久しぶりに その二 | 読んだらすぐに忘れる

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。


死の相続

『死の相続』 セオドア・ロスコー

評価:☆☆☆

 パルプ作家の「本格物」(それとも「もどき」というべきか)というのは意外性を狙うあまり、物語の整合性を無視することがある。それはそれで面白いのだが、やはり謎解きミステリはすべての伏線が回収され、きっちり整合性があってナンボだと思う。『死の相続』はそんなぶっ飛んだパルプの良さとしっかりした謎解きを融合させた名作である。

 ハイチの山荘に集められた遺産相続人が次々と殺されるというオーソドックスなスタイルなのだが、その殺される数が七人。しかも途中でハメットを想像させる血みどろの銃撃戦、ハイチの盗賊どもが蜂起すると思ったら、ゾンビが墓からむっくりと起き上がるとくれば、もう並みの本格ミステリは太刀打ちできません。日本にも『生首殺人事件』というトンデモ作品があるが、面白さは断然『死の相続』の方が上である。犯人を考える暇なんか与えてくれない怒涛の展開、トンデモなさ、現代でいえばマイケル・スレイドのような作風なのであるが、1935年の作品だというのは驚きである。

またロスコーの本格ミステリのセンスの良さにも驚きである。ビリヤードの玉が出てきた時点で漠然と鮎川哲也を思い浮かべていたら、本当にアレをやっていたのですからねぇ。素晴らしい。



不自然な死体  ナイチンゲールの屍衣  黒い塔


『不自然な死体』

『ナイチンゲールの屍衣』

『黒い塔』 P・D・ジェイムズ

総合評価:☆☆☆☆

 今最もお気に入りの作家がP・D・ジェイムズである。昔はあまり好きでなかったが、慣れるとこれほど面白い作家もない。彼女の作品を猛プッシュしていた瀬戸川猛資の評論もようやく理解できるようになった。

『不自然な死』は明らかにセイヤーズを意識した作品である。田舎に訪れた名探偵が不可解な事件の謎を解く。トリックもクライマックスも『ナイン・テイラーズ』を彷彿とさせる。手首を切断した理由も優れている。魅力的なダルグリッシュの叔母ジェインも登場する。ところが、この叔母さん『策謀と欲望』では亡くなってしまうのである。残念。

『ナイチンゲールの屍衣』は著者の十八番、病院物。冒頭の看護婦殺害シーンはゾッとさせられる。その場で生体を解剖するんだから……。看護婦養成所に渦巻く愛憎を丹念に描き出した大作で、それなりに面白いが普通のミステリである。普通というのはダルグリッシュと対決する犯人があまりにも、ちんけだから迫力に欠けるのである。やはり犯人はふてぶてしく、憎たらしく、最後の最後まであがいてくれないと……。

『黒い塔』この作品はまず物語がどこに向かっているのかが分からない。不治の病に冒された患者たちが住むトイントン・グレンジで続発する不可解な死。刑事を辞める覚悟で骨休めの休暇にきたダルグリッシュはこの犯罪かどうかもわからない事件の背後に黒い影を感じていた。積み上げられた描写がクライマックスで輝きだす。ダルグリッシュの誤診も「ここで活かされるのかぁ」と非常に感心した。犯人のふてぶてしさもグッド。また、現実離れした土地で起こる実に現実的な事件、タイトルが「黒」だけど動機は「白」というコントラストも印象的。人間にとって「死」とは何か? ダルグリッシュ、患者たち、犯人の姿を通していろいろと見せてくれる。細部の細部まで楽しめる名作である。


密室と奇蹟

『密室と奇蹟 J・D・カー生誕百年記念アンソロジー』

評価:☆☆☆☆

 よく出来たアンソロジーである。作者の選定、作品の順番、作風のバランスなど、アンソロジーとしての企画意図が明確で分かりやすい。こういうアンソロジーが出来るのもディクスン・カーという作家の多様な側面のおかげなのでしょう。全部面白い。ただ最後のあの二編の打順には明らかに政治的な配慮が見られて……それはそれで楽しいかな? 私はこの順番を逆にした方が締りが良いように思うのだが……。

 もう一つ言えば、あの作家は相変わらず「謙虚」でないねぇ。解題読むと自分の着眼点と工夫を自慢しているみたいで……。そういえば、植草甚一に「これほど謙虚な作家は知らない」と言わしめたP・D・ジェイムズの作品をこの作家は嫌いと言ってたっけ。