8月25日(土)

消灯からしばらくしてみんなが寝についた時、隣の一号室から騒がしい言い争いが突然聞こえ始めて来た。争い事がもっと激しくなり暗闇の中に数人の監視官達が懐中電灯で照らしながら掛け走って隣の部屋に突入した。数分後彼等一人一人に手錠をかけられ連れて行かれた。

僕のルームメイトの話だと、どうやら一つのトイレットペーパーの取り合いで口論になったらしい。どんな理由であれ拘置所で問題を起すと、『THE HOLE』 『穴の中』 という窓の無い真っ暗な個室に入れられるそうだ。そしてもう一つ罪が加わり刑期が長引くそうだ。

仲が良さそうな一号室の二人は毎晩の様に夜遅くまで話していた。この二日間その二人も聖書の勉強会に加わりはじめていたのに、たかがトイレットペーパー1つの事で争うなんて僕は唖然とするしかなかった。

今日はフリータイムがない為、すぐに部屋に戻らなければいけなかったが、ルームメイトは風邪が治り、元気になったせいか、とても気分がいいらしくで色々な話をしてくれた。彼がなぜ捕まったか、彼がこれまでどんな人生を送ってきたのか面白可笑しく話してくれた。そして最後に彼は再び僕を強く励ましてくれた。必ず迎えに来てくれる日が来ると。

8月26日(日)

久しぶりに深い眠りがとれた。しかし再び自由を取り戻せた楽しい夢だった。夢から覚めて現実も見るたびに自分の帆を強くつねりたかった。この悪夢から覚まして欲しいと願いながら。気が抜けた自分は掃除の時間ボーっとしながらテーブルを拭いていると拘置所で働く囚人の一人が真面目な顔で近寄って来た。問題は出来るだけ避けたかった。何をされるのかと心配と恐怖で目が覚めた。そして彼は僕の耳元で小さな声で言った。

『お前が何をやらかしたかは知らないが、ここはお前のいる所ではない。気を落とさずに頑張りな。』

なんとなく僕が悪い人に見えないと言っていると解釈した。そしてその日から彼は、食事の運ぶたびに僕にオレンジを余分にくれるようになり、食事の時に割り込んで来る人を注意して僕を優先してくれたりするようになった。

とうとう今夜で14日目だ。ここに来てから2週間が経った。僕は祈りながらベットに横になり、

『良い夢を見ませんように。』

心の中で神様にお祈りをし、横になり眠りについた。

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8月24日(金)

今日で12日目。みんなの声を電話で聞いてから一週間が過ぎた。拘置所の中は時間の流れが遅いので一週間はものすごく長く感じた。連絡がとれない事から、自分の頭の中ではくだらない妄想をした。もしかすると、みんな僕の事を忘れてしまったのではないかと。みんながあれほど心配してくれていたのにもしかして裏切られたのではないかと不安になり過ぎていた。これから先自分がどうなるか全く知らされていないので不安でしかたがない。いつ家に帰れるのかも分からないし、今の状況が全く変わらない事でとても苛立っていた。

明日は長い一日だ。土曜日はフリータイムがない為、一日中部屋から出る事が許されない。勉強会もない。伸びて来た爪を歯で噛み切りながら日記を書き続けた。ルームメイトは風邪をひいているので、話し相手にもなってもらえないし、トランプも出来ない。

そのせいか、余計に時間が遅く過ぎるように感じる。ここだけ、時間の流れが止まってしまっているようで苦しい。

『健司、苦しんでいるのは世の中で僕だけじゃないんだよ。人生、そんな簡単な物じゃない。苦しい時だからこそ、いろいろなありがたみが分かるだろ?もう少しの辛抱だよ。絶対に大丈夫だからさ。』

と自分に言い聞かせるしかなかった。


逮捕される前バハマ島にいた時、アメリカで起こった土砂崩れのニュースを見た事を思い出した。洞窟で生き埋めになった人達は死ぬか生きるかのぎりぎりの状態でも望みを捨てずに救助を待ったにちがいない。当然彼等の状況と僕の状況とは比べられないが、望みを捨てては行けないと自分に言い聞かせた。

それと数年前日本に一時帰国した時の事を思い出した。僕は先輩として母校を訪れ、小学生達に自分の幼い時から海外生活の経験や現在アメリカで広告アートディレクターとして頑張っているという事まで語った事がある。その時、小学生達は憧れの目線で僕にこう質問して来た。

『先輩、好きな言葉はなんですか?』

僕は自信みち溢れながらこう答えた。

『僕の好きな言葉はHOPE。望みだ。』 

僕はそれを頭の中で再現してみると今の自分が情けない。望みを捨てちゃいけないと彼等の前で胸を張って教えた自分に情けなかった。自分が言った言葉には責任もって今戦わなければいけないじゃないか!最後まで、希望を捨てずに彼等のお手本にならなきゃいけない!僕は歯を食いしばり、弱音を吐かない事にした。

