2007年8月13日夜9時、アトランタ拘置所に移動。
僕は靴を脱がされてもう一度ボディーチェックをされ、ホールドインセル(留置場)に入れられた。そこにはすでに一人の黒人と二人の白人の囚人がいて、床で寝転がっている者もいた。ガラスの外には走りながら逃げ出そうと走る中年の白人女性を5人の警官達が取り押さえる姿もあった。よく精神病院でくるった患者が逃げ出す映画のシーンを思い出した。

2時間するともう2人の黒人が入って来た。僕たちは取り調べの為に一人一人呼び出され、それが終われば再び留置場に戻って来させられた。昼から何も口にしていなかった僕はひどくお腹が空いていた。夜中の4時、やっと食事が配られた。プラスチックで出来た生臭いトレイにオレンジが一個と何やら白くドロドロとした一見おかゆのようなものがのっていた。話によるとそれは GRIS「グリッツ」というアメリカ南部でよく食べる朝食らしい。みんなはそれに塩をかけて食べている。僕もそれを真似て食べてみたが、全く味がなく一口食べただけでそれ以上は喉を通らなかった。仕方なくオレンジを食べ、他の囚人は勝手に僕が残したトレイを取って食べ始めた。

朝の6時、やっと留置場から連れ出されると着ているスーツ、下着、皮靴、靴下を全部渡されたビニール袋に入れさせられた。それからCLAYTON COUNTY JAILと大きく書かれた赤いジャンプスーツに着替えさせられ、サンダルを履かされた。写真を撮り、手首に撮った顔写真と番号入りのバンドを付けさせられた。

僕は他の囚人と共に一列に並らばされ、全員拘置所の奥の方に連れて行かれた。僕はクタクタに疲れていた。

暗くて長い通路の奥に行くと、武装した警官が前から歩いて来た。

『officer on the deck!』 『全員壁!』

一人が大きな声で言うと全員は壁に顔を向けさせられ手を後ろに組んだ。その人が通り過ぎるのを待った。そして監視官が大きな声で言った。

監視官:『いいか、囚人以外のこの施設の関係者を目にしたら、すぐに両手を後ろに組んで壁に向く事!そして、その人から許可をもらわないかぎり、動いてはいけない。分かったか!?』

囚人達:Yes, Sir!!』 『はい!分かりました!』

もっと奥まで歩いて行くと中央の広場を中心に分厚いガラスで放射状に六等分にされたまるで体育館の様に蛍光灯で照らされた大きな施設があった。1つの施設には24人入れるようになっていて僕はその一つに入れられた。そこは一階と二階に別れており、下には個室7部屋と上には7部屋があった。その狭い一部屋に2人ずつが入れられるようになっていた。割合では白人が2%、ラテン人が3%で黒人がほとんどだった。ちなみにアジア人は自分だけだった。僕は指示されたとおり階段を上り、左から2つ目の個室で一人の黒人の囚人と入れられた。 夜も遅かったので、とりあえずベットに横になった。頭がまだ混乱していたが、一睡もしていなかったのと、あまりにも疲れすぎていたので、少しの間だけ眠ることが出来た。

2007年8月14日

翌朝4時、朝食を食べる為全員監房から出され一列に整列し中央にある広場に連れて行かれた。朝食の内容は昨朝と同じで、おかゆとオレンジ一個だった。おなかも空いていたので頑張って食べようと試みたが結局2口しか食べられず、残りは他の囚人にあげてオレンジだけを食べた。一度他の囚人に食べ残しをあたえると次から当たり前の様に彼らは寄ってはあさりに来た。

