ローズマリーの芳香が消し飛ぶ激臭HONKAKU | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。


御手洗潔シリーズの新作。本屋で見かけて懐かしくなったので、久しぶりに手にとってみた。



世界中で人気を博すバレリーナ、フランチェスカ・クレスパン。強制収容で生まれ、旧ソ連、東ドイツで苦しい生活を送った後、西側に亡命。類まれなるバレーの技量と世界有数の大富豪に見初められたことで、世界的に認知されどん底から大成功する。しかし、彼女はニューヨークで波乱に満ちた生涯を終える。
1977年10月、ニューヨークの地上50階の高層ビルにある劇場デシマルシアターで上演された「スカボロゥの祭り」でプリマを務めていたクレスパンは、二幕と三幕の間の休憩時間の最中、専用の控室で撲殺される。
控室の廊下にはガードマンがいて、クレスパン以外に出入りしたものはいないと証言。控室に隠し通路はなく、窓ははめ殺しで高層ビルの外から侵入することも考えられないので密室殺人の様相を呈する。
さらに不可解な事が明らかになる。
検死の結果、クレスパンは即死だったと断定されるのだが、ダンサー、指揮者、演出家、スタッフ、観客たちは彼女が三幕以降も舞台に立ち、最後まで踊り続けていたと言う。
不可能な状況に頭を抱えるニューヨーク市警は廊下にいたガードマンが嘘をついていると決め、逮捕する。しかし、彼は逮捕後も頑なに証言を変えなかった。
そして事件から20年後、ストックホルムにいる御手洗潔は友人のジャーナリスト、シュタインオルト からクレスパン事件の話を聞き、謎解きに挑むことになる。


正直、内容に既視感はある。新味は感じない。が、こういう大作を御年74歳で書けるのが凄い。
岡嶋二人『そして扉が閉ざされた』の解説のためにシマソーが書いた「本格探偵小説論」で、「本格ミステリー」と「本格推理」のアプローチの違いを説明するため例として挙げた「死んでも踊り続けるバレリーナ」という謎が元ネタになっている。
その例題に密室トリックやあれこれを追加して膨らませたのが本書だ。
シマソーはトリックが豪快な「絵」になる作品が多いが、本書もやはり豪快だ。同じくニューヨークを舞台にした『摩天楼が怪人』の「ライオン通り」と似ている。ちなみに『摩天楼が怪人』の単行本にはご丁寧に綺麗な挿絵を挟んでくれていたが、本書にも挿絵が欲しかった。



「死んでも踊り続けるバレリーナ」のネタ自体は300ページくらいの長編ミステリ向けのように思うが、作中のファンタジー作品「スカボロゥの祭り」、本筋とは直接関係ないニューヨークで起きた強盗事件と不思議な事件のエピソードなどぶち込んで、いつも通りコテコテにデコレーションするから倍以上の長さになっている。
しかし、物語に引込む力があるのは流石で、長さはあまり気にならなかった。



逆に気になったのは、シマソー特有の「鼻につく」文明論とか文化論が、むかしに比べてさらにきつくなっていること。はっきり言えばローズマリー香りが消し飛ぶ異臭だ。
日ユ同祖論、ディープステートがコロナウィルスを遺伝子操作した兵器をつくったり、ウクライナ戦争をひきおこそうとしているなど陰謀論をからめてくる。そして犯人がディープステイトの構成員の一人で、名探偵、御手洗によって退治される構図。
おとぎ話とはいえ、なんともはや・・・。それも含めてシマソーの味なんだろうが、ちょっと辟易する。アメリカ大統領選挙時のシマソーのコメントが話題になっていたが、ちょっとコンスピラシー沼にハマりすぎじゃーあーりません