8月17日(金)

囚人達がガラスの外の方をチラチラと見ながら落ち着きがなかった。ルームメイトに聞いてみると、どうやらジェールの所長自らが巡回に来るそうだ。僕はここに来たばっかりなのでどんな人なのか知らない。ルームメイトはいつも以上に個室を綺麗にしておくようにと僕に忠告してくれた。緊張しているみんなの顔から、その人物がいかに囚人達から恐れられているかが分かった。一体何が起こるのだろうか?

数分すると見慣れた監視官と3人の黒人が入って来た。

監視官A:“Sheriff on the deck!” 『所長様が見えた!全員顔を壁に向き整列!』

監視官が大きな声を張り上げるのと同時に我々は慌てて壁に向き、両手を後ろに組んだ。ちょうど僕の隣には聖書勉強会の牧師リーダーのベンジャミンがいた。彼は小さな声で僕にこう言った。

囚人達:『悪魔が来た。ここを仕切る悪魔だ。 』

静まり返りかえった広場では所長の歩く靴音だけが大きく響くのが聞こえる。後ろが見えないが聞こえる音から想像すると、監視官ともう一人の誰かが部屋を一つ一つをチェックしているように聞こえた。すると突然雷が落ちるような音が鳴り響いた。

『ドカーン、ズドーン。』

僕は驚いて後ろを振り向こうとしたが、僕の隣にいたベンジャミンに後ろを見てはいけないと目で僕に合図された。

少しすると今度はもっと大きな音がなり響いた。

『ドカーン、ズドーン!カラン、コロン。ドカーン!』

横に並んでいた囚人達が体をビクビクしながら反応しているのが感じた。コップや荷物を入れる箱を床や塀に叩き付けられる音だ。それが数分間続いた。

サージェント:『こっちを向け!』

サージェントの声で我々は振り向かされた。

そこには箱や本、コップなどいかにも竜巻が通ったかのように広場一面に散らばっていた。

サージェント:『お前等はブタだ。薄汚い豚野郎達め!ここをどこだと思っているんだ!3分で端から端まで綺麗にしろ!分かったな!』

囚人達:“Yes Sir! Sergeant Sir!” 『はい。サージェント様!』

彼の合図と同時に必死で片付け始めた。自分の部屋に戻ると、僕のベットシーツや枕が床にグチャグチャに落とされていた。ルームメイトの話だと,僕は枕を決められた方向とは逆側に置いてしまっていたらしい。ルームメイトは長年の経験から100点満点だった。しかし、他の囚人の部屋はとてもひどく荒らされていた。僕たちは弱い犬が尻尾を巻いたように必死で広場に散らばったインスタントコーヒーの粉やゴミをほうきで掃いた。

サージェント:『10秒、……3、2、1。』

僕たちは時間まで掃除を終えて、再び4列に並ばされた。僕達の前には所長、サージェント、ボディーガード、監視官の姿があった。いつも偉そうにしている監視官が小さく見えた。サージェントは50歳ぐらいのおじさんで 両足には2つの大きな拳銃、腰にも重そうな拳銃と軍用のナイフ、おまけに防弾チョッキまでつけていて今にも戦争に行くような格好していた。所長は小柄で若く三十代前半。黒い高級なスーツにピンクのネクタイ、片方の耳にはピカピカと光る携帯電話のイヤフォン。そして、大きな 『SHERIFF』 と彫られている星の形をしたバッチを首から小さな体に下げていた。そして彼の後ろには図体がデカイ彼のボディーガード。みんなそれぞれ自分のイメージだけにこだわっている人間達だと思った。この人達をここまでの悪魔のような態度を作りたてたのには彼等にどんな過去があったのかが興味深かった。

サージェントは一つ一つの部屋を再びチェックする。所長の靴音だけが鳴り響くなか、僕らは息をのみながら何も起こらないように祈るだけだった。

所長は全部の個室を再チェックし終わると、ゆっくりと歩きながら我々の前に戻って来た。

サージェント:“Good.” 『よし。』

囚人達:“Thank you Sir! Sergeant Sir!” 『有り難うございます。サージェント様!』

所長は冷たい目線で僕たちの事を見ながら、初めて口をひらいた。

SHERIFF:『この俺様がお前らをここに住ませてやっているんだ。俺様の拘置所はいつも綺麗にしていなければならない。分かったか?もし、それが出来ないのなら、お前らの食事のランクを下げても構わないんだぞ。分かっているな?』

