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「意識低い系」より「高い系」

書籍化のスカウト待ってま~す♡ノンフィクションライターが書いているフィクションって言いたくなる物語

 祖師谷の駅前でドーナツを買い、中野に向かう頃はもう日が傾いてきた。
 不動産屋に着いたころには、真っ暗。とはいっても、新宿に近いせいで昼間のように明るい。
 今度は、若い女の子が案内してくれる。
 「駐車場が向かい側にあるんです。一緒に来ていただけますか」
 歩道橋を駆け上がる女の子と裏腹に、足が重かった祖師谷から来ているので、太ももが上がらず、歩道橋を登るのは地獄のように辛かった。降りる時も足の裏が痛くてたまらず、手すりに寄りかかるように階段を下りた。
 (ちょっとハードスケジュールだった……)
 車で移動はありがたかった。しばらく歩かなくて済む。
 中野の町は何度か来たことがあった。
 「確かこの辺においしい餃子の店があったはず…」
 すると彼女は、
 「私も、この辺に住んでいるんです。この通りはぱっと見るとあまり便利じゃなさそうですけど、1本ずれたらすごく賑やかで便利ですよ。今から紹介する物件は3か所ご紹介できます。もう暗いので急いで行きます」
 小回りが利く軽自動車の運転、彼女は手慣れたものだった。
 「どこから見ていきましょうか。私の一番のお勧めはお米屋さんが持っているマンションです。すごく話しやすくて面倒見がいいので仲良くなれると思います」
 「じゃ、一番お勧めから見ましょう。お勧めじゃないのは最後でいいですよ」
 
 最初の物件は、1階にお米屋さんがある。古いマンションだが、空室になることは珍しく、家族が多く住んでいるという。さっそく妊婦と外国人の夫のカップルに出会った。
 「こんばんは」
 「こんばんは」
 なかなか良い街だ。住んでいる人が挨拶をかわしてくれるというのは、意外と大事なことだとウーは気がついた。

 部屋は8階。2LDKで感動。決めてもいいかもしれないという物件がいくつも出てきた嬉しい幸先のよさだが、ここが一番のお勧めと聞いているので、あとはどんな物件か、見る必要があるのか、ウーはどうでもよくなった。が、

「次の物件に行ってみましょう」
外に出ると小雨が降ってきた。
「急ぎましょう」
すごい大雨になった。集中豪雨だ。雷が真上にいるように轟いた。
「うわー、何なの?台風とか着てるって言ってた?」
「にわか雨だと思うんですけど……」
雨が邪魔をしてどこかわからなかったが、信号で止まった時に、信号機についている地名が見えた。ウーは、なぜ雷が鳴り、大雨に見舞われたのかその理由を知った。

「四街道」
この場所にウーは来たことがあった。
ウーと同姓同名の女性の身元調査で、来た場所だった。
この人物が実在の人物か、どんな人物か、どういう事情であの本を書いたのか、すべてを知るために来た場所だった。
 「あの本は、インターネットの会社に頼まれてね、原稿ともいえないほどの枚数が送られてきて、1冊の本を作ることになってね、イラストレーターをまあまあ知られている人を使用して何とかページ数を埋めて作ったんだ。確かにその本を書いたという女性が来ました。あなたよりもずっと年上で、にこやかなおばさんでしたよ。ほとんど自分で買って、お金を払っていきました。うちは自費出版が主なんですけどね、ときどきインターネットの会社から頼まれて、本にもなりそうもない原稿を本にする仕事を請け負っています」

 どうして自分と同じ名前で本を出せとインターネットの会社が言うのか……。あのときも雷がすごかった。あの日も大雨で今日と同じように天気が荒れていた。
 「ねぇ、今から見る物件は、見なくていいよ。この方角、私、あんまりいい方角じゃない」
ウーは、天気で自分の行動を決めるのは良くないと教えてもらったが、さすがに四街道には住めないと思った。