食事が終わると法廷に行く為、僕を含めて数人が別の部屋に連れて行かれた。45分ぼどそこでみんなは同じ個室で待たされるがほとんどが黒人の囚人で大きな声がこだまする彼らの声が雑音に聞こえ頭が痛くなった。そして時間になると両足をベンチにひざまつき、両足を重い鎖で繋がれた。そして、同じ敷地内にある裁判所に連れていかれ、全員がひとつの法廷に入れられた。僕たちは足に付けられた重い鎖をジャラジャラと引き摺りながら法廷に入ったのだが、そこには裁判の判決を聞きにきた一般人や家族もいて、僕たちの事を何か嫌なものでも見るような目つきで見ていた。法廷内はとても寒くとても居心地が悪く僕以外にも数人の犯罪者がおり、裁判官から名前を呼ばれると、裁判官の前に行き判決が言い渡される。それが終わるとまた別の名前が呼ばれる。そこには女性の囚人もいて自由になれなく泣きだす人もいれば自由になって家族の喜ぶ姿もあった。実際の裁判はテレビで見ていたのとは違い、まるで流れ作業のようだった。最後のほうでやっと僕の名前が呼ばれた。あたりを見ると僕ともう一人だけしかいなかった。恐る恐る裁判官の前に立つとカルフォルニアに護送される為のいくつかの書類にサインさせられた。

『これでやっとカルフォルニアに帰ることが出来る。出来れば明日にでもここから出してほしい。』 と祈りながら監房まで再び戻っていった。

4時の夕飯

毎晩、夕食は午後4時。光にかざすと向こうが透けて見えてしまうほど薄いハムがパンのスライス4枚の間に挟んであるサンドイッチだった。そして袋の中にはクッキー1個とオレンジ1個が一緒について来た。みんなはハム一枚だけだと、パサパサで喉に通らないのでいつも一緒について来るマスタードのパック2つをパン一面に付け味をつけて食べる。好みでクッキーをはさんで食べる人もいた。しかし、夕食が早い為消灯時間の11時頃にはお腹が空いて眠れなく、時々オレンジとクッキーだけを後で残しておいて寝る前に食べた。食べ物を残しておくとルール違反なので見つからないように気をつけなければいけなかった。

拘置所や刑務所という所は映画でしか見た事がなかった僕は色々な不安と恐怖で一杯だった。それは 普通では考えられない暴力だらけの世界としいうイメージしかなく、まさかこんな場所に自分が入ってしまうなんて想像もつかなかった。僕は出来る限り他の囚人とは目をあわさずにして静かにしていた。

最初の三日間はオリエンテーションと言い、食事の時以外は休み時間もなく、23時間狭い個室から出られない生活が続いた。そして拘置所の規則などを学ぶ三日間とも言われている。唯一出来る事は目を閉じて不安と戦うことだけだった。誰にも連絡がとれない。何も出来ない。本を読む事も、書く事も許されない。その三日間という時間はとても長く退屈で苦しい時間だった。

監視官が一日2回必ず巡回に来る。昼過ぎの午後3時頃と寝る前の午後9時頃。彼等の顔には表情が全くない、死んだ様な冷たい目で手首に付けられた名前と番号をチェックした後、厚い鉄のドアをわざと大きく鳴り響くように閉める。特に眠った後、静まり返った拘置所に夜中じゅうドアが鳴り響き、こだまし続けた。やっと眠りに着ける事が出来ても、その大きな音ですぐに起こされた。

ジェール・ドリーム

僕は幸せだった頃の夢をよく見た。それは自由な世界で家族や友人達に囲まわれて美味しい物を食べながら、みんなで笑っている楽しい夢だった。しかし、夢から覚めるとそこは何もない狭い個室と冷たい鉄のドアがあるだけだった。僕はいつの間にか夢をみるのがとても怖かくなっていた。

『幸せな夢は見ませんように。』

いつも寝る前にこう願いながら眠ったのをよく覚えている。

僕のルームメイトは厚い眼鏡をかけた大きな体格の黒人で、風呂も入らなくとても汗臭いかった。僕にはとても無愛想で当然話し相手にはなってくれなかった。彼は戦争の事や憎しみの言葉ををブツブツと小さな声で一人ごとを一日中言い続けていた。悪質なオーラの中に一緒にいると頭がおかしくなってしまいそうだった。僕は気を散らせる為にトイレットペーパーを小さくちぎっては、ねじって輪を作り一つ一つをつなげてどれぐらい長くなるかに挑戦しながら時間を殺すには寝るかこうするかなかった。そして僕は法廷でもらった一枚の書類の紙を切っては小さな正方形を作り、鶴を折った。一日の終わりに一羽鶴を折った。カリフォルニアから迎えがくるまでどれくらいの鶴を折り続けなければいけないのだろうか。