囚人達:“Yes, Sir! Sheriff Sir!”  『はい。所長様!』

そして、彼等は去っていった。たった30分ぐらいの出来事だったが大きな受験が終わったような感じだった。緊張はまだ少し残っていた。心臓がまだドキドキしていた。とんでもない所に来てしまったと絶望の気持ちになり、僕はもうこんな地獄のような場所から一日も早く出たかった。

その時ジョージが僕にインスタントラーメンを2袋とインスタントコーヒー2杯分を手にとりながらこう言ってくれた。

囚人GEORGE:『怖がわらなくても大丈夫だよ。所長はああやって彼のプライベートがうまく行かないとストレス発散しにくるんだよ。それより健司、お腹空いているだろ?チキン味とビーフ味だ。明日は土曜日だし、フリータイムがないからさ。遠慮はするな。お前ら日本人は皆遠慮深いからな。俺の分は沢山あるからさ、食べてくれ。』

僕はそれを部屋に持って帰りルームメイトと分けた。バーグ氏はインスタントラーメンを見ると子供のような大きな笑顔を見せた。

拘置所風インスタントラーメン

ルームメイトのバーグ氏は拘置所でのインスタントラーメンの作り方を教えてくれた。まずは袋を開けずに3~5回ぐらい、中がバラバラになるまで地面にたたきつけた。そして袋を開け彼が持っていた大きめのコンテイナーに麺とスープの元を入れた。コンテイナーがない場合は直接お湯を入れる。お湯と言っても拘置所では生ぬるい水しか出ない。蛇口から水を出しっ放しにしながら、トイレの水を何回も流し続けるとそのぬるい水の温度がほんの少し熱くなる。ぬるい水を入れて3分ではなく、30分ほど待つ。待つ時間が長ければ長いほど、麺がふやけてお腹が一杯になるという。なるほど、長年 拘置所にいるとそれなりの知恵がつくものだなと思った。

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8月15日(水)

『早く、自分の物を取って、一列に並びなさい。何しているの、早くしなさい。英語が分からないふりなんてしないで!私にはちゃんと分かっているのだから!』

黒人の女性監視官が指示に従う様にと怒鳴っている。拘置所の塀でこだまするアメリカ南部の黒人の発音は聞き取れにくかったが、どうやら三日間のオリエンテーションが終わり違う場所に移されるみたいだ。

僕は慌ててトイレットペーパーで作った輪をトイレに流し、自分専用のコップ、トイレットペーパー、歯ブラシ、タオルを抱えこれからどこに移動になるのだろうと思いながら列の後ろに必死で並んだ。一列に24人並んだ中、僕を含めた3人は別のエレベーターに乗せられひとつ上の階に連れて行かれた。そこは今まで我々がいた所と同じレイアウトの放射状に6つに分けられた蜂の巣の様な世界があり、その中心には監視室があった。一つのガラスセクションには赤い囚人用ジャンプスーツを着ている囚人が約40人入っている。 ここも黒人が9割。 彼らはガラスの近くに寄りながら新しく加わる僕達の事を興味深く見ている。 動物園の檻の中で野獣が左右に歩きながらこっちを見ている様だった。ここで一人だけのアジア人である僕はとても目立った。周りの目線がとても怖かったが、オリエンテーションの時より比べてまだ生活間があるように見えた。そこにはテレビを見ている人達、トランプで遊んでいる人達、新聞を読んでいる人達、聖書の勉強会に集まる人達がいた。

中央の監視室から一人の黒人の監視官が囚人リストを手にしながら気楽に笑顔で僕に話しかけて来た。

監視官モハマ:『君はSATO (ケンジ)だね。』

ケンジ:『はい。』

監視官モハマ:『君は中国人?それとも韓国人?』

ケンジ:『いいえ、日本人です。』

監視官モハマ:『へ~珍しいね。照り焼きチキンって美味しいよね。私の好みの食べ物だよ。中華料理のチャーハンも大好きだけどね。日本語以外で何か違う国の言葉は話せるの?』