 彼女は、「じゃあ、あんまりお勧めじゃない物件に行きましょう」というと、Uターンした。雨がカラッと晴れ、
 「嘘みたいな天気ですね」
 ウーは、こっちの方角に来ると大げさなことが起こるような気がして、さっきの物件も住めないと決めていた。無駄足をさせることになった彼女には申し訳なかったけれど、
 「ここです」
 最後の物件は、通り沿いにある小料理屋の隣だった。
 新しいマンションで、なぜあまりお勧めじゃないのか不思議だった。
 「ここ、大家さんがうるさいんです。電気はつけっぱなしにするなとか、タバコは吸うなとか、楽器もダメです」
 「あなたがお勧めの基準は、大家さんがいい人で、住人にやさしい人ってこと?」
 「はい、この町に住むコツは、周りに住んでいる人がいい人であることがとても大事です」
 ウーは感心した。ウーの物件探しの条件に新しく、
○周りに住んでいる住人はいい人
 という項目が付け加えられた。
 強気な秘密の不動産屋の言葉でウーは、自分で物件の検索を始めた。祖師谷の重力は重かったけどやっぱり面白そうな町だし、もしかしたらあの重力はたまたまだったのかもしれないと考え直し、検索してみた。
「あ、1軒屋がある。しかも駅から徒歩5分だって!」
さっそくその不動産屋に電話して、どんな物件か見に行くことに決めた。さらに、中央線沿線はあんまり好きじゃないけど、住めば都かもしれないと検索すると、楽しそうな町だ。明日は、この二つの町を行ってみよう。午前中に、祖師谷に行って、午後遅くに中野に行けばできないことも無い。

 ウーの頭の中には、渋谷と浅草の部屋が浮かんでいる。早く返事をしなくてはならない。
 やっぱり渋谷の部屋は小さすぎる。断ろう。
 一軒家に住めそうな気配も出てきたし、ウーは狭い部屋には住まないことに決めた。
 

 翌日は、とてもいい天気だった。再び祖師谷に向けて出発する。
 連絡しておいた不動産屋は女性だった。ウーが部屋に飾っている花と全く同じ花を飾っていた。
 「どうしてこの花を飾ってるんですか?」
 「んーと、丈夫で綺麗だから」
 この不動産屋は、女性だけで切り盛りしていると言った。
 「みんな独身でね、身寄りがないから肩寄せ合って生きてんの。あなたも独身?いい部屋あるわよ。問い合わせをしてくれた家も悪くは無いけど、古くてね、それよりはお勧めの部屋があるの。自転車に乗って行かなくちゃならないけど、自転車乗れる?」
 

 ウーは自転車なら重力は関係ないと思った。ところが、不思議なことが起こった。
 物件に向かう時、ウーの自転車は速く、不動産屋の自転車は遅かった。
 少々おばさんだから、遅いのかなと思ったが、
 「あ、あっちの部屋のカギを忘れてきちゃった。もう一回会社に戻るよ」
 会社に戻るとき、おばさんの自転車は早く、ウーは遅かった。ペダルが重くて前に進まない。
 (やっぱり、重力は地価じゃない。全然別の法則で個人の足に違いが出るんだ)
 ウーが見たがった部屋はというと、全てが昭和初期?のような作りで、2階建ての一戸建て。風呂もシャワーが無くて沸かすガスの風呂。給湯器も超古くて、火が見えるタイプのガス。
 全室畳で、宴会ができそうな大広間と、娘が住んでいた部屋という、少し可愛い壁紙になっている部屋がある2階部分と、1階は茶の間だった雰囲気の畳6畳と、物置にしていた4畳半の部屋があった。十分すぎるほどのスペースで、風呂と台所が昭和初期。ある意味、住み方次第ですごくオシャレな物件になるような気がする。
 でもあまりお勧めしないと不動産屋は言った。急いで住人をあてがうよりも引き物件として持っていたいと考えているようだった。
 もうひとつの物件は、10畳8畳の部屋がある全面フローリングで、この物件の持ち主自信が住んでいたという。改築なども個人で行い、あちこち、出来合いのマンションとは全く違う面白忍者屋敷的設備が施されていた。
 やっぱり祖師谷、面白い。 しかも、町内が意外と大きく、どこまで行っても祖師谷なのだ。しかも、不動産屋さんは途中で知り合いに会うと客をほったらかしにして、しばらく話し始め、挙句に、「会社の場所わかるわね、ごめん、鍵を会社の机に置いといて、自転車は下の階に鍵をかけて置いて待ってて」
 すでに、不動産屋の会社の一員のよな扱いを受け、この町に引っ越したら、とりあえず、何とか生きていけそうな予感ももらえた。
 
 それにしても、会社に戻る自転車が遅い。重くて重くて前に進まない。行きはよいよいだったのになー。

 ウーは、この町に住んでいる不動産屋がいるというのもいいもんだとオバケ屋敷脱出に希望が見えてきたのでとても気持ちがよかった。

 自転車を戻して、鍵を不動産屋に頼まれた通りの場所において待っている間、もう一人の事務員が、
 「コーヒーとお茶、どっちにします?」
と言いながら、お菓子を出してくれた。そこで身の上話を聞いてしまう。
 「離婚しちゃってさ、まだ子供が小さかったの、今は高校生なんだけど、この会社で雇ってくれると言われて本当に助かった。部屋を探しに来て相談したら、うちで働きなさいって言ってくれたの。時間や用事も融通がきくし、子供が小さかった時は託児所代わりにもなってくれた。私、この後、もうひとつアルバイトをしていてね、もうすぐ帰る時間なんだけど、あの人、いい人だから安心して、相談ごともしてみたほうがいいわよ」