ジェールからの公衆電話

僕の唯一の望みは電話で知人と話したかった。空港で弁護士の友達と話して以来、もう3日は経っただろう。彼らは僕の家族に連絡してくれたのだろうかと常に心配になった。自分でももっと多くの人に助けを求めてみてはいいかもしれないと頭の中で電話番号を思いだそうとしていた。しかし、今の時代電話番号など全て携帯電話に登録しているので人の電話番号など覚えているわけが無かった。

しかし唯一かすかに覚えている電話番号があった。それは家の近くにある日本食レストランだった。オーナーと良い友達だった事と、残業の時はよく電話で注文をしていたのでなんとなく番号を覚えていたが、10ケタの電話番号のうち最後の2桁の記憶があいまいだった。一か八か番号をダイアルしてみるが、間違い電話だったらしく繋がらない。思い出そうと必死になればなるほどその2桁の番号はゆっくりと暗闇の中に沈んでいきそうな気がした。しかし諦めずに神様に祈る気持ちで電話をかけ続けた。3回目にやっと電話が繋がった。その時サンフランシスコはちょうどランチタイムだったのでお店が開いていたようだ。

レストラン:『ハロー、マグロ。』

聞き覚えのある懐かしい女性の声がした。この声はウェイトレスのまきちゃんだった。

すると突然自動オペレーターの声が流れ始め、この電話はアトランタ拘置所からのコレクトコールで、相手側にこのコレクトコールを許可するか拒否するかの案内が流れる。僕は通話が繋がりますように願いながら待った。そして2~3秒後、電話が繋がった。

まきちゃん:『もしもし、ケンジ?!』

ケンジ:『まきちゃん?繋がってよかったよ。大変だよ。俺、今ジェールから電話してる。いきなりアトランタの飛行場で逮捕されちゃって。今、話せる?』

まきちゃん:『大丈夫?ケンジの会社の人から健司の事を聞いたよ。』

ケンジ:『まきちゃん、オーナーの山川さんはいる?』

まきちゃん:『さっきまでいたんだけど、どこかへ出かけちゃったみたい。でもすぐに帰ってくるよ。』

ケンジ:『まきちゃん、時間がないからよく聞いてね。僕のお姉ちゃんが来週シスコに遊びに来る予定なんだけど、僕がジェールにいる事知らせないといけないんだ。会社の人にお兄さんのメールアドレスで伝えて欲しいと3日前に伝えたんだけど、一応又メールしてくれないかな?兄のメールアドレスだけは逮捕された時なんとか手に書き取って覚えたんだよ。今から言うから、メールで僕の状況を伝えて欲しい。メモとペンある?』

まきちゃん:『ちょっと、待ってね。。。はい、いいよ』

まきちゃんがメモを書き取った直後、まきちゃんがいきなり、

まきちゃん:『あ、山川さん、帰って来た。』 

まきちゃんは店のオーナーの山川さんに電話を渡した。

オーナーの山川さん:『ケンジ、大丈夫か?どうしたんだ?』

ケンジ:『僕にもよく分からないのです。突然、飛行場で逮捕されたんですよ。もしかすると前の彼女が警察に電話したのかもしれません。それに性犯罪として逮捕されたんですよ。別れてからもう半年が過ぎて彼女には連絡もしていないのにどうして性犯罪で逮捕されなければいけないのか分かりません。彼女の恨みかなんかでしょうか。こんな事するのは彼女以外は考えられないんです。』

オーナーの山川さん:『そうか、それはひどいな。とにかく、こっちで出来る事はやるから。気を確かに。とにかく、がんばれ!』

『有り難うございます。感謝しています。よろしくお願いします。』

そして、電話は切れた。久しぶりに友達の声が聞けた事で、重い不安が少し軽くなった気がした。とにかく連絡が取れてよかった。