新書野郎 -67ページ目

日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命

日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命 (文春新書)日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命 (文春新書)
村沢 義久

文藝春秋 2009-03
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夢物語の様な気もするけど。

代理出産

代理出産―生殖ビジネスと命の尊厳 (集英社新書 492B)代理出産―生殖ビジネスと命の尊厳 (集英社新書 492B)
大野 和基

集英社 2009-05-15
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著者はこの問題をもう20年近くもアメリカで取材してきた人らしい。そこで、ニューヨーク初の代理出産家庭となった一家の話を軸に展開していくのだが、この一家は積極的に取材を受け入れているらしく、代理母から生まれた20歳の息子もちゃんと露出している。下のこどもは双子で、こちらは受精卵を代理母に移植して生まれたこどもとのこと。つまり上は代理母の遺伝子を受け継いでいるが、下は夫婦の遺伝子を受け継いでいる。共に代理母との関係はうまくいっている様だが、著者は母親の長男に対する愛情とと下の双子に対する愛情が微妙に違っていることとの指摘。著者の関心は代理出産の是非ではなく、生まれてきた子どもたちがその後どの様に育てられ、成長していったかというところにあった様だが、結局、その辺のツッコミは浅い。成人してから親を批判する論文を書いたこどももいるとのことだが、その論文は入手できなかったのだろうか。ちなみに有名なベイビーMも成人して大学生となっているそうだ。初期の頃の代理出産は、採取した父親の精子を代理母に注入するという単純な方式だったらしいが、医者に拠らず、自分で注入して妊娠するなんてことは可能なのか。兄の後に風呂に入った妹が妊娠したというのは都市伝説だが、妹だか娘だかに注射器で妊娠させようとした母親だか姉だかが逮捕されたという話は最近ニュースにあった。大きなニュースとなったのが向井亜紀やインド代理出産事件だが、アメリカでもインドでも代理出産はビジネスとして完全に制度化されている。そこで向井亜紀(元ミスDJ)が日本の後進性を訴えるのだが、この面でも先進的であると思われているはずのヨーロッパでは多くの国で違法であるらしい。人権的これは「人身売買」であると看做されている様だ。ならば、中絶の是非で国を二分するアメリカで代理母が認可されているのも変な話だが、子種に恵まれない親の人権を認めているのか。インドやアメリカで盛んというのは、あくまで人助けというタテマエではあるのだが、正に「オンナは産む機械」を地で行っているんじゃないかな。
★★

フランスにおける脱宗教性の歴史

フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史 (文庫クセジュ)フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史 (文庫クセジュ)
Jean Baub´erot 三浦 信孝 伊達 聖伸

白水社 2009-05
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文庫クセジュ。例のスカーフ事件以降、ライシテはフランスでも議論が続いているのか、2000年の原書の3回めの改訂版を訳したものらしい。革命、共和制、人権、民主主義同様、ライシテもその嚆矢はフランス革命に求められるのだが、ライシテだけがなぜ世界標準とならなかったかを考えることがあった。それは各国における宗教権力の大きさと、脱宗教を掲げなかったアメリカ合衆国の影響といったことが要因ではないかと思ったりもしたのだけど、どうも、フランスのライシテを過大評価していたというのが実際の様だ。たしかにスカーフ事件などみると、フランスの脱宗教政策は厳格に思えるのだが、あれは特殊なケースだからニュースになったのであって、実際の運用は極めて穏便なものらしい。ならば、なぜフランスがライシテの代表国家の様に言われるかというと、それはそのルーツの国というより、公立校で宗教の授業がないからだという。これにはどっシラけるが、直接教育の機会を失った教会の代行として、学校で宗教教育を行うというのは、一神教の国では普遍なものらしい。公立校どころか、大学でもスカーフ着用を禁じている(いた)、トルコのライシテの方がフランスより厳格であるというのはよく言われることだが、教育面だけ見れば、我が日本が世界最強のライシテ国であろう。なのに、靖国だとか、金魚のフンの公明党だとか、ついには幸福の科学まで政治に参戦するとなると、日本は宗教国家ではないかという誤解も生じてくる。民主党が勝ったら、公明は民主に鞍替えするんだろうが、せめて宗教政党は執政党と連立を組むことを禁止できないものだろうか。
★★