 ウーが住んでいる町とは大違いの優しさに触れ、祖師谷もいいなとしみじみ思うのだった。
秘密の不動産屋と浅草で待ち合わせをした。家を出るとき、小雨がパラついていたので、
「あの人、雨男だよ、また雨……」
駅のホームで電車を待っていると、遅れると言うアナウンスがあった。
「ウーさん、ブログを書かなかった」
ホームにいる人が話しているの、聞こえています、そのウーは、ここにいるウーのことじゃないですか?

ウーはこの町に来てから、電車がまともに時間通りに来ることが少なくなった。ごみの回収車両も時間通りどころか、ウーがブログを書かないと来ないという強制的な拘束があった。
はじめから決まっているものを捻じ曲げる力がウーにあるのはどうしてだろう。
おかげで、買い物に出かけた先のスーパーではビンラディンとアナウンスされ、一瞬でスーパーが凍りついたこともあった。

電車が15分遅れで到着した。

しかし、出発して間もなく
「車両火災発生、消火のためしばらく停車します」
と言うアナウンスがあって、電車は動かなくなった。

ことごとく、秘密の不動産屋に会うのを邪魔しようとする運命なんだか、人災なんだか、
待ち合わせの時間に遅れそうだと秘密の不動産屋に電話すると、
「俺、そういうのには負けないって決めてますから、ちゃんと来てください」
強気発言である。

ウーは、機転を利かせ、別のルートで目的地まで向かうことにした。
南北線を利用するルートだ。
浅草に到着すると不動産屋が、
「ほら、間に合った。これであなたは自分の運命に勝った。この間の雨の日は、すいませんでした。別件のお客様が急ぎで探しているというのでそちらを優先しました。今日は、ウーさんのために一日時間を設けています。好きなだけお付き合いできます」
初めて会った秘密の不動産屋は、今まで会った人種とは全く違う人種のようだった。
どういうことかと言うと、
ウーがブログを書かなかったからゴミ清掃車を走らせないとか、電車が遅れたとかいう人たちとは明らかにちがう人種だったということだ。
自分が決めた予定を曲げない。自分の目で見た者だけを信じる。
ウーはこの不動産屋から多くのことを学んだ。
「ウーさん、少しぐらいの障害物は障害物だと思わないほうが健全でしょ。雨が降ったから会わないほうがいい相手だとか、俺はそういう考え方が嫌いなんですよ」

秘密の不動産がが紹介した物件は、渋谷の物件を超えてきた。
すぐ目の前で花見ができ、見上げる大きさのスカイタワーがそびえ立つ。きっとここに引っ越したら、みんな遊びに来る家になる、すぐにわかった。収納スペースも充分ある。2DKの部屋は、6畳6畳。たった一つ気がかりな点は、窓にかかる電柱の存在だった。
酔っ払いが多いこの町、電柱を登るバカがいないとも限らない。
ウーが迷っていると、
「もう一軒、行ってみますか」
「はい」
同じ浅草にある物件だが、こちらは住宅地の中にあった。
歯医者さんの2階の物件で女性向けの万全なセキュリティーと品がいい白壁のシンプルな外観も良かった。
 秘密の不動産屋は絶対ウーが決めると信じていた。
「ウーさん、この先にいい場所があるんです」
浅草の真髄。

焼鳥屋が並ぶ通りを歩く。
「どうですか、一杯飲んで行きませんか」
ウーは、この不動産屋と友人になりたかった。こんな野性的な魅力がある人に出会ったのは初めてだった。もっと話をしたかったが、ウーはもじもじして黙ってしまった。
「よく考えてみます。他の友人にも聞いてみます。それから返事をします」


 「幽霊を見たことがあるんです。しかも白昼、堂々とした幽霊で女性でした。はっきり姿も覚えています。チラシを外で配っていた時のことです。幽霊がいるときは、少し空気が冷たいと感じるとおもいますが、その時もひんやりとしてゾクゾクッとしたのであたりを見回すと、すぐ隣に立っていたんです」

 「どうして幽霊だってわかるの?」

 「透けてるんですよ。向こう側が。通りを歩く人が見えるんです。その女性は僕の隣に立って僕をじっと見ている。髪の長さまで覚えています。とにかく気色悪かった。どこがと聞かれたら、存在そのものが怖かった。すぐに逃げました。逃げて会社に戻って、嫌な気持ちを晴らすのにお酒を飲んだり、生きている人と話しました。幽霊は本当にいるんだなって信じています」

