緑煙色の研究 | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。


作家で脚本家のアンソニー・ホロヴィッツが再びダニエル・ホーソーンとともに殺人事件の謎解きに挑む。



リチャード・プライスという著名な離婚専門弁護士が日曜の夜、自宅で何者かに殺害される。凶器は高級ワインのボトルで、頭をかち割られた後に、割れた瓶の破片で二度突き刺される。単純な殺人事件のように見えるのだが、血とワインにむせ返る現場の白い壁には、事件当時内装用に置かれていた緑のペンキで、犯人が書いたと思しき「182」という謎の数字が残されていた。わざわざメッセージを残した意図は何なのか? 不可解で、謎めいた殺人事件にはホーソーンが投入される。そして、彼の本を書くことを出版社と契約してしまったホロヴィッツさんもいやいや駆り出されることになる。



事件関係者や被害者の身辺を捜査しはじめると、殺害動機となりそうな人間ドラマが次々と浮上してくる。過去や現在にまつわる金銭、名誉、痴情、怨恨から誰も彼もが怪しく見えてくるのだが、作者は巧みに事件解決の手がかりを置いていく。一件無関係に見えるようなシーンや古典ミステリに対する愛着にも事件解決へのヒントが隠されている。ちょっとした言動や物証から隠された心の機微を解いていく作者の手腕は、本作でも十分に発揮されている。

例えば、軋轢事故で死ぬ男性が買った低俗エンタメ本からホーソーンが男の心情を読み解く場面などは感心する。犯人の意外性も良かったが、個人的には補遺に付された手紙の身勝手で悪意のある内容が印象的だった。一方で家族の身を案じているのに、もう一方で自分の不幸を呪うあまり周りの人間まで引きずり込んでやろうとする悪意が強烈だ。その結果、書き手の想像を超えた最悪の形で事が成就される。この手紙を書いた人物こそ事件の「真犯人」と言えるではないか。某有名古典ミステリにも通じる見事な設定だと思う。



今回もホロヴィッツさんは踏んだり蹴ったりな目にあう。ホーソーンを忌み嫌う威圧的な女性警部に内緒で情報をよこせと嫌がらせを受け苦しめられるし、自信ありの謎解きは大ハズレの上にホーソーンに利用され自尊心を傷つけられるし、最後には事件解決の場で前作同様に死にそうな目に合う。それでもホロヴィッツさんは、ホーソーンと一緒に行動せずにはいられない。ホロヴィッツさんも読者も殺人事件の謎と同じようにダニエル・ホーソーンという謎の男に魅了されてしまう。果たしてシリーズが進むうちに解明されるのか? 次回作への期待も膨らむ。



謎解きに力を入れていたイギリスミステリ作家たちが次々と物故していく中でホロヴィッツさんには伝統芸能の担い手として、これからも頑張って欲しいところ。でもこの人も六〇代後半なんだな。若く見えるけど。