「国境」の秘密
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類似本が多いな。
★★
アメリカ人弁護士が見た裁判員制度
![]() | アメリカ人弁護士が見た裁判員制度 (平凡社新書) コリン・P. A. ジョーンズ 平凡社 2008-11-15 売り上げランキング : 101945 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
タイトル通りの話だが、著者はこれを日本語で書いたのか。あとがきで記されている通り、編集部のまとめが入った様だが、NY州とグアム準州の弁護士で、現在は同志社法科大学院教授とのこと。法科大学院には非漢字圏の外国人も多く入学したらしいが、初年度の成績はどうだったんだろう。ということで、こちらは先生なので、日本の司法制度の問題点を指摘するのが役目。本人は大分、気にしている様だが、それほど日本の制度に対する批判とはなっていない。鳩山(弟)かなんかが、「外人は命の重みを理解していないから、死刑に反対する」とか言ったことがえらく引っかかった様で、そういう「文化的偏見」に基づく法処理に反対する立場である様だ。もっとも、アメリカの様な国で法律に携わると、そうした面には敏感になろう。そこで、日本人の文化的特徴に根ざしているといった指摘には慎重になっている様に感じた。ちょっと気になったのは、アメリカの裁判が度々下す「変な評決」についてだが、これは法律的に意味があるものでもなく、ユーモアを狙ったものではなく、検察や被告、弁護士に対するメッセージなのだという。裁判の多くが司法取引で決着が付くアメリカの裁判において、これは陪審の「温情判決」でもあるらしい。その意味では、日本の「情状酌量」に近いものなのだろうが、日本の裁判員にとっての「利益の所在」は被告にあるのか、原告にあるのか、裁判による納税者負担の軽減にあるのか、はては自己満足にあるのか、はっきりしない。結局、右へ倣え式が横行するのではなかろうか。
★★
朝鮮総連
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総連モノ新書は過去に金賛汀が新潮から出したのがあるが、こちらも金と同じ朝大卒の著者。金は政治思想よりルポ調を基本としている「ライター」であるが、現在「コリア国際研究所所長」というこの著者の方が「転向色」が強い。その分、民族情緒が抜けきれない金に対して、この朴斗鎮という人の総連批判は徹底かつ具体的である。日本の北朝鮮専門家に「なぜ総連の研究をしないのですか」と尋ねたら、「あそこは聖域だから」と答えたそうだが、この「北朝鮮専門家」とはWのことかな。まあWに限らず、幾ら「親北」でも、幾ら「反北」でも日本人に総連研究は無理だということは、この新書を一読すれば分かる。総連が何の法人格も持たない団体である以上、その史料蒐集するままならない。体系的な研究をするには、その内部の証言を集めその裏づけをとっていくしかないだろう。いきおいその内部にいた者だけが「目撃者」として「総連」の実態を解き明かす鍵となるのだが、かつて、内部告発者を「裏切り者、国情院のスパイ」として社会的にも肉体的にも抹殺できた勢いは総連にはもはやない。ともすれば、そのこと自体が百花斉放の如く総連批判を勢いづかせ、逆説的に「証言」の信頼性を損なわせる事態になる可能性もあるのだが、現時点ではまだまだ「貴重な証言」には変わりはない。著者は日本の高校から朝大に進み朝大教員を務めていたとのことで、教育関係の話には臨場感があった。朝大は一般の日本人は校門をくぐることすら許されない。そこで何が教えられているかは、ポチョムキンの授業参観で窺い知れるものではなかろう。朝校に通う生徒は今や一般同胞より、総連関係者の子弟が多いというのも頷ける話だ。著者は自分のこどもを高校から日本の学校に進ませようとしたところ、朝校側で激しく抵抗されたという。何のことはない、「朝鮮人生徒の学ぶ権利を阻害している」のは日本ではなく、総連なのである。特に人権問題を楯にした朝校の運動の欺瞞性を厳しく批判していて、その片棒を担ぐ日本人「進歩派」の無知を嘆いている。「ふくろう部隊」、「土台人」にも言及している。徐勝が日本人拉致問題を葬りたい理由もこの辺である。総連の内部抗争については、そうのうち「内部証言者」が続発することになろう。金正日の死が先になるか、許宗萬の死が先になるかというだけが問題である。
★★★
フィンランド 豊かさのメソッド