ウーはオバケ仲間ができて少し嬉しかった。
「やっぱり、オバケ、いるよね。私、宇宙人もいると思っている。ずいぶん前に緑色の宇宙人のような人を2回も見たことがあるの」
「宇宙人!?」

「オバケは今住んでるマンションで、十分すぎるくらいあったんだけどね。友達が遊びに来て一緒に外のバーで飲んで帰ってきたとき、全身金縛りにあってね、全然動けないの。今、火事になったら絶対逃げられないって思って、なんとか声を出そうとして、「助けて」の「たす」まで出たら、金縛りが解けたんだけど、部屋の中に大きな大目玉のオバケがドーンって浮かんでた。また別の日には、マトリックスって映画があったでしょ。あれって緑色の文字がたくさん出てきて頭の中?に流れているのか、自分の目に見えているのか、映画を見た限りではどちらともわからなかったんだけど、あれが部屋に現われたの。まさにマトリックスそのもので、緑色の文字が空中に現われて流れている。オバケ屋敷って言うよりは、ユニバーサル的なサービスともいえるかな」

 このほかにもウーはビッグフットのことや、昆虫のことを話し、
「この間は、雷の時に写真を撮ったんだけど、見て!」
写メに収めた空を不動産屋に見せた。
「ああ、髑髏が空に!?」
「でしょ、髑髏に角が生えてるの」
「わかります。これは部屋の中を見ているような……」
「このほかにも、月がね、ピンク色の座布団に座っているようなのもある」
「わぁ、この写真もすごいですね」
「でも、幽霊を見るときというのは、気持ちが弱っている時だって聞いたことがある。強気な時ってそういうの全然気にならないっていうか気がつかないようなリズムで生活しているでしょ」
「あ、今、気持ちが何か吹っ切れました。そっか、気持ちが弱っているときに幽霊を見るんですね」
「うん、たぶん、結構気が強いのに、さすがに今住んでいる町は人間も最悪でね、人に自分の失敗をなすりつけるとか、嘘をつく、嘘泣きをする、仕事のじゃまをする、仕事をさぼる、集団でいじめをする、嫌がらせや失礼な言葉を投げつけられる、歩いているだけでそういうことがあるところで、さすがに気が弱ったよ。この部屋探しだって、つい泣いてしまったこともあったの。やってる人たちは、軽い気持ちだったのかもしれないけど、相談相手もいなくて、何か悪いことをしたわけでもないのに嫌がらせを受けるというのは、こんな年になってあるとは思っても無かった。それで超常現象が追い打ちをかけるんだもの、ぜんぜんシャレにならないし、憎しみすら覚えて、自分の友達も信用できなくて、それでも東京に帰ってきなよって言ってくれた友達のおかげで、部屋探しできてるの」

不動産屋は、ウーが出会った不条理がどんなものだったかわかっている様子だった。
「信用できなくなることが心を弱らせるんですね。僕にも心当たりがあります。前の仕事で悩んで転職して、本当に良かったのか自信が無かったんですよね。真剣に悩んでいました。心ここにあらずという状態だから幽霊が近づくんでしょう?」

「幽霊も電気なのよ。すごく弱い電気質で、塩はけっこう効き目がある。鏡とか、家電製品とか、電磁波が生じる近くに出ることが多いのかなって、お墓とかで出る幽霊も、出る場所の電磁波が異常な数値じゃないのかなって思ってるんだ」

「ウーさん、この物件はどうします?古いので怖いですか」
「ううん、部屋も広くて便利なので、少し考えさせて」
「じゃあ、会社に戻って契約書をお渡しします」
ウーは、秘密の不動産屋の物件を見たいので、何とか契約を引き延ばしたかった。
「来週まで返事待ってもらえますか」
「できれば子供もまた生まれるので、契約してほしいというのが本音です」
こんな話をしているが、祖師谷に来てから重力が重すぎて足が動かないウーだった。
ウルトラマンの体重って、確かすごく重たかったよな……。

土地の値段と重力が比例しているというよりも、ウルトラマン率じゃないのかなとウーは重い足を引きずって考えていた。
「ウーさん、僕もすごく足が痛いです。久しぶりに歩いたせいだと言い聞かせていますが……」
「うん、たぶん祖師谷は重力がすごく重いよね」
もしかしたら将来すごく土地の値段が上がる場所かもしれない……なんてことを考えてオバケ屋敷に帰った。