ケンジ:『僕は中南米のホンジュラス生まれなのでスペイン語が話せます。』

監視官モハマ:『おっ、3カ語句か。感心だな~。じゃあ、ラテン人の通訳を頼んでもいいかな?』

ケンジ:『はいっ喜んで引き受けます!』

監視官モハマ:『空手は出来るの?』

ケンジ:『いいえ、しかし柔道と剣道をやっていました。』

監視官モハマ:『うわっ、凄いな!お手安く頼むな。』

ここに来てから一度も人間として扱われなかったので監視官とこんな会話が出来るのはとても不思議に感じた。僕は笑顔でよろしくお願いしますと言いながら彼に深くお辞儀をすると、その監視官も面白半分に僕にお辞儀してくれた。彼の名前はデェプティー・モハマ。他の冷たい監視官とは違い、明るく笑顔で接してくれる唯一の監視官だった。このような場所でちょっとした笑顔をしてくれる監視官の存在というのは救いだった。

僕たちのやり取りを見ていた他の囚人たちが興味深げに周りに集まってきた。黒人にとって、アジア人はすごい人種だと思われているみたいだ。特に香港空手俳優のジェット・リーさんの影響が大きいせいか、東洋人は映画のように皆空手が出来ると信じきっているので、他の囚人は僕に親切にしてくれた。

デプティー・モハマは僕のルームメイトを呼ぶと僕に紹介してくれた。彼の名前はラリー・バーグ。品の良さそうな50歳の黒人のおじさんだ。彼は僕の寝床にシーツをしくのを積極的に手伝ってくれた。前の奇妙なルームメイトよりは数倍良さそうなので安心した。トランプおじさんといっても言いぐらい常にトランプでいろいろなゲームをしていた。一人でソリティアしたり、カードを3枚ずつ引いては、その数字を足した数だけ腕立て伏せをして体を鍛えている。50才なのに、すごい筋肉の持ち主だ。

荷物を全て置き終わると僕は広場にある5つテーブルの一つに腰をかけた。すると一人の黒人が話しかけて来た。彼の名前はベンジャミン。聖書勉強会のリーダーの様で僕が来た時は牧師の様に激しく説教をしていたのを見た。彼はオドオドと落ち着かない風な僕に、勉強会に入らないかと言ってみんなの所に連れて行ってくれた。

囚人ベンジャミン:『君の名前は?』

ケンジ:『ケンジです。』

囚人ベンジャミン:『俺はベンジャミンだ。よろしく。』

僕に握手の手を差し出してくれた。

囚人ベンジャミン:『いいか、心配しなくてもいい。ここにいる奴らは暴力などしない。映画のように君に暴力など与えないよ。みんなここで時間を経つのを待っているだけだ。だから、心配するな。』

ケンジ:『ありがとうございます。』

囚人ベンジャミン:『ケンジは聖書を読んだ事はあるか?』

ケンジ:『はい、小学生の時クリスティアンの学校に通っていました。』

囚人ベンジャミン:『我々の勉強会に入らないか?こっちに来なさい。みんなに紹介しよう。』

僕はベンジャミンに着いていった。そこでは4-5人の黒人が聖書とノートをテーブルに広げ、声を出しながら聖書の一部を読みそれについて語り合っていた。そして、終わりには手を繋いで祈った。その中で僕はジョージ・ウエルチ氏と言う人物に出会う。彼は黒人だがアラブ的な黒いヒゲに鋭い目つきで一見怖そうな顔をしているジョージはとても優しい40歳の黒人だった。彼の左腕には『悦子命』と刺青が入っていた。こんな所で日本人女性の名前の刺青があると思いもよらなかったので思わず彼に話しかけた。

ケンジ:『ジョージ、あなたの彼女ってもしかすると日本人ですか?』

すると彼のその怖い顔が信じられない位に大きな笑顔に代わった。

囚人GEORGE:『よくわかったね。この刺青のことかい?私には日本人の妻と5才の娘がいる。私がジェールに入ってから二人は日本で私の釈放の日を待っている。いつの日かこんな国から離れて彼女らと日本でゆっくりと暮らしたい。君は日本人だね。その礼儀正しさはすぐに日本人だと分かったよ。』

彼はそう言いながら、聖書の中に挟んであった家族の写真を見せてくれた。そこには笑顔一杯の可愛い娘さんの姿が写されていた。嬉しそうに話す彼は8ヶ月以上も拘置所にいるようには見えない。なぜ、ジョージはここにいるのかと聞いてみた。ジョージは飽きれた顔で笑いながら、

