ヒュッゲなひとときに、血とスリルのエンタメを | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。



北欧ミステリはスリルも謎解きもあって楽しいのだが、血腥い話が多いような気がする。バイキングの荒ぶる血が現代のスリラー作家たちにそうさせるのか(なんて書くと差別だとか言われそう・・・)、スカンジナビア半島には個性的なシリアルキラーが跋扈する。デンマークに現れたのは「チェスナットマン」。本作は2020年バリー賞新人賞を受賞した。



コペンハーゲンの美しい紅葉に囲まれた秋の運動場で、片手を切断された若い母親の遺体が発見される。被害者はシングルマザーで、婚約中の恋人と同居しているごく普通の女性だった。現場には犯人の痕跡がなにもなく、手がかりはほぼ皆無だが、ただひとつ、遺体のそばに栗の実で作られた小さな人形“チェスナットマン”が残されていた。その人形からは、一年前に誘拐され、バラバラに遺棄された少女クリスティーネの指紋が検出される。少女の母親ローサ・ハートンが現職大臣だったことから警察の威信をかけた捜査が行なわれ、逮捕された男は殺害を自供、有罪判決を受け、精神病棟に収監されていた。
そして、休職していたローサが大臣に復職した頃から殺人が起こり、彼女を人殺しと糾弾する脅迫と嫌がらせがはじまる。過去の事件と現在の事件には繋がりがあるのか? 犯人の目的は何なのか? そしてクリスティーネはまだ生きているのか? 手がかりの少ない状況、政治的な思惑がからみなかなか前に進まない捜査を嘲笑うかのように犯人は子持ちの母親を殺し続け、刑事まで殺し、栗人形を置いていく。


事件を捜査するのは、コペンハーゲン警察重大犯罪課の男女のペア。トゥリーンは、幼い娘と暮らすシングルマザー。頭は切れるが、古い考えかたの上司や同僚に煙たがられる。そんな職場に嫌気がさし、花形のサイバー犯罪課への転属を願っている。相棒のヘスは、優秀だがユーロポールの上司の不好を買い、古巣に出戻ってきた捜査官。ユーロポールに返り咲く事しか考えていない。最初からまったく反りが合わない二人だが、ぶつかりながら事件解決を目指す。


600ページ近くあるが、スルスルと素麺を啜るように読めてしまう。テレビ脚本家だからか、場面転換やツカミが抜群に上手い。ジェフリー・ディーヴァーの太鼓判も納得。メインの猟奇殺人事件とサブの新たな誘拐事件が巧みにからみ、事件がモヤモヤっとした幕切れになるのだが、トゥリーンとヘスがそれぞれ独自に新たな手がかりを発見、捜査を単独で再開し、意外な犯人へ迫っていく件は、畳み掛けるような展開でワクワクする。特に栗の種類の手がかりは上手いと思った。終盤の無慈悲な仕打ちとアクションもいい。北欧ミステリの雄ジョー・ネスボの『スノーマン』を彷彿とさせる。


ドラマ『キリング』の脚本を手掛けたセーアン・スヴァイストロプの作家としてのこれからの活躍が楽しみだ。Netflixでドラマの方もエピソード6で完結している。