さんの家が目の前にある物件だった。
 「うーん、2,3日中に返事をします」
 
 ウーの頭の中は、浅草のスカイタワー目の前の部屋と、床の間掘りごたつに絞られていた。
 祖師谷は重力が重すぎて、あきらめた。
 ウーは今度こそ絶対にオバケ屋敷には行かないという強い意志で、部屋探しをしている。こんなに多くの物件を見ていたのもオバケ屋敷を選んだ自分の戒めでもあった。
 (心残りが無いように、アドバイスをもらった方面の物件もチェックしよう)
 小田急線沿線と東横線沿線……

 翌日は三軒茶屋方面へ向かった。

 人気の町というのはウーでも知っている。
 駅から町へ出てすぐ女優が歩いていた。
 不動産屋まで歩く間に、世界的なミュージシャンとすれ違った。
 三軒茶屋は芸能人がウヨウヨ歩いている。
 
 今度の不動産屋はやる気満々の男性。社長自らご案内してくれるというありがたい待遇だった。
 しかしこっちの方面、ウーを知り倒す人間もウヨウヨしていて、ウーが歩いているだけで携帯電話でどこかに知らせる男たちが続出した。
 目がぎらぎらしている一見、モテ顔の男たちにマークされている。
 (しくじった……こっち方面、全然やばいじゃん)

 間もなく、やばい理由が分かった。
 不動産屋が紹介してくれたいくつかの物件に、とってもやばい場所を見下ろせる物件があった。ウーは、すでにこの方面に住むことは不可能とわかり、物件を一生懸命紹介してくれている彼の話も上の空だった。
 (やばい、やばい、さっさと東横方面に行こう)
 駅まで戻ると、火事が起こっていた。
 やっぱり火事ですか。おとといも火事に出会ったウーは、今日の火事も自分のせいじゃないかと思えた。火事になった場所は、イタリアレストランでウーが行ったことも食べたことも無いはずの店だったが、
 (やばい、やばい、早くこの町から出よう)

 火事の野次馬もせず、さっさと電車に乗って東横線に乗り換えた。