君はピカソを知っているか
布施 英利
君はピカソを知っているか
ちくまプリマーなので、少年への呼びかけ風に漢字振り仮名付きで書かれているのだが、そのネタがピカソということで、オンナの話が多くなるというのも、少年たちの興味をひきつつ、絵画理論の初歩を教えようという、オトナの心憎い戦法を感じる。キュビズムとか「青の時代」などと言われても、美大受験予備校にでも通うような少年くらいしかピンとこないだろうが、そこにピカソのオンナの話を挟んでアタマを和らげると、ピカソ自体の人生はもうお役御免とばかり、中盤にてピカソの死。そして、ピカソ以前のルネッサンスとか遠近法とか、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホなど西洋美術の入門を一通りした後、最後はピカソのオンナを一人ずつ登場させ、その時代のピカソの絵を振り返るという完璧な構成だ。これなら、絵が描ければ自分もオンナにもてるかもしれないという希望を少年に抱かせるかもしれない。ただ、実際はピカソが9歳の頃に既に完璧な絵画を描いていたという天才であったという事実に眼をつむらなくては、お絵かき、図工を学校教育で取り入れている日本では、はかない希望に過ぎないのだが、少年を美術界の入り口まで持ってきてしまえば、天才を支える美術周辺産業の担い手として活用することができる。ピカソみたいに70を過ぎて20台半ばの女性と再婚するなんてことは、さすがに「天才」でないと無理なのかもしれないが、凡才でも絵を描けたり、ギターを弾けたりすれば、「オンナにもてること」も多少はアドバンテージがあるだろう。そな邪まな理由から有名ミュージシャンになった連中は数知れないが、画家では、そういう話はあまり聞いたことがない。やはり「天才」を作るオンナは他人ではなく母なのだろうか。
★
アフリカ世界を読む
中津 孝司
アフリカ世界を読む
創成社新書の「国際情勢シリーズ」の代表者がこの著者らしい。事実、この人だけ2冊めの執筆。元々エネルギー分野が専門の様で、「アフリカ世界」というよりも、ほとんど「アフリカを中心とした世界の資源競争」といった内容。そうなるとアフリカは資源だけの大陸かいなという批判が出てきそうだが、「アフリカは動物だけかいな」同様、事実として世界の感心がそうなのだから、仕方あるまいということもある。冷戦時代なら、米ソから遠く離れたかの地(アメリカからは意外と近かったりもする)でも、資源の有無を問わず、陣取り合戦があったり、「人類普遍の価値観に従わない」国に対する反アパルトヘイトという国際的連帯もアフリカ諸国に寄せられたりもしたのだが、冷戦もアパルトヘイトも終了すると、せいぜい植民地支配の「贖罪感」など端から持ち合わせていない旧宗主国が、「歴史的繋がり」を理由に、「影響力」を担保にした細々とした感心を示していたに過ぎなかった。そんな中で資源を「持つ国」と「持たざる国」という線引きが明確に表れてきたのが現在の状況で、「内政不干渉」を武器に資源保有国に切り込みをかけたのが中国という新たに登場した「新植民地主義国家」である。著者の主張はかなり明快で、資源保有国以外は見向きもしない(実際は台湾との承認競争があるから、そうとも言い切れないのだが)中国の新植民地主義を痛烈に批判している一方、新自由主義には好意的で、資源ナショナリズムにも批判的である。ちなみにイランのアザデガン油田についても明確に撤退すべきと主張しており、対北朝鮮政策との整合性を理由を挙げているが、この件については「アメリカ追従」の試金石にされたり、もし撤退すれば中国が日本の穴を埋めることになることを「イランが予告していることで、左右両派が足並み揃えて非撤退を主張している中で、珍しい意見ともいえる。石油、天然ガス、ダイヤモンド、その他鉱物資源と、時にアフリカの枠をはみ出しながらも、新書としては異様に詳しい記述がある。ただ資源問題は苦手なのなので、どこまで著者の見解が正しいのかよく分からない。結局、この分野も「山師」の世界だから、正確な情報などありはしないのかもしれないが。
★★