新書野郎 -150ページ目

法律の世界地図




21世紀研究会
法律の世界地図 (文春新書 589)

いつも通りのセカイシ系だけど、記述はしっかりしてると思う。
★★

欧州連合 




庄司 克宏
欧州連合―統治の論理とゆくえ (岩波新書 新赤版 1099)

岩波新書の「欧州連合」もこれで何代目か分からんが、著者が初めて触れたEU関係の文献は1974年の岩波新書「欧州共同体」だそうだ。それをきっかけにEC研究の道に入って、今や自分が執筆する身になったというのは、70年の伝統を誇る岩波新書では別に珍しいことではないだろうし、ご挨拶みたいなもんだろう。EUの拡大が止まることは確実でも、EUが解散したり、別の共同体と合併したりなんてことは当分ないだろうから、この新書を読んだ青年が数十年後に執筆者と代を継ぐということもあるだろう。しかし、日経文庫の「EUの知識」は、「ECの知識」から執筆者を変えながら、30年以上も版を重ねるという「広辞苑」方式だけど、岩波は新書ではそんなマネはしない。ECが発展したものが、EUという認識が私もあったのだが、なんでもECはEUとは別組織で今も存続しているらしい。そうしたトリビアでもないが、知ってるようで知らなかったことが満載。著者は欧州大学院大学で研究して、日本EU学会理事長というお方だが、経歴の「ジャン・モネ・チェア」というのは分からんかった。なんでも、欧州委員会がカネを出す代わりに、欧州統合の授業に100%専念させるというプログラムらしい。要はEUのプロパガンダ担当みたいな人ということなのだろうが、やはり最後は岩波らしく、「EUは東アジアのモデルとなるか」。トルコ加入問題ひとつみてもEUが文化、宗教、政治体制、民主主義、人権といった価値観を共有している点が、「東アジア」と前提が異なることは明白なのだが、EUが経済共同体から出発したことを考えれば、多国籍企業が活発に活動し、資本の流入も顕著な「東アジア」には、その可能性が見えてくるらしい。ただ、「統合」を究極の目標としたからこそ、EUの成功もある様な気がする。しかし、人口比で配分される「東アジア議会」など出来れば、欧州議会がそうである様に、国籍を超えて統一会派を結成するだろう「社民」とか「共産」が、日本の政治に影響力を持つことが可能になる訳だ。目先の利益だけ考えてる経済界と、見果てぬ権力の座を夢見る「進歩派」の奇妙な利害の一致が、「東アジア共同体」ということなのかな。
★★

はじめての裁判傍聴




井上 薫
はじめての裁判傍聴 (幻冬舎新書 い 2-2)

最近は粗製乱造ぎみだな。

フランスの骨董市を行く! 




石澤 季里
フランスの骨董市を行く! カラー版 (角川oneテーマ21 C 128)

新シリーズ創刊でようやく新書戦争に本気モードで参戦した角川だけど、この際、oneテーマ21は教養系に特化してくんねえかな。鶴太郎とか巨泉とか、紳介とそのまんま、姜と小森のゴミ対談とかは勘弁してほしい。てなことは、この本とは関係ないんだけど、カラー版は高くしてるくせに、相変わらず最低印刷。岩波とか中公みたいに、カラーは紙変えて印刷すべきではないのかな。てなことも、中身とはあんまり関係ないんだけど、著者は「石澤季里アンティーク・エデュケーション」という学校を経営している人らしい。所謂、カルチャー・スクールらしいが、こういう学校が出来たのは「お宝鑑定団」以降の話という訳でもなそそう。なんでも著者はパリの鑑定士養成学校で勉強したそうだが、日本であの世界に生きている人たちは、趣味が高じてとか、丁稚奉公してとか、二代目とかなのかと勝手に思っていたのだが、ちゃんと学校でその方面を勉強した人もいるとはしらなんだ。ついでにアンティークは製造して100年を経過したものという定義があることを初めて知った。そこまで経過していないのがヴィンテージなのだとか。知識はその程度に抑えておかないと、この世界に深入したら大変なことになることは目に見えている。私が本の収集に手を出さないでも済むのも、このブログと皆さんの血税のお陰なのだが、つまり、カネがないというのが一番の理由である。まあ下手にカネがあると、積読世界放浪になるだろうけど。

「不道徳」恋愛講座




島村 洋子
「不道徳」恋愛講座 (中公新書ラクレ 256)