囚人GEORGE:『警官を撃ってしまったんだよ。』

しかし、よく話を聞いてみると、正当防衛だったらしい。ある週末の夜、彼がパーティーから家に帰ろうとした時、駐車場で突然彼の背後から白人にピストルを向けられたそうだ。その人は黒人である彼がそのトラックを盗もうとしていると勘違いしたそうだ。しかし話し方で酔っぱらっていた相手に危険を感じジョージは撃たれる前に撃ってしまったらしい。アトランタでは3人に一人は拳銃を持ち歩いているそうで、銃による事件も少なくはない。撃たれた白人は勤務時間外の警察官であった。彼は苦しみながらも初めて警察バッチとラジオを取り出し、応援を叫ぶと警察ヘリコプターや数台のパトカーがあっという間に現場に駆けつけた。幸いにも酔っぱらった警官の命には別状はなかったがその警察官の証言によるとジョージが発砲したのは1発ではなく何発か発砲したと言っている。状況からいって、ジョージは正当防衛を主張しており、裁判で戦うつもりであると話してくれた。この話を聞く限り、ここアメリカでは黒人に対する差別は未だに無くなってはないようだ。得にジョージア州では歴史的に奴隷を解約した最後の州だと言う。現在でもKKK(クー・クラス・クラン)本部も存在しているらしい。KKKはアメリカ合衆国の秘密結社、白人至上主義団体、正確には北方人種を至上とし、黒人やユダヤ人、アジア人、近年においてはヒスパニックなどの他の人種の市民権に対し異を唱え、同様に、カトリックや、左翼団体、同性愛者の権利運動やフェミニズムなどに対しても反対の立場を取っている組織だ。

アトランタ日本領事との面会

8月16日(木)

監視官A:『SATO! 面会人が来ている。出なさい。』

看守にそう言われ個室から一時的に出された。僕が連れて行かれた場所は中央をガラスで区切られた面会室で、反対側には小柄なスーツ姿のアジア人が座っていた。久しぶりに僕以外のアジア人を見た。そしてその人が日本人だという事もすぐに分かった。僕はゆっくりと彼にお辞儀をして椅子に腰をかけ、近くにあった受話器を耳に当てると、彼も受話器を取った。そして、彼の声が聞こえて来た。

日本領事:『佐藤健司さんですよね。アトランタ総領事館の上杉です。佐藤さんのお姉さん、明美さんから電話を頂き、今日面会に来ました。大丈夫ですか?』 

皮肉にも小さい頃から外交官の息子として様々な国に住み、親の仕事上学校でも一度もトラブルもなかったのに33才にもなって、囚人用の赤い囚人用ジャンプスーツを着た情けない姿を日本領事館員に晒している。恥ずかしさや情けなさで逃げ出したくなる気持ちを必死で抑え、これまでの出来事を話し始めた。

ケンジ:『何かの間違いです。どうして、こうなったのか僕にも分かりません。しかし今僕が思いあたる一つの原因は、6ヶ月前僕は酔っぱらって当時付き合っていた彼女のアパートのドアを無意識に壊してしまいました。ドアはすでに壊れていたせいか簡単に壊れてしまったのです。ドアの鍵の持っていました。それがどうして性犯罪なのかも分かりません。しかし、その後彼女にはきちんと謝ったし、壊れたドアの修理代や新しいアパートへの引っ越し代として3千ドル払って欲しいと要求されました。もし払わなければ警察に通報すると言われたので、無駄な口論や新たな問題は避けたいと思い全額をチェックで払いました。おまけにその日から6ヶ月以上も経っているので、これが原因とは考えにくいのですがハッキリした事は本当に分かりません。』

