夢売るふたり、夢かう独り | 読んだらすぐに忘れる

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。



東京創元社から長編が二冊でているコリン・ワトソン。あまり話題にならず、あっという間に忘れ去れた感じがする。『愚者たちの棺』の解説で海外ミステリ研究家の森英俊さんは、ワトソンという作家は英国ファルスミステリの分野においてエドマンド・クリスピンとR・D・ウィングフィールドをつなぐミッシング・リンクだと指摘している。確かに二冊とも読んだが、人をおちょくるような結末で楽しませる。個人的には女衒や硫酸風呂といったお下劣なネタでジョイス・ポーターをイメージした。(パーブライト警部はドーヴァー警部のようなアクの強い人物ではないけど)


創元推理文庫では「フラックスボロー」になっているが、論創社では「フラックス・バラ」になっている。“borough”は市や町を表す古語であり、古くからある「自治都市」を表している。「エジンバラ」を「エジンボロー」と言わないから、確かに「フラックス・バラ」がいいね。


架空の町フラックス・バラを舞台にヘンテコな事件の数々をパーブライト警部たちが捜査するシリーズは全部で十二作品ある。シリーズ四作目の『ロンリーハート・4122』は森英俊さんがワトソンの最高傑作と褒める逸品だ。シリーズのもう一人のキーパーソン、ミス・ティータイムが初登場する作品でもある。


フラックス・バラで独身の中年女性が二人、貯金をおろしたり、資産を売って失踪する事件が発生する。パーブライト警部は失踪した女性の家で結婚相談所<ハンドクラスプ・クラブ>への小切手控えと結婚を約束する男性からの手紙を見つける。女性は結婚相談所の会員となり、ある男性とお付き合いしようと文通をしていたと思われる。そして、もう一人の失踪した女性も結婚相談所で知りあった男性と結婚する話を友人にしていた。ふたりの付き合っていた男は同一人物ではないか? そして金を騙し取られた挙げ句始末されたのでは? 謎の男を追いパーブライト警部たちは、結婚相談所<ハンドクラスプ・クラブ>を訪れ、数名の男性会員の名前を手に入れる。


一方で、フラックス・バラに一人の女性がロンドンからやってくる。ルシーラ・ティータイムは、新聞で<ハンドクラスプ・クラブ>の広告を見つけ、結婚相談所の門を叩き、男性会員の一人「ロンリーハート4122」と文通を始め、デートを始めるようになる。甘美な未来と薔薇色のロマンスを夢見るふたり。話はトントン拍子に進む。


パーブライト警部はミス・ティータイムが次のターゲットになるのではないかと考え、秘密裏に彼女を泳がせ犯人にたどり着こうと画策するのだが、事件は警部もロンリーハート4122も予期せぬ方向に転がっていく。


事件らしい事件があるのかどうかわからないまま、物語はあっという間に肥溜め(いやこれマジで)に向かってドボンだ。正直なところ何が「高度な技法」なのかは分からない。4桁と3桁の違いなどは標準的な伏線だし・・・。もしかしたら原文のニュアンスが絶妙なのかもしれない(訳者が点線つけている箇所とかかな?)。かなり悪辣な詐欺で、おそらく肥溜めに死体があるのかなと思うと陰惨な事件だ。しかし、それを一転させるのがミス・ティータイムだ。50歳過ぎて、白髪で身のこなしにキレよいこの女傑は、どうやらコンフィデンスマンのようなので、今回の犯人をおちょくるためにフラックス・バラに来たのかな・・・と思ったりもする。


翻訳の機会があるとすれば、これまたおバカな匂いが漂う『The Flaxborough Crab(フラックスバラの蟹)』を読んでみたい。論創社に期待しよう。