 駅に近いと商店街がある。昔は、個人店が多くとても楽しい人情味がある町だったという。
 ところが近年、チェーン店が幅を利かせ、すっかりどこかで見た町と同じような街になってしまったと嘆く人に出会った。確かに他の町で見かけたお店で埋めつくされようとしている。しかし、物件がある場所まで商店街を歩くと、個人店が元気よく惣菜を売っている。
 「わー、おいしそう」

 どうも、この町は、ウーの食欲をそそる。特にこの惣菜屋で売っている熟成されたたれがかかった鶏肉や手作りコロッケやメンチカツが「買ってって~」「おいしいよ~」「待ってるよ~」
 ウーはこの町に住んだら、ドーナツとコロッケで生きていけるかもしれないと食費の計算を始めた。
 「ねぇ、コロッケ買ってきてもいい?」
 すたすた歩く不動産屋を呼びとめた。
 「あ、はい、お腹すきましたよね。荷物持ってます。どうぞ買い物してください」
 ウーは不動産屋の分までコロッケを買って、
 「どうぞ」

 と、いうと、
 「私の分まで、すいません、ありがとうございます」
 「歩くとお腹がすくよね」
 「そうですね、駅から10分ぐらいは歩きますね。寄り道しないでひたすら歩けば、5分ぐらいで行くでしょうけども、寄り道しますもんね」
 物件は、古かった。商店街に面していて、風呂場には窓があって、昔の給湯器。
 パソコンが使えない。自分で工事をする物件だった。
 「すぐにパソコンが使えないのは痛いな」
 「でも、工事をすればすぐに使えるようになりますよ」
 「んー、さっさと工事に来てくれるか微妙……埼玉県では1カ月も工事に来なかった」
 「えっ!?」
 「仕事をいくつか棒に振ってしまったせいですごく大変な生活」
 「それはおかしいですよ、1か月も工事できないなんてありえないでしょ」
 「ねぇ、オバケ屋敷ってさ寄ってたかって人間をダメにする屋敷のことだと思うんだよ」
 「……実は、幽霊を見たことがあります」
 不動産屋が意外な過去を話し始めた……。

 意外にも電車案内の不動産屋だった。
 「この辺は道が入り組んで渋滞も多いので電車で移動したほうが物件を多く見れます」
 明るくて軽快な話し方で爽やかな男性。
 一緒に歩くのも不快な感じが無い。
 彼が案内した物件は、渋谷だった。
 小学校のすぐ近くで、レトロおしゃれなジャズ喫茶がある。
 大人の町と小学生とビジネス街が住所の一角に凝縮された不思議な東京。
 紹介された部屋は、全室リフォーム中で、
「このマンションを大手の会社が買い取りまして、内装工事をしています。終わっている部屋もありますのでご覧いただけますよ。きっと気に入ると思います」
 

 何から何まで最新に取り変えている。キッチンはシステムキッチンで、料理教室もできそうな、ひとり暮らしでこのキッチンを気にいる人はきっと、仕事でも料理を作っている人に違いないと思った。クローゼットは1つしかないので、ワンルームのフローリングにはみ出す荷物の量がウーの決断力を鈍らせた。

 料理の腕を育てようと思っていたウーは、このキッチンをとても気に入ったのに、ベッドを置いたらソファが置けない。ダイニングテーブルは、キッチンのカウンターで代用できるけど……。
 不動産屋の男は、自信満々だ。きっとウーがこの部屋を気にいると知っている様子だった。
 ウーは恐る恐る、
 「このほかにも物件、ありますか?」
 「天窓から星が見える部屋もありますよ」
 「みたい」
 その部屋はまだ改装中だった。でも天窓から眩しいほど太陽が照りつけている。
 「天窓って、冬はあたたかそうですけど、夏は暑くて焦げ死ぬんじゃ・・・・・」
 「ハハハ、はい、おっしゃる通りです。なのであちらの部屋を紹介しました」
 「たぶん、私、ここに決めると思います。でも、気がかりな点があって、荷物がはみ出してしまうような……」
 「それじゃ、もう一軒、ご紹介しましょうか。すごく部屋が大きくて、6畳、8畳の2DKの物件です」
 「お願いします」
 すると、
 「電車で移動します。少しここからだと遠いですけど、今日お時間大丈夫ですか?」
 「はい、気合十分です」
 「祖師谷と言う場所はご存知ですか?」
 「全然知りません」
 「まあ、行ってみましょう」
 ウーは全く祖師谷という地名を知らなかった。
 電車に乗っている時間が長いので不動産屋と話をする時間があった。
 「今の会社には、転職で」
 「へぇ、転職! じゃ、前の会社は?」
 「○○○ー○」
 「あ、仕事をしたことがあります」
 「そうですか」
 「どうしてやめたの?」
 「仕事が夜遅くまであるので、子供も生まれてパパらしい時間を持ちたいと思いまして」
 「今の会社はどう?」
 「チラシを会社の外で配ることもあるので、やったことが無い仕事というのがおもしろい面もあります」
 「わかる気がする」
 というような話をしながら、祖師谷についた。
 駅前にはウルトラマンが立っていた。
 ウーは、この町も好きかもしれないという予感が、お神輿担いでわっしょいわっしょいとはしゃいでいた。