日本領事:『ご両親は今どこにいらっしゃるのですか?』

ケンジ:『今は東京です。父は外務省に勤めていたのですが10年前に退職しました。』

日本領事:『そうですか~。では、ご両親ともご健在なのですね?』

ケンジ:『はい。しかし、父はつい最近心臓の病いをもっていまして、この事は父には知らせたくはないのです。』

日本領事:『そうですね。分かりました。』

たまたま父が外務省に働いていたからか上杉領事は僕の話しを信じてくれて同情もしてくれ、メモを取りながら僕の話を聞いてくれた。

日本領事:『佐藤さんは今どういう風に御過ごしですか?暴力とかはされてませんか?』

ケンジ:『最初の三日間はとてもキツかったのですが、今は何とか友達も出来て、ルームメイトも親切にしてくれています。』

日本領事:『気を確かに、頑張ってください。領事館に戻り次第、お姉さんの明美さんに連絡しておきます。』

ケンジ:『わざわざ、来ていただき有り難うございました。』

面会時間が終わると僕は深く彼にお辞儀し、彼の姿が見えなくなるまで見送った。自分の安否を家族に伝えられる事が出来たのでとても安心した。

バードダディーのブログ-広場

バードダディーのブログ-監視官室


バードダディーのブログ-面会

 

2007年8月13日夜9時、アトランタ拘置所に移動。
僕は靴を脱がされてもう一度ボディーチェックをされ、ホールドインセル(留置場)に入れられた。そこにはすでに一人の黒人と二人の白人の囚人がいて、床で寝転がっている者もいた。ガラスの外には走りながら逃げ出そうと走る中年の白人女性を5人の警官達が取り押さえる姿もあった。よく精神病院でくるった患者が逃げ出す映画のシーンを思い出した。

2時間するともう2人の黒人が入って来た。僕たちは取り調べの為に一人一人呼び出され、それが終われば再び留置場に戻って来させられた。昼から何も口にしていなかった僕はひどくお腹が空いていた。夜中の4時、やっと食事が配られた。プラスチックで出来た生臭いトレイにオレンジが一個と何やら白くドロドロとした一見おかゆのようなものがのっていた。話によるとそれは GRIS「グリッツ」というアメリカ南部でよく食べる朝食らしい。みんなはそれに塩をかけて食べている。僕もそれを真似て食べてみたが、全く味がなく一口食べただけでそれ以上は喉を通らなかった。仕方なくオレンジを食べ、他の囚人は勝手に僕が残したトレイを取って食べ始めた。

朝の6時、やっと留置場から連れ出されると着ているスーツ、下着、皮靴、靴下を全部渡されたビニール袋に入れさせられた。それからCLAYTON COUNTY JAILと大きく書かれた赤いジャンプスーツに着替えさせられ、サンダルを履かされた。写真を撮り、手首に撮った顔写真と番号入りのバンドを付けさせられた。

僕は他の囚人と共に一列に並らばされ、全員拘置所の奥の方に連れて行かれた。僕はクタクタに疲れていた。

暗くて長い通路の奥に行くと、武装した警官が前から歩いて来た。

『officer on the deck!』 『全員壁!』

一人が大きな声で言うと全員は壁に顔を向けさせられ手を後ろに組んだ。その人が通り過ぎるのを待った。そして監視官が大きな声で言った。

監視官:『いいか、囚人以外のこの施設の関係者を目にしたら、すぐに両手を後ろに組んで壁に向く事!そして、その人から許可をもらわないかぎり、動いてはいけない。分かったか!?』

囚人達:Yes, Sir!!』 『はい!分かりました!』

もっと奥まで歩いて行くと中央の広場を中心に分厚いガラスで放射状に六等分にされたまるで体育館の様に蛍光灯で照らされた大きな施設があった。1つの施設には24人入れるようになっていて僕はその一つに入れられた。そこは一階と二階に別れており、下には個室7部屋と上には7部屋があった。その狭い一部屋に2人ずつが入れられるようになっていた。割合では白人が2%、ラテン人が3%で黒人がほとんどだった。ちなみにアジア人は自分だけだった。僕は指示されたとおり階段を上り、左から2つ目の個室で一人の黒人の囚人と入れられた。 夜も遅かったので、とりあえずベットに横になった。頭がまだ混乱していたが、一睡もしていなかったのと、あまりにも疲れすぎていたので、少しの間だけ眠ることが出来た。

2007年8月14日

翌朝4時、朝食を食べる為全員監房から出され一列に整列し中央にある広場に連れて行かれた。朝食の内容は昨朝と同じで、おかゆとオレンジ一個だった。おなかも空いていたので頑張って食べようと試みたが結局2口しか食べられず、残りは他の囚人にあげてオレンジだけを食べた。一度他の囚人に食べ残しをあたえると次から当たり前の様に彼らは寄ってはあさりに来た。

