中国は敵か味方か

莫 邦富
中国は敵か、味方か―21世紀最大の市場と日系企業 (角川oneテーマ21 A 64)
この著者の本は、カチンと来る部分が結構あるのだが、「読みもの」としては悪くないところもあって、これまでかなり甘めにしてきた。しかし、この新書は酷い。あまり調子のるなよと言いたいところだが、日本人を理解していることを全く疑いなく自認していても、結局は一般的な中国人の日本人観から大きく外れるものではない。大体、今の嫌中風情が日本人の発展する中国に対する嫉妬から来るものだと信じきっているのは、頭コンクリである。それなら、日本人は発展する中国の現実を認めなくてはならないという著者の持論とは矛盾が生じてしまうのだが、中国が日本を逆転する日はもう直ぐだと疑わない著者には馬耳東風であろう。自分たちが考えていることは相手もきっと考えているはずだという思い込みは、日本で長く暮らしていても抜けきれないものなのだろうか。はたしてアジアのトップなどという地位に拘る日本人がどれだけいるのだろうか。「アジア」なんてものは中国人にとっても、他の大多数の「アジア人」にとって実感がわかないものだろう。その「トップ」の中身は何なのだ。カネか、それとも中国が大好きな「覇権」なのか。中国が日本を抜き去ろうが、自分たちの生活が脅かされないのなら一向に構わんし、そんな勝手にライバル視されて、敵意を剥き出しにされるくらいなら、早くトップに立ってもらい日本のネットカフェ難民でも中国のODAで支援してもらいたいものだとも思う。「反日感情」を招いたのは全て日本の責任というのなら、日本の「反中感情」も中国に責任があると考えなくておかしいだろう。すぐ「歴史」の刀を振りかざす連中よりはマシだが、著者が自慢する中国の経済発展には幾多の中小日本企業の涙も日本国民の血税も染み込んでいることを無視してはならん。もっとも、賞賛より批判をした方が日本では受けるということを知った上での作戦ということなのかもしれない。ハイアールの提灯記事はしっかり書いているから、企業からカネをせしめるには日本は批判、中国は賞賛と使い分けているのだろう。そのくせ、私はアジア一、中国一、歴史的人物の子孫だと自認している人とは信じないし、付き合いもしないとか書いている。とすると、あの同じ穴のムジナである「孔子の子孫」とは付き合いがないのかな。
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金正日と日本の知識人

川人 博
金正日と日本の知識人―アジアに正義ある平和を (講談社現代新書 1897)
過労死問題などで知られる「人権派弁護士」が拉致問題など北朝鮮の人権問題に手を出したばっかりに、それまで執筆の場としていた週刊金曜日などの左翼メディアから総スカンされるという話。冒頭はもっぱら姜尚中との対決に費やされており、姜など相手にしなくても良いのかと思うのだが、姜が国民の税金で養われている東大教授ということで、「知識人の責任」があるということらしい。私など今の日本で「知識人の責任」なる論理が出てくること自体に違和感があるのだが、弁護士さんとか東大の先生とかは日々そんな責任を背負って生きているものなのだろうか。まあそれはそれとして、「人権派」は北朝鮮とか中国の人権問題に関与してはいけないという左翼ダブルスタンダードも、その残党が死に絶えるまで終わらないものなのだろうか。ソ連崩壊で、そんなタブーはだいぶガタがきたはずなのだが、「平和」の反対が「戦争」でその同義が「戦前」という浅薄な「平和至上主義者」から、真の「平和」を取り戻さない限り、日本は永遠に中韓北の人権侵害に物申すことが出来ないということは確かだろう。ただ、そうしたエセ平和主義者の代変わりはうまくいっていない様で、「チュチェ研」とか「「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」とかはネタ以上のものはないし、「平和団体」に参加している純な若者も、内心おかしいのではないかという思いがあるはずだ。さすがにこの日本で情報統制するのは難しいし、いくら「北朝鮮バッシング」だと言われても、生きた映像を見せられれば、総連の若者ですら疑問に思うことだろう。安明進が捕まったり、韓国の援護射撃はあるものの、「平和」という既得権益を握ってきたジジイ連中の足元が崩れてきているのは間違いない。実のところ、和田春樹の様な確信犯は別として、姜尚中も佐高信も金正日を支持する気持ちはないと思う。ただ、彼らの主敵は日本政府であり、「保守勢力」にあることが明白なので、敵の敵は味方というか、その辺は曖昧にしておきたいというのが本音ではないか。それもまた「知識人」の一スタイルで良いかと、本だけは「知識人」以上に読んでいると思っている「非知識人」は感じるのだが。
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