 不動産屋は関係ない場所には全然立ち寄らないけど、駅前にあったドーナツ屋を素早くチェックしたウーは、
 (この不動産屋をとっととまいて、ドーナツ買ってかえろっと)
 ドーナツは、ウサギやパンダの顔になっている可愛いドーナッツだったんだもん。
 

 家に帰るとウーは、シャワーを浴びた。重力の異常のせいで家に帰ると足が重く、足の指から突っ張ってしまう。
 入居時の漏電騒ぎは収まったが、まだまだウーを攻撃するオバケの動きは活発だった。
 窓は全部閉めているというのに、なぜか部屋に蝉がいる。
 ジジジジジ・・・・・・・と鳴いてときどきゴキブリみたいに飛ぶ。
 ううううううう……。唸り声をあげ、蝉と格闘するウー。
 クイックルワイパーで掃き出す作戦を思いついた。
 ジジジジ、ジジ、ジジジジジビビビビビビ大泣きして蝉はバルコニーに掃き出された。

 ふう、やれやれ……。いつもの席に座るとブ~ン、
 今度は部屋の明かりをめがけカナブンが飛んでいる。
 どこかの窓があいているのかしら……。

 ところがどこも開いていないのである。
 出かけるときに戸締りをしていったのだから開いているわけがなかろ、うんうん意外と几帳面なウーは、オバケとの戦いでとにかく戸締りだけは完ぺきにしていた。
 
 しかし、カナブンが飛んでいる。
 
 カナブンが飛び疲れて止まったところを捕まえ、バルコニーに出してやった。

 はぁ~、なんだろね、最初はショウジョウバエが突然あらわれて鼻くそになったけど、最近じゃ、昆虫も大きくなって……。

 箪笥の隅に梅干しぐらいの大きさの黒い塊があった。
 
 どこからどう見てもウンコだ。
 
 部屋に突如現れるウンコも大きくなってきた。


 オバケの怖さは、こんなものではなかった。
 ウンコを片付け、いつもの席に座ると、今朝置いていったメモ紙が見当たらない。
 メモ紙にはネットショップや会員サイトのパスワードが書いてあった。
 この部屋に留守の間に誰かが侵入したのかな……。

 なんのために?

 実は、このマンションに来る前に住んでいた場所でも同じようなことがあった。
 引越してきたその日、マンションに備え付けの食器棚にブルーベリーが入っていたのだ。前の住人が残していったものかとも考えた。
 引越しを手伝ったお母さんの仕業かも知れないと聞いてみたが、お母さんが大爆笑。
 「私じゃない、私じゃない、あははははは、ブルーベリー?あははははは」
 「なんでそんなに笑うのよ?」
 「だって、ブルーベリーが出てきたんでしょ」
 なんだか意味がさっぱり分からない。

 ひとり暮らしを始めると、ある会社で仕事を終え帰ってきたら、洗濯物を畳んだ上に茶色のハンドタオルが乗っていた。
 ウーの持ち物ではない謎のハンドタオルがなぜ下着を畳んでおいてあったよりにもよってこの場所にあるのか?
 
 ストーカーか泥棒か……。

 すぐに警察を呼んで、ウーは犯人がいるのか、突然タオルが現れたのかはっきりさせようとしたこともあった。


 オバケ屋敷に来て、あれは突然現れたものかもしれないと思い始めている自分がいることにウーは、

 常識、常識、地球の常識、ここはバミューダトライアングルかっ!?


 だんだん頭や常識がおかしくなりそうな出来事で、ウーの精神は限界だった。
 
 「絶対引っ越す!」

 パスワードを書いたメモ紙が消えたウーは、いくつかのサイトやネットショップに入れなくなった。今日の被害はまだ少ないほうさ。空からオタマジャクシが降ってきた県はどこだったっけ?

