《御神徳》お酒と神々【1】 | 心の鏡

心の鏡

このブログは主に神道について書いています。ブログタイトルの心の鏡とは内在神を表し、神社のおみくじの神の教に「神様の御光が我が心の鏡に映るその時、凡ての心の曇り、心の闇は晴れゆきて、広き明き御恵みを授かる事が叶う」とあったところから命名しました。

神道では、お酒について禁止しているどころか神様に御供えする食べ物、神饌の中でも特に重要視されていて、御神酒と書いて「おみき」と読むのはよく知られていると思います。

「御酒」とも書き、「み」は「御」で、「き」は「酒」の意味で、酒の美称・敬称。

 

 

 

伊勢の神宮や春日大社などでは今も「酒殿(さかどの)」を設けて酒を醸造している古風が見られるそうで(そうした場所の跡とか道具・祭具があるってことかな?)

昔はもっと神社境内の酒殿で醸造した例もあったようです。

 

現代では酒造についての法律も昔と変わっているので、

酒造メーカーや企業団体・個人が別の所で醸造したお酒を奉納していますよね。

大きな神社だと、例えば東京の明治神宮では、参道脇に日本酒の銘柄が書かれた大きな酒樽がいくつも奉納されているのはもちろんのこと、ワイン樽も沢山積まれて奉納されていたのを見ました。神様、ワインもOKのようです。

大國魂神社も大宮氷川神社も境内に地元の酒造メーカー各社自慢の銘柄の酒樽が積み上げられている所がありました。

 

あれって中身はどうなっているんだろう?

本当にあの大きさと数の酒樽に満杯のお酒をずっと屋外に放置しているのはもったいないから、目録っていうか看板代わりだと思いたい。

 

普通の規模の神社では、お正月とかお祭りの時などに拝殿内のご神前に一升瓶を2本1組に包装して奉納されているのを見る事がありますね。

あるいは摂末社の前にワンカップのお酒がそっと供えられていたり。

風が強い日や山の上の方まで登っていく時は、軽くて割れない紙パック酒にしているっていう人もいます。

 

それから湯島天満宮では、重いお酒の瓶を持参しなくても、御神酒の奉納を申し込めます。昨年、私も申込書に住所氏名を書いて初穂料2千円を納めて奉納してきました。神社検定弐級合格の御礼の気持ちで奉納したかったので。

その時は、のし袋も用意してなくて、受け付けて下さった神職に財布から直に出して「すみません」って恐縮して謝ったら、「いいんです、いいんです」と言われ、後日、神饌の梅昆布が送られてきました。

 

お酒は『日本書紀』の素戔嗚尊の八岐大蛇退治でも出てきましたよね。

何度も繰り返し醸造したお酒や、毒酒(あしきさけ)の事例が見られます。

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『古事記』の方にも、八千矛神とスセリビメとの宇伎由比(うきゆひ/盃結)や、

神功皇后が神意を伺う「待酒」(兆酒)

雄略天皇の饗宴の際の「宇伎歌」(うきうた/盃歌)など、

古典には酒に関する多くの記述があって、そこに神祇と酒、祭祀と酒の関係が古くからあったと伺えます。

古代においては、まだ造り酒屋もお酒の販売店も現代のようにはありませんから、村落の祭祀の時にだけ酒が造られたと推測されています。

 

そんな訳で、お酒の出来栄えも、お祭りにあたって美酒が出来るか否かは、

神の御心に叶うか否かということでありました。

 

話が長くなるので、一旦ここまでで投稿し、シリーズで書いていきたいと思います。