中朝国境をゆく

裴 淵弘
中朝国境をゆく―全長1300キロの魔境
10年前の国境行きから始まる。著者は在日のジャーナリストで長年、国境ウォッチングを続けている人らしい。その意味では脱北史の移り変わりを感じることが出来る。在日とはいえ、政治色は透明の人らしく、壇君は神話であると断言していて、いわゆる「東北工程」を批判したりもしない。むしろ、韓国の民族主義的歴史観を批判しているところが多い。特に常々言われる、韓国大使館の脱北潰しについては見逃すことが出来ない様だ。石丸次郎の様に脱北者の目線で語るようなことはないのだが、中朝国境の現実は、著者の内心を苛立たせるものなのかもしれない。延辺朝鮮族自治州が、朝鮮族の減少と漢族の増加により、「自治」を取り消されるかもしれないというのは、現実的な話なのかどうか分からぬが、韓国へ出稼ぎや、韓国企業が多い山東への移住によって、朝鮮族人口は今や三割を切るのだという。来るべき北朝鮮崩壊の日に備えて、中国のモデルマイノリティーでもある「朝鮮族」の土地が消える可能性は確かにありそうだ。
★★
エスペラント

田中 克彦
エスペラント―異端の言語
岩波新書お得意の「名誉教授もの」だが、入門書としては結構面白いものだった。この著者は言語学では大御所というべき人なのだろうが、専門はモンゴル語だが、あの「スターリン言語学」を評価した人としても知られており、「エスペラント」もその線かと思いきや、そういうイデオロギッシュな見方はお門違いとしている。エスペラントといえば、どうしても左翼と結びついた印象が受けるのだが、言語学者はむしろ、その人工言語たる部分を毛嫌いしており、言語学的に正当な評価が確立している訳ではないそうだ。とはいえ、著者は言語を単なるコミュニケーションの道具とする観点には反対の立場であり、エスペラントが文化的背景をもった一言語であることを説明している。その点は国際的言語として、一定の拡散が認められていることは周知の通りなので、異論はないのだが、それでも残る、「所詮はヨーロッパ言語」だけを下敷きにしたものなのではないかという疑問については、アジアにおけるエスペラントの拡散を以って一蹴している。たしかに日本は大杉栄や二葉亭四迷を始め層々たるエスペランチストを擁したし、中国の「世界語」は革命の遺産として未だその残り火を保っているらしい。しかし、これも世界的な欧州言語の影響力の証左なのではないかという気もする。その意味では「英語」をやめて「エスペラント」を採用したところで、欧州と非欧州の間にある文化的優劣感を覆すものではなかろう。英語帝国主義問題も、独立植民地の公用語問題も、言語と文化の関係性に根ざした問題なのだが、理論的には固有の言語を失うマイナス面より、利便性のプラス面の方が大きいだろう。言語に潜む文化というものを徹底破壊することは不可能だろうし、それを欠いてしまうと言語として成立しないというジレンマが真の「世界語」の誕生を阻んでいる原因なのかもしれない。
★★★