 カレンダーに不動産屋と会う時間を書きこんでウーは、くたびれたおし、いつの間にかソファで眠っていた。

 ウーは目黒駅の近くにある不動産屋と秘密の不動産屋の2か所で物件を探し始めた。目黒駅近くの不動産屋は、
 「今日はもう遅いので、明日、もう一度来ていただけますか。条件に合う物件をご紹介します」
 バリっとしたスーツ姿の緊張感がある男性二人が対応してくれた。
 「よろしくお願いしますっていうか、物件、有りそうですか?」
 「あると思いますよ。場所的になかなか面白いところです」
 ではまた明日、ということで不動産屋を出ると、ウーは牛タンが食べたくなった。
 目黒駅の近くにはウーの友達が勤めている。電話をしてみると、
 「ごめん、まだ仕事が終わりそうもないのよ、近くにいるの?残念だけど、部屋探ししてる?東京に帰ってくるんだね。わかった、また今度おいでよ」
 ウーは食事を一人で食べることに慣れている。牛タン屋があるのを発見して、とっとと店に入った。

 
 ところが、出来上がった牛タンをなかなか運んでこないお店の従業員。めちゃくちゃ混んでいるならわかるけど、
 「お待ちどうさまです」
 ウーのテーブルに来た時には、ぬるくなっていた。
 ウーは思った。値段の中に、「温かさ」は加味されているんじゃないかな。外食する時の値段って、どこまでが値段なんだ?
 クレームを言うまでではないけど、なんだか損した気分だ。
 ウーが店を出ると、ちょうど秘密の不動産屋から電話がきた。
 「今日の物件、どうでした?」
 ウーは正直な気持ちを話した。が、もし、牛タンがとてもおいしかったら答え方も全然違っていたかもしれない。人間って、あれとこれは全然関係ない出来事なのに、すっかり機嫌が曲がったウーは、
 「あのさ、駅から遠いし、ジャングルみたいな物件だったよ。それに、あっちの方面には住みたくないの。できれば、もう少し楽しい場所にある物件がいですけど!」
 強い口調で言い放った。秘密の不動産屋は、
 「それなら最初に行ってくれればよかったと思いますが。わかりました。今週末にはそろえて必ずお会いしましょう」
 秘密の不動産屋は、ウーが強く言っても全然ひるまなかった。ウーはこの不動産屋に会うのがなんだかイヤだと思った。全然気が合いそうにない不動産屋……。

 明日、見つけちゃうからいいもんね~
 ウーはペロッと舌を出して家に帰った。
「もしもし、○●不動産の紹介でこちらに電話しています」
秘密の不動産屋はたくましかった。
ウーがあまり行きたい方向ではない不動産をお勧めされ、行くだけ行ってみようと言う話になった。というのもこの不動産屋、今までの不動産屋と反対方向の物件を紹介するのであった。
「では、明後日、新宿駅で待ち合わせしましょう」

朝起きると、土砂降りだった。お化け屋敷的に、秘密の不動産屋は会ってはならない相手のようであった。というのも、昨日の天気は異常だった。機械仕掛けで手動なのかと思うほど、嫌がらせをしてきた。

ウーが住んでいるマンションは、出入り口が2か所あった。
正面玄関と裏ぐちである。

正面玄関から出ると突然、大粒の雨が降ってきた。傘を取りに部屋に戻って裏口から出ると晴れた。こんなことはときどきあったが、この日の雨はなんだかウーを見張っているような感覚があったので、裏口からいったん出たが、また戻って正面玄関から出た。思った通り正面玄関から出ると大粒の雨が降り出した。
 「ふざけやがって!」
ウーは裏口に戻る。すると、雨がぱたっと止むのであった。こんな自在に個人を目標にして天気を変えられることがあるのか、宇宙人を相手に戦っているような気がしてきた。

 ウーは、裏口から出ると、駅の近くにあるモスバーガーまで行った。雨が降ったりやんだりしながら傘を閉じたり開いたりしながらたどり着いた。

まさか、次の日も雨でしかも土砂降りになるとは考えてもいなかった。
秘密の不動産屋は、この町にとってまねかざる人物だと感じるには十分だとウーは思った。
待ち合わせ先には、現れなかったのである。
「すいません、どうしても外せない用事が出来たのでひとりで行ってもらえますか。住所はスマホに送ったのでわかりますよね」
ウーの場合は天気に阻まれようとしていたが、相手の不動産屋も何かに阻まれたようだ。

住所自体はわかりやすい。が、たどり着けずに、土砂降りの中をぐるぐる歩いた。どうしてももらった住所が見つからないのだ。ウーは、この近くに住んでいる友人に電話をした。
「この住所なんだけどさ、近いよね、どんな場所かわかる?」
「あー、まあまあ高級住宅地よ」
「ぜんぜんたどり着けないのよ」
「んーと、学校の真裏になるね。わかりやすい住所なのに変だね」
どうやらちゃんと物件の建物はこの世に存在していることが分かった。
するとどうだろう。友人と話し終えたら、晴れた。