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フィンランド教育モノが遂に新書にまで波及か。著者は留学経験者で、現在もフィンランド系企業に勤務しているという。元々、フィンランドが好きだったそうだが、軽い気持ちで応募したフィンランド留学が思いもかけずに、許可が下りたので留学することにしたという。というか、留学を軽い気持ちで応募するのもどうかと思うが、思いもかけないことが起こったというのはどういう了見か。日本人のフィンランド留学など、余程のことがない限り、断られることはないだろう。自分の印象では、大学がある国で、日本人留学生を全く受け入れていない国は北朝鮮くらいかと思うのだが、メジャー国以外に住む人は、どうも「如何に知られてない国」であるか自慢を最初にするのがお約束になっている。それは自分も見に覚えがあることなので、そのこと自体を責める訳ではないのだが、今やフィンランドは知名度ではメジャー国と肩を並べているんではなかろうか。少なくとも出版界ではそうなっている。お陰様で、フィンランド本を色々と読ませてもらって来ているのだが、意外にも、この新書は多数派である「礼賛本」とは一線を画している。この辺は視察組と違って、生活者の視点が入っているからだと思うが、フィンランド人は親切ではないとか、女は明るいが、男はネクラが多いとか、酒飲みばっかりとか、本音の部分が出ていて面白い。反スウェーデン感情が強いというのは意外な気がした。ロシアについては書かれていないが、中国には気を遣って何も言えないが、日本には言いたい放題という韓国の「反日親中事大」主義と同様に、ロシアに対しては事大しているのだろうか。フィンランド企業と日本人ビジネスマンの通訳をサウナで行ったという話も面白い。その「現場写真」っぽいものも掲載されているのだが、紅一点だった著者はこんなこともあろうかと思い水着を用意してきたという。当然、日フィ男性陣は男性自身を披露しながらの商談となったそうだが、なんとも奇妙な感じがしたという。私も欧州のビーチで女性陣が当然の様にトップレスだったことは5分で慣れたが、その中に日本人女性が混ざっているのを発見した時に、どうも落ち着かない気分になったことを思い出した。
★★
誰も知らない中国拉麺之路
![]() | 誰も知らない中国拉麺之路―日本ラーメンの源流を探る (小学館101新書) 坂本 一敏 小学館 2008-12-01 売り上げランキング : 92420 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
遂に最後の大手が満を持しての新書参入か。勝間がトップで、たけし、齋藤孝という間違いところを起用したが、売り上げ的にはどうだったんだろう。第二弾では富坂聰と並んで、二つ中国モノを持ってきたが、その片割れ。著者は近ツリ出身で、早くも1974年に中国担当となった人だという。その後、北京事務所長などを経て退職し、現在は「中国麺類文化研究所」なるものを主宰しているのだとか。その名刺代わりか、「中国麺食い紀行」というのを自費出版したそうだが、この度、めでたく新書デビューと相成った。中国の麺というと、日本のラーメン好きとか、蕎麦好きの様な「ファン」が存在している気配はあまりないし、事実、そうした「ファン」が美味いと思う麺と中国でめぐり合うことはまれだろう。その点、著者は徹底的に「マニア」の視点であり、味より数で勝負している。近ツリの客は屋台なんか行かないんだろうから、仕事とは関係なさそうだが、中国で、ここまで麺に拘る人はそういない。「日本ラーメンの源流を探る」というのが副題だが、「水戸黄門はラーメンを食べなかった」、「天津に天津飯はある。ないのは天津麺」といった定説を覆す真相を明らかにしたりもしている。さすがに、1974年の初訪中の時はラーメンどころではなかったそうで、転機となったのは1984年の蘭州出張だという。蘭州は「拉麺」の本場というイメージがあるが、著者が嵌ったのは牛肉麺。当時の蘭州が未解放都市で、ホテルはドミトリーしかなかったというも時代を感じさせるが、「糧票」がなくても、現金2割増しで麺にありつけたとのこと。福島香織さんが四川大地震の時に、中国人からインスタントラーメンを発明した日本人に感謝するなんて言われたなんてエピソードが入っているが、安藤百福が、油で揚げるチキンラーメン開発のヒントとした麺は台湾にあるのではないかと指摘している。しかし、百福は在台日本人説、台湾人説、はては「在台華僑説」まで色々出ているのだが、著者も決定打を見つけられなかったのだろう。その点については触れていない。仕事とかで、日本人を中国に連れて行くと、人と会うたびに食事だから、毎日、宴会料理みたいになってしまうのだが、豪華なモノが食えて、大いに喜んでもらえているかと思ったら、これが意外と評判が悪かったりする。中小企業のオヤジさんとかには、もうメシはいいから、喫茶店とかにしてくれとか言われるのだが、大都会ですら、そんな気が利いたものは限られた所にしかない。そこで、それではいつもとは変わったものをということで、屋台で麺を食わすと、これが大喜びなのである。スープまで飲み干す日本風食べ方に周囲はギョッとしたりするのだが、麺は日本人の味覚の故郷なのだろうか。その点、麺の故郷である中国で麺を食すということは、味以前に日本人の琴線に触れるものがあるのだろう。
★★★