食事が終わると法廷に行く為、僕を含めて数人が別の部屋に連れて行かれた。45分ぼどそこでみんなは同じ個室で待たされるがほとんどが黒人の囚人で大きな声がこだまする彼らの声が雑音に聞こえ頭が痛くなった。そして時間になると両足をベンチにひざまつき、両足を重い鎖で繋がれた。そして、同じ敷地内にある裁判所に連れていかれ、全員がひとつの法廷に入れられた。僕たちは足に付けられた重い鎖をジャラジャラと引き摺りながら法廷に入ったのだが、そこには裁判の判決を聞きにきた一般人や家族もいて、僕たちの事を何か嫌なものでも見るような目つきで見ていた。法廷内はとても寒くとても居心地が悪く僕以外にも数人の犯罪者がおり、裁判官から名前を呼ばれると、裁判官の前に行き判決が言い渡される。それが終わるとまた別の名前が呼ばれる。そこには女性の囚人もいて自由になれなく泣きだす人もいれば自由になって家族の喜ぶ姿もあった。実際の裁判はテレビで見ていたのとは違い、まるで流れ作業のようだった。最後のほうでやっと僕の名前が呼ばれた。あたりを見ると僕ともう一人だけしかいなかった。恐る恐る裁判官の前に立つとカルフォルニアに護送される為のいくつかの書類にサインさせられた。

『これでやっとカルフォルニアに帰ることが出来る。出来れば明日にでもここから出してほしい。』 と祈りながら監房まで再び戻っていった。

4時の夕飯

毎晩、夕食は午後4時。光にかざすと向こうが透けて見えてしまうほど薄いハムがパンのスライス4枚の間に挟んであるサンドイッチだった。そして袋の中にはクッキー1個とオレンジ1個が一緒について来た。みんなはハム一枚だけだと、パサパサで喉に通らないのでいつも一緒について来るマスタードのパック2つをパン一面に付け味をつけて食べる。好みでクッキーをはさんで食べる人もいた。しかし、夕食が早い為消灯時間の11時頃にはお腹が空いて眠れなく、時々オレンジとクッキーだけを後で残しておいて寝る前に食べた。食べ物を残しておくとルール違反なので見つからないように気をつけなければいけなかった。

拘置所や刑務所という所は映画でしか見た事がなかった僕は色々な不安と恐怖で一杯だった。それは 普通では考えられない暴力だらけの世界としいうイメージしかなく、まさかこんな場所に自分が入ってしまうなんて想像もつかなかった。僕は出来る限り他の囚人とは目をあわさずにして静かにしていた。

最初の三日間はオリエンテーションと言い、食事の時以外は休み時間もなく、23時間狭い個室から出られない生活が続いた。そして拘置所の規則などを学ぶ三日間とも言われている。唯一出来る事は目を閉じて不安と戦うことだけだった。誰にも連絡がとれない。何も出来ない。本を読む事も、書く事も許されない。その三日間という時間はとても長く退屈で苦しい時間だった。

監視官が一日2回必ず巡回に来る。昼過ぎの午後3時頃と寝る前の午後9時頃。彼等の顔には表情が全くない、死んだ様な冷たい目で手首に付けられた名前と番号をチェックした後、厚い鉄のドアをわざと大きく鳴り響くように閉める。特に眠った後、静まり返った拘置所に夜中じゅうドアが鳴り響き、こだまし続けた。やっと眠りに着ける事が出来ても、その大きな音ですぐに起こされた。

ジェール・ドリーム

僕は幸せだった頃の夢をよく見た。それは自由な世界で家族や友人達に囲まわれて美味しい物を食べながら、みんなで笑っている楽しい夢だった。しかし、夢から覚めるとそこは何もない狭い個室と冷たい鉄のドアがあるだけだった。僕はいつの間にか夢をみるのがとても怖かくなっていた。