雲間から青空も顔を見せた。

もう一度、物件を目指すとすんなりたどり着けたのである。
ところが、この物件はジャングルのように鬱蒼と木が生い茂り、見るからにお化け屋敷の入り口のような作りだった。不動産屋は中を見れるように配慮してくれたが、とても恐ろしげな入口に臆してウーは珍しく物件を見ないで帰った。


その足で、別の不動産屋に向かい、条件を申し込んだ。
背が高い不動産屋が生まれ育った町の名前を書いて……。


秘密の不動産屋と二股だけど、

秘密の不動産屋、なんだか先行き怖い予感なんだもん。

 レディースマンションがある町に着いたのは、まだ夕方17時だった。正確には16時30分前後に電車が到着した。約束の時間までまだ余裕があるので、ホームのベンチでコーラを飲んだ。スマホでこの町のグルメや施設を下調べして、夕食を食べて時間を過ごすことに決めた。
 (ええと、この町でおいしいお店は……、魚定食の……、ん?極端にお店が少ないような……)
 駅の外に出ると、ウーが思った通り、店がほとんどない街だった。スーパーが1軒、その近くに小さな居酒屋が3軒並んでいる。どれもお客さんがいっぱいだった。大きな道路の向かい側にファミリーレストランがある。検索で出てきた魚屋にも行ってみた。会社帰りの人の行列が並んでいた。
 

 ウーはこんな街は初めてだった。都内でこんなに店が少ない場所があることが不思議だった。たぶん、道幅が新宿ぐらい大きいのに、高層ビルが無い街のつくりが、お店が少なく見える原因だと思った。ウーは行列に並ぶのは嫌だった。ファミリーレストランで過ごすことにした。

 スーパーに立ち寄って、どんなものが売っているかチェックもした。東京の物価は、土地の価格や住民の所得の平均と関係がある。
 「この町は、あまり人に知られていない分、人気の町ベスト10とか雑誌の特集にはならないような気がする。ということは物価は安いはず……」
 ところが、離れ小島のように妙に高い気が……。スーパーが1軒しかないので、不便な場所も物価が高くなる傾向がある。
背が高い不動産屋が言っていた重力の変化もウーは、
 「そういえば、麻布にいた時とここに来た時の重力、違う。んー、不動産屋が行っているのと逆なんだけど、重力が重くなるべき場所のほうが、私、体が軽いわ」
 足の裏と足首が痛む。レストランで靴を脱ぎ、足をぶらぶらさせて血流を促した。不動産屋に電話して、
 「もう着いちゃったんですけど、中、見れます?」
 「それが、そのマンションは、まだ空室がなくて住んでいます」
 「えっ?さっきと言っていることがちがいませんか?」
 「さっきも言いましたよ。あの物件は来月になれば空室が2件あってって言いました。ウーさん、もしよかったら、別の不動産屋を紹介します。特別な不動産屋です」
 「えっ? 特別?」
 「はい、この不動産屋は特別なルートで物件を確保している同業者からの注文を請け負う不動産屋です。僕たちの検索に登らない秘密の物件を持っています」
 ウーは秘密の不動産屋の電話番号を聞いた。
 せっかくここまできて無駄足になったお詫びだと言っていたけど、秘密の不動産屋という響きに都会の深淵を垣間見た気がした。

 ウーは、ファミレスを出ると、レディースマンションがある住所まで行ってみることにした。
 さっきのスーパーの脇道から住宅地へ向かう道路。コンビニがあった。思っていたよりも不便じゃなさそうだった。保育園、カフェ、託児所、焼き肉、蕎麦屋……。駅から帰る途中に必要なものがそろうようにできている。ペットのトリミングのお店から、小さな犬を連れた女性が出てきた。レディースマンションへ入って行った。
 

 あ、カードキーだ。
 すごくオシャレで、西洋の歴史ある美術館のような外観。女性がマンションに行ったおかげで扉が開く瞬間に中の様子が少し見えた。花が飾ってあるのが見えた。照明もデコラティブで、女性を意識したデザインだった。
 ウーはこのマンションで犬を飼っている自分を想像した。
 仕事、きっと夜関係の人が多そうだな……。どこかの会社の社長も住んでるって不動産屋は言ってたけど、隠れ家のような雰囲気もあるし、もし中が見れたら、きっとこの物件に決める。
 でも、ウーは不動産が言った日まで待てなかった。それじゃ、来月分の家賃が発生して、ウーは引越しができなくなるからだった。

 家に帰って、はぁ~とため息がでた。
 秘密の不動産屋か……。明日電話してみるか。