日清戦争

日清戦争─「国民」の誕生 (講談社現代新書)日清戦争─「国民」の誕生 (講談社現代新書)
佐谷 眞木人

講談社 2009-03-19
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いわゆる通史ではない。日清戦争下の日本で、どう「国民」が創生されていったかを見ていくもので、コンセプトとしてしては井上寿一の「日中戦争下の日本」に触発されたものであろう。井上の本同様、日清戦争下でも、「国民」は戦争を忌避していたのではなく、逆に積極的であったことが描かれるのだが、「本当に戦争に行けるのなら、徴兵を拒否しなければ良かった」などという証言もあったという。言うまでも無く、戦争は悲惨で、絶対悪であるという概念は第二次大戦後になって刷り込まれたものであり、現在の価値基準で、「歴史」をみるのは不毛である。少なくとも、日清戦争の「戦後」から日露、日中と戦争が続く訳で、戦争に対して国民の一定の支持があったとみるべきだろう。同時に「侵略先」の民が「抵抗一色」でなかったことは、「銃後の中国社会」で描かれた日中戦争下の中国より、日清戦争下の朝鮮、清国の方が顕著であり、現地では戦争が起きていることを知らない者も多かったという記述がある。戦争に勝利した日本人が中国人に対して蔑視感情を持つようになり、そのことが後の日中戦争の原因であるという説は実しやかに言わているのだが、これはどうだろう。著者はこどもたちが中国人をはやし立てる様子を描いているのだが、今の中国の子どもたちの威勢の良い「抗日」と重なる部分がある。果たして、日清戦争前まで本当に日本人は中国人に尊敬の念を抱いていたかどうかは分からぬが、日本を先進国で、世界の一大工業国というイメージを抱いていた現在の中国人が、自国の発展と日本の経済後退で、一転して日本に侮蔑感情を抱くという今の状況に通じるものもある。冒頭に朝日で連載された特集において、日本人識者の日清戦争重要度評価が、他の東アジア諸国識者に比べて低いという指摘があるのだが、その中にあって、対日イデオローグの親玉、歩平だけが、日清戦争を東アジアの重大事件にアカウントしていないのだという。著者はこれはこれで興味深いとのことだか、同感である。
★★★

人間はウソをつく動物である

人間はウソをつく動物である―保険調査員の事件簿 (中公新書ラクレ)人間はウソをつく動物である―保険調査員の事件簿 (中公新書ラクレ)
伊野上 裕伸

中央公論新社 2009-04
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事例が冗長。

超合金の男

カラー版 超合金の男 -村上克司伝- (アスキー新書)カラー版 超合金の男 -村上克司伝- (アスキー新書)
小野塚 謙太

アスキー・メディアワークス 2009-04-09
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アスキーもカラー版か。
好きな人は好きだろう。

なりたくない人のための裁判員入門

なりたくない人のための裁判員入門 (幻冬舎新書)なりたくない人のための裁判員入門 (幻冬舎新書)
伊藤 真

幻冬舎 2009-03
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ここまで素人をバカにされると、裁判員もやってみたくなった。

心はなぜ不自由なのか

心はなぜ<不自由>なのか(仮) (PHP新書)心はなぜ<不自由>なのか(仮) (PHP新書)
浜田 寿美男

PHP研究所 2009-01-16
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それが人間というもの。

シベリア抑留とは何だったのか

シベリア抑留とは何だったのか―詩人・石原吉郎のみちのり (岩波ジュニア新書)シベリア抑留とは何だったのか―詩人・石原吉郎のみちのり (岩波ジュニア新書)
畑谷 史代

岩波書店 2009-03
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副題通り、長野出身のシベリア抑留帰りの詩人、石原吉郎について書かれたもので、「信濃毎日新聞」に連載されたものらしい。著者もここの記者だが、新聞連載ものがジュニア新書化というのは珍しい。石原の詩ではなく、タイトルになっている「シベリア抑留」に教訓的な意味を持たせようとしたのだろうが、信濃毎日だからか、岩波だからか、ジュニアだか分からないが、体験を抽象化してしまい、シベリア抑留とは何だったかは見えにくい。それがアウシュビッツやベトナムやイラクと繋げてしまうのは、石原が「夜と霧」に感銘を受けてたにせよ、「シベリア抑留」の本質を熔解させてしまうものではなかろうか。本質を人間の悲劇とみるか、国家の犯罪とみるかによって、視点は異なるのだろうが、後者の視点が圧倒的に欠けている気がする。それは「やすらかにお眠りください。あやまちは繰り返しませんから」とあたかも被害者側に責任がある様な原爆碑の抽象表現を思い起こさせる。結局、昨日も「あやまち」は繰り返された訳だが、なおも行為を抽象化し、第三者に責任がある様な言説が見られる日本という国はお目出度いものである。戦争体験も、ラーゲリ体験も、その主体を排すのなら、あくまで個人的な体験に過ぎないのではないかと考える。個人的体験から無理やり普遍的価値を見出そうとするのはよした方がよいのではなかろうか。

対談 昭和史発掘

対談 昭和史発掘 (文春新書)対談 昭和史発掘 (文春新書)
松本 清張

文藝春秋 2009-01
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清張の新書も幾らでも作れるんだな。
★★