「ニッポン社会」入門

コリン ジョイス, Colin Joyce, 谷岡 健彦
「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)
「ニューズウィーク日本版」の在日外国人コーナーによく登場している著者だが、元々「ニューズウィーク日本版」勤務だったとは知らんかった。その拡大版が新書になった訳だが、副題に「英国人記者の抱腹レポート」とあり、NHK的には「抱腹」なのだろうが、「ガイジン」に日本のおかしなところを指摘してもらって、それを自虐的に笑うといったこれまでのパターンとは一線を画している。あくまでも日本人読者向けに書かれたものということを割り引いても、著者が「自虐」するのは母国イギリスの事情の方であって、お約束の日本社会への批判はほとんどなく、唯一ともいえる批判は、現在の職場である「デイリー・テレグラフ」本社デスクの無理解に対するものである。この点は英国人の特派員という著者の立場が、日本の生活を快適なものにしているということもあろう。日本を批判することで、自国の「道徳的優位」を証明する必要もなければ、国の経済力の劣位を認める代わりに、個々人の「人情」を誇る理由もない。どこの国でも95%は善人で、5%は悪人というのは真理であると思う。違うのは表現方法と政情だけであるのだが、見ず知らずの人間に「チーノ」とか、「小日本」とか勝ち誇った様に侮蔑されたら、ニワカ愛国者として、ニッポンの「道徳的優位」を説きたくもなるというものだ。その意味では日本人が英国に住むのと、英国人が日本に住むのは決してイーブンではなかろう。そうしたアンバランスに著者が気が付いていることは容易に想像できるが、その弁明ともいえるべきものではないかとも思う。「右傾化」が「鬼畜米英」に流れる向きもある様だが、自国民は侮蔑されていると洗脳するのは愚かなことである。
★★
ル・コルビュジエを見る

越後島 研一
ル・コルビュジエを見る―20世紀最高の建築家、創造の軌跡 (中公新書 1909)
副題に「20世紀最高の建築家、創造の軌跡」とある。つまりル・コルビュジエが20世紀最高の建築家ということなのだろうが、トーシロの私はその代表作であるらしい「サヴォワ邸」すら知らんかった。20世紀最高の建築家の代表作でるらしい「サヴォワ邸」が、自動的に「20世紀最高の建築」になるのかどうかも分からんが、ル・コルビュジエ作で、唯一知っている上野の国立西洋美術館は失敗作ということになっているらしい。なんでも当時(1950年代)の政府にカネがなく、当初の計画の片肺だけで完成したのだとか。そうした建築の「美」について、その筋の人が専門的に熱く語る本なので、「20世紀最高の建築家」が誰なのかも知らなかった人間には、新書なのに敷居が高いところもある。当初の中公の依頼がどうだったのか知らぬが、ル・コルビュジエの人間的部分にスポットライトを当てるのも良いだろうみたいなことをわざわざ書いているのは、新書だけど、あえて自分の仕事をしたといった主張の様な気もする。定石通り生まれた時からスタートしながら、いつ死んだのか分からん終わり方をしているのも面白い。最後の章は日本の現代建築家の解説みたいになっていて、ル・コルビュジエが日本に与えた影響がそれだけ強いことはたしかだとはいえ、著者が考える「一般への啓蒙」という色が強く感じられる。
★★
韓国・下町人情紀行

鄭 銀淑
韓国・下町人情紀行 (朝日新書50) (朝日新書 50)
この著書は、デビューしたふたばらいふ新書が休眠したところで、「韓流」の波が到来し、祥伝社、光文社、そして朝日とメジャーへの新書ステップアップを遂げている人。ポスト呉善花といったタイプとは違うんだけど、「中の人」が日本人説もある。純韓国人が10年そこやらで、日本人並みの文章力を身に付けることは別に不可能ではないんだろうが、まるで日本人みたいな印象が散りばめられているこの韓国紀行はなんじゃいな。寅さんとか三船敏郎とかのセリフが出てくるのは、「サービス」なのか、著者は本当にファンなのかどうか分からぬが、「三丁目のナントカ」風とグルメ旅に、まとめてくるところなどは、「中の人」の指令ではないかとも疑いたくもなる。「民族」も、「歴史」も、「道徳的優位」も排した韓国人の書というのも、どうも落ち着かない。もっとも、「在日」の様な枷がないニュー・カマーが、「親日化」して「同化」してしまう例は結構あるみたいで、それも「日帝三十六年」の呪縛から解き放たれた解放感の成せる業なのかもしれない。その意味では「軍事独裁政権」の呪縛から解き放たれた「原韓流」の人たちと同じ構図なのだろうが、何の呪縛も存在せず、自由に国境を行き来する世代の登場は歓迎していいようで、何か物足りないものもある。「反日」も「嫌韓」も事前に徹底的にやったといた方が、現実を知ってから「解放感」を味わえるのになと思う。
★