間違えて読んでしまった。

人口学への招待

ヴィクトリア女王 




君塚 直隆
ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書 1916)

今のエリザベスも100歳まで生きれば、ビクトリアの在位64年に並ぶ様であるが、カミラのこともあるし、本当にウィリアムへの直接バトンを目指してるのかもしれん。昭和もたしか64年までだった様な気がしたが、健康不安説が流れるタイの国王はもう少し頑張れるだろうか。別に在位記録で、大英帝国の権威が守られている訳ではなかろうが、幼児期に即位した訳でもなく、在位中に大英帝国の礎を築いたビクトリア女王の名声は、エリザベスがその記録を破ったとしても、難しいものなのだろう。とはいえ、「王室タブー」が希薄なイギリスでは「名君」としての側面より、人間としての「女王」という側面に焦点を当てた伝記が主流らしく、王室文書館に閉じ篭ってこの新書を仕上げたという著者は、激動の時代を駆け抜けたその功績に焦点を当てるべしとの立場らしい。別に資料は全面的に王室文書館のものに依拠した訳ではなかろうが、ビクトリアの代名詞にもなっている血友病関連の話は一切ない。この辺はPCの都合なのかもしれないし、著者が論点とは関係ないと判断したのかもしれない。この辺は大正天皇や雅子さんなどについてなどは外国人が書いたものとかとの温度差も感じるのだが、やはり王室文書館に閉じこもって書きものでもしたら、厳粛な気分にでもなるのだろうか。とはいえ、別にヴィクトリアを偉人として描いている訳ではなく、王室マニアとか歴史好きなどには楽しめる内容かとは思う。大英帝国の興隆にロシアの影があったことは知って然るべきだが、オスマン・トルコや大日本帝国にもロシアの影が関係あるし、現代の帝国アメリカ合衆国もロシアによって作られたといっても過言ではなかろう。その意味では陰影国家たるロシアは今後も要注意なのだけど、大英帝国は劇場国家であれど、世界史の主要なアクターになることはまずないだろう。もう決まったカノジョがいるらしいウィリアムだが、日本語を勉強しているらしいプーチンの娘でも嫁にもらったら、ちょっと面白いことになりそうだけど。
★★

アメリカに問う大東亜戦争の責任 




長谷川 熙
アメリカに問う大東亜戦争の責任 [朝日新書062] (朝日新書 62)

タイトルだけみると、なんだか文春とかサンケイの本かと思ってしまうのだが、これは朝日の新書で、著者も元朝日新聞記者。最後に朝日新聞のお陰で世に出た。深謝するとか書いているんだけど、なんか揉めたのかしらん。まあ朝日と言っても、この著者は1933年生まれ。鬼畜米英を叩き込まれたところに、戦後が来て、多感な時期を占領軍の足下で送った人だから、下の世代の団塊や、敗残兵となって帰って来た上の世代とは違って、アメリカに対しては複雑な思いがあるのは当然だろう。しかし、東京裁判や原爆に対しての疑念は、真っ当過ぎるものだけど、「右翼」の象徴である防衛大臣があの様な発言をし、東京裁判や憲法を擁護し、靖国を批判する朝日とか左翼系の人たちがそれを糾弾するというのも何か奇妙なパラドックスではある。ルメイに勲章贈るのも、マッカーサーに感謝の手紙を書くのも、同質の論理だとも思うが、米国軍艦の寄港には猛反対して、中国軍艦の寄港は大歓迎しますとやった朝日及び「平和団体」の人たちは、中国の原爆認識が久間発言と寸分違わぬことをどう理解するのだろうか。そうしたことを観念の世界で割り切れるのが戦後世代の特権ともいえるのだが、著者の様な「戦中派」は、そう簡単に割り切るには重い記憶が障害となる。「おじいちゃん戦争のことを教えて」と聞かれても、日教組が期待する様な答えが返ってくるとは限らない。著者はそうしたモヤモヤを、74歳の記者と16歳の少年を別人格とすることで、解消しようと試みる。しかし、所詮は無理な話だ。アメリカが戦争責任を認めることはありえない。というか歴史上、国としての戦争責任を認めたのは、日本しかないのである。
★★

いじめを粉砕する九の鉄則




谷沢 永一
いじめを粉砕する九の鉄則 (幻冬舎新書 (た-4-1))

永ちゃんはタニザワって読むのか。
★★

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