中東イスラーム民族史
宮田 律
中東イスラーム民族史―競合するアラブ、イラン、トルコ
中東もの新書の帝王、宮田律先生の新著だが、今回は「イスラム」ではなく、「イスラーム」を冠した歴史もの。「イスラーム民族」という枠組みからアラブ、イラン、トルコを取り上げているのだが、著者の専門である非アラブのイラン、トルコの民族史が詳しいものとなっている。どうもこの辺はイスラーム主義で一枚岩の様なイメージがあるが、この本ではその複雑な関係史のおさらいができる。有名な「スンニ派」対「シーア派」以外にも、「アラブ」対「非アラブ」、「世俗」対「宗教」、「親米」対「反米」といった対立軸があるが、それが単純な二項対立でないことがよく分かる。例えばトルコが「親米国家」とするには多大な留保が必要だし、そこにはクルド問題を巡るシリアとの関係性があるという。そのシリアと良好な関係なのがイランであるが、シリアはバース党政権の世俗国家である。また対立関係にあるアルメニアとアゼルバイジャンにはそれぞれ歴史的、領土的問題でイランとトルコが接近し、更にロシアとアメリカがそれぞれの後ろ楯になるといった具合で、正に「ミニ冷戦」がこの地域で進行していることが見えてくる。またアメリカが「支配する為に」ぶち壊したはずのイラクが、必然的に旧政権側ではないシーア派が勢力を拡張した結果、イランの影響力が相当浸透しているという。少なくとも現在頻発する爆弾テロが、こうした「国内問題」に起因することは疑いのないところだが、自衛隊が撤退すれば全て解決すると思ってる「平和運動家」には理解できないことであろう。アラブとかイスラムの大義と言われているパレスチナ問題にしても、先のレバノンでの戦闘を見ても分かる様に、決して一枚岩ではなく、大義的に一枚岩を装っていても、そこにはかなりの温度差があることも理解したい。もちろん元を辿れば、西欧の分割統治と関係があるとも言えるのだが、更に遡っていけば、カリフ統治の時代でも絶え間ない戦乱があったことも考慮せねばならぬだろう。民主主義国家同士は戦争はしないという西欧的常識が普遍的なものかどうか分からぬが、トルコがEU入りすることは「一抜け」したいというイメージがあることも否定できない。
★★
現代アメリカのキーワード
矢口 祐人, 吉原 真里
現代アメリカのキーワード
新書版の「知るためのシリーズ」みたいなヤツなんだけど、これは81章もあって、しかも横書き。よく語学もの新書なんかで横書きがあるが、横文字はイチイチ拾わないタチなので、やっぱ読みにくい。編者のお二方は半分アメリカ人みたいな人らしいが、今後は和英混合できる横書きは、パソコンとかケータイに留まらなくなって行くんだろうと思う。面白いと思ったのは頁の端にずらっとジャンル表が縦に入っており、それが辞書の区分けみたいになっていること。例えば「グラウンド・ゼロ」だと経済、政治、芸術?、戦争&平和といったジャンルが白抜きで、複数のジャンルに跨がっている。ジャンル順に分類されている訳ではなくABC順だが、パラパラめくってお目当てのジャンルのものを読むことができるという体裁。よく知らんのだけど、こういうスタイルもアメリカ式なのかもしれない。執筆者も相当な数になる様で、アメリカ人?の文を翻訳したものものも多々。編者はその傾向としてアメリカ社会を痛烈に批判したものが多いと書いているが、何が痛烈な批判なのか正直言って分からん。単に必要事項として問題点を指摘しただけの様な気もするが、アメリカ育ちの人にとっては、批判に思えるのだろうか。ちなみにミッシェル・ウィーやヤオ・ミンは絶賛されているが、イチローの項はなく、日本人(日系)で唯一、選ばれているのは「村上隆のアメリカ進出」。
★★
UFOとポストモダン
木原 善彦
UFOとポストモダン
あれほど身近だったUFOの話題をすっかり聞かなくなったのは冷戦が終了したからだという。とは言ってもこれは陰謀論ではなく、宇宙開発同様、ソ連に対抗したのかUFO研究をやっていた米軍自体がバカバカしくなって、何ら科学的根拠が無いのでもう止めますということになったらしい。じゃあそれまでは米軍が流していた「陰謀論」ではないのかということになるのだが、これがもうアメリカ人の大好きなサイコパスとかパラノイアの世界が生み出したものであったらしい。たしかにUFOの目撃証言がアメリカばかりに偏っていたのも変な話だったが(宇宙人の女とセックスさせられたという証言がブラジルであったのも、らしいといえばらしいけど)、一時流行った「24人のビリー・ミリガン」同様、「心理学者」が記憶を作り上げたものだったとか。そうなるとイメージとしてアメリカ人の脳裏に形成されているUFOや宇宙人の姿がどうしても時代と共に古臭くなってしまい。エイリアンとかETの様な非人間的な姿を記憶として創成するにはリアリティが無さ過ぎるということもあって、あの有名な宇宙人解剖フィルムを以ってUFOと宇宙人は終了という運びになったらしい。言わば時代はポストUFOなのだけど、矢追純一をテレビで見かけることはなくなって久しいが、今は何をしているのだろう。思い起こせばまだ選挙権がなかった頃、UFO党なる政党が参院選かなんかに出ていた。初めての選挙はここに入れるか、雑民党に入れるかなどと考えたものだったが、その後日本を不在にしてたりして、記憶に残っている次の参院選には二つとも消えてしまっていた様な気がする。UFO党の人は東郷健みたいなキワモノではなく、普通のまじめな感じの人だった記憶があるが、このポストUFOの荒波の時代をうまく生き長らえているのだろうか。
★★
感染症は世界史を動かす
岡田 晴恵
感染症は世界史を動かす
国立感染研究所ウィルス第三部研究員という著者が中世ヨーロッパで歴史の一ページを刻んだ、ハンセン病、ペスト、梅毒などについて講義。更には近世から現代にかけての結核、公衆衛生、インフルエンザについても解説。元々、大学の講座用に準備したものらしいが、最終章はそれまでの「歴史物語」から打って変わって、専門的知識も散りばめられた感染症の啓蒙となっている。タイトルの言うところの「感染症は世界史を動かす」というのは、どんな歴史家も認めるところだと思うが、それが現在進行形の「感染症は世界を動かす」であるということを訴えるのが著者の狙うところだとみた。その意味では正に歴史(かなりヨーロッパに限定されているのだが、世界史=西洋史である以上、しかたはなかろう)を現在の鏡として未来に進むなのだけど、その歴史を否定的に捉えるのではなく、壊滅的世界から生まれた文化、芸術、メメント・モリの様な新潮流についても言及している。またキリスト教の影響力失墜や、ユダヤ人弾圧の嚆矢となったのも中世ヨーロッパを舞台にした感染症の蔓延であることを明らかにしている。こうなると人類は感染症で命を落とした幾千万の屍の上に歴史を築いてきたと言えるのだが、鳥インフルエンザにしても、エイズにしても、それを克服することが、100年後の人類の存亡に繋がるものだろう。しかし、死に至る感染症も消滅しつつあり、戦争も戦死者を大量に出す様なものではなくなりつつある現在、この地球はどれだけの人口を支えることができるのだろうか。「神」が核戦争という最終手段を行使しないように祈るしかないが、人間の生存率を上げるということは決して医療だけの問題ではあるまい。
★★