『幸せな夢は見ませんように。』

いつも寝る前にこう願いながら眠ったのをよく覚えている。

僕のルームメイトは厚い眼鏡をかけた大きな体格の黒人で、風呂も入らなくとても汗臭いかった。僕にはとても無愛想で当然話し相手にはなってくれなかった。彼は戦争の事や憎しみの言葉ををブツブツと小さな声で一人ごとを一日中言い続けていた。悪質なオーラの中に一緒にいると頭がおかしくなってしまいそうだった。僕は気を散らせる為にトイレットペーパーを小さくちぎっては、ねじって輪を作り一つ一つをつなげてどれぐらい長くなるかに挑戦しながら時間を殺すには寝るかこうするかなかった。そして僕は法廷でもらった一枚の書類の紙を切っては小さな正方形を作り、鶴を折った。一日の終わりに一羽鶴を折った。カリフォルニアから迎えがくるまでどれくらいの鶴を折り続けなければいけないのだろうか。

ジェールからの公衆電話

僕の唯一の望みは電話で知人と話したかった。空港で弁護士の友達と話して以来、もう3日は経っただろう。彼らは僕の家族に連絡してくれたのだろうかと常に心配になった。自分でももっと多くの人に助けを求めてみてはいいかもしれないと頭の中で電話番号を思いだそうとしていた。しかし、今の時代電話番号など全て携帯電話に登録しているので人の電話番号など覚えているわけが無かった。

しかし唯一かすかに覚えている電話番号があった。それは家の近くにある日本食レストランだった。オーナーと良い友達だった事と、残業の時はよく電話で注文をしていたのでなんとなく番号を覚えていたが、10ケタの電話番号のうち最後の2桁の記憶があいまいだった。一か八か番号をダイアルしてみるが、間違い電話だったらしく繋がらない。思い出そうと必死になればなるほどその2桁の番号はゆっくりと暗闇の中に沈んでいきそうな気がした。しかし諦めずに神様に祈る気持ちで電話をかけ続けた。3回目にやっと電話が繋がった。その時サンフランシスコはちょうどランチタイムだったのでお店が開いていたようだ。

レストラン:『ハロー、マグロ。』

聞き覚えのある懐かしい女性の声がした。この声はウェイトレスのまきちゃんだった。

すると突然自動オペレーターの声が流れ始め、この電話はアトランタ拘置所からのコレクトコールで、相手側にこのコレクトコールを許可するか拒否するかの案内が流れる。僕は通話が繋がりますように願いながら待った。そして2~3秒後、電話が繋がった。

まきちゃん:『もしもし、ケンジ?!』

ケンジ:『まきちゃん?繋がってよかったよ。大変だよ。俺、今ジェールから電話してる。いきなりアトランタの飛行場で逮捕されちゃって。今、話せる?』

まきちゃん:『大丈夫?ケンジの会社の人から健司の事を聞いたよ。』

ケンジ:『まきちゃん、オーナーの山川さんはいる?』

まきちゃん:『さっきまでいたんだけど、どこかへ出かけちゃったみたい。でもすぐに帰ってくるよ。』

ケンジ:『まきちゃん、時間がないからよく聞いてね。僕のお姉ちゃんが来週シスコに遊びに来る予定なんだけど、僕がジェールにいる事知らせないといけないんだ。会社の人にお兄さんのメールアドレスで伝えて欲しいと3日前に伝えたんだけど、一応又メールしてくれないかな?兄のメールアドレスだけは逮捕された時なんとか手に書き取って覚えたんだよ。今から言うから、メールで僕の状況を伝えて欲しい。メモとペンある?』

まきちゃん:『ちょっと、待ってね。。。はい、いいよ』

まきちゃんがメモを書き取った直後、まきちゃんがいきなり、

まきちゃん:『あ、山川さん、帰って来た。』 

まきちゃんは店のオーナーの山川さんに電話を渡した。

オーナーの山川さん:『ケンジ、大丈夫か?どうしたんだ?』

ケンジ:『僕にもよく分からないのです。突然、飛行場で逮捕されたんですよ。もしかすると前の彼女が警察に電話したのかもしれません。それに性犯罪として逮捕されたんですよ。別れてからもう半年が過ぎて彼女には連絡もしていないのにどうして性犯罪で逮捕されなければいけないのか分かりません。彼女の恨みかなんかでしょうか。こんな事するのは彼女以外は考えられないんです。』

オーナーの山川さん:『そうか、それはひどいな。とにかく、こっちで出来る事はやるから。気を確かに。とにかく、がんばれ!』

『有り難うございます。感謝しています。よろしくお願いします。』

そして、電話は切れた。久しぶりに友達の声が聞けた事で、重い不安が少し軽くなった気がした。とにかく連絡が取れてよかった。