その夜、聖書の勉強会でテーブルの迎え側に座っていたジョージが僕に言った。

『健司、お前は一人ではない。どこに行っても必ず誰かが守ってくれる。お前は良い奴だ。悪い奴ではない。私には分かる。しかし、すべての友達が助けてくれると思ってはいけない。その代わりに違う場所で全く知らない人間があなたを助けてくれる。そういうものさ、人生は。聖書の教えで善い隣人、サマリア人の話を聞いたことがあるか?』

彼はそう言うとさっそく彼の手元にあった聖書を開いて読んでくれた。

隣人を自分の様に愛しなさい。
ルカの福音書27-35

ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。

『この人を介抱してやってください。費用がもっとかかったら、帰りがけに私が払います。』

さて、あなたはこの三人の中で、誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。

律法の専門家は言った。

「その人を助けた人です。」

そこで、イエスは言われた。

『あなたも同じ様にしなさい。』

僕は聖書を読み終わり一生懸命説明してくれるジョージを見るとこの人は僕の隣人であり、これから先僕は自分にとって無関係な他人でもその人が困っているのであればその人を助けていかなければいけないと思った。

8月18日(土)

僕たちのグループ40人中、5人はラテン人だった。彼等はホンジュラス人、キューバ人、メキシコ人だった。僕もホンジュラスで生まれ、中南米とスペインで育ったと言うと、とても興味深そうに側に近寄って来た。お互いスペイン語を話し、アメリカは僕らの母国ではないのですぐに信頼しあえた。彼等はまったく英語が理解できないので、監視官に伝えたい事や、裁判所で渡された資料も全く理解していない。 彼等は僕にコーヒーをくれたり、スペイン語の本を貸してくれたり、とても親切にしてくれた。何もお返しの出来ない僕は英語の通訳をして助けてあげるしか出来なかった。小さい頃から中南米で育ったことがここで始めて活かされたような気がする。僕はラテン人といるととても心が落ち着いた。

今日はフリータイムがなく、食事の時以外は部屋から出られない。朝食を済ませ部屋でインスタントコーヒーを飲んだ。ぬるいけどコーヒーが飲めるなんて、とても嬉しかった。そして一日中ルームメイトとトランプで遊んだ。お互いの人生、好きな食べ物、趣味など、どうやって捕まったのか、色々語った。彼はレストランや小さな店に侵入し、金庫をこじ開けて捕まったと言う。彼はこれからまじめに働いて落ち着いた人生を送りたいと反省している。

『俺はもう50だからな。こんな所でこの年ではもうこりごりだよ。』

久しぶりに心配ごとがなく笑ったり、とてもリラックスした一日だった。

8月20日(月)

今日は月曜日なのでレストランに2回目のコレクトコールをかけた。以前話したウエイトレスの花子ちゃんではなく、ウェイターのヒロシが電話に出るが、コレクトコールを拒否された。何かの間違いだろうと続けて電話したが続けて拒否された。なんで出てくれないのだろうと腹がたったが何の理由で電話が取れなかったのだろうと自分に言い聞かせた。もしかすると店がすごく忙しかったから電話に出られなかったのではないかと思ったが、内心苛立ちいい気分ではなかった。

8月21日(火)

部屋にある分厚い磨りガラスが赤暗く染っている事で太陽が沈んでいっている事が分かる。 特にコレクトコールをヒロシに拒否された事で自分も沈んでしまいそうだった。ここに来てもう一週間以上経っているのに迎えが来る訳でもない。今の状態が変わる訳でもなく、ただ不安な気持ちのまま時間だけが過ぎて行くだけだ。そんな元気のない僕を一人の黒人の青年が近寄って来た。

『DAIJYOUBU?』 と日本語で聞いて来た。

僕がここに来たての時に日本語に興味を持った二十歳の青年に少しずつ日本語を教えてあげていた。

『うん、大丈夫だよ。迎えがこないからちょっと元気がないんだ。ありがとう。』

そして、夕食後の聖書勉強会でリーダーのベンジャミンも希望を与えてくれた。悲しいかったのか嬉しかったのかよく分からなかったが彼の言葉を聞いて目に涙が溜まった。

『我々は人生で必ず苦しい時がある。しかし、ずっとその苦しみは続かない。神様はいつもあなたを愛している。』

そして寝る前にルームメイトのバークも気を使って僕を笑わせてくれた。

『いいか、お前にとってジェールは初めての体験かもしれないが、死ぬなよ。俺の前で死なれてはこの俺が困る。俺が以前違うジェールにいた時、俺のルームメイトは両足も両手もない可哀想な奴だった。トイレもシャワーにも自由に行けない。俺は彼を見ていて痛々しく思ったよ。そいつに比べたら俺たちは幸せだよ。時間さえ経てば再び自由になる。なに、心配ない。カリフォルニアから必ず近いうちに迎えにくるさ。明日じゃなかったら、その又明日だ。』

8月22日(水)

サンフランシスコに電話をかけようかとしたが、コレクトコールでも同じ番号にかけるには限度があるらしく、自分の口座に預金がなければかけられないようになっているらしい。何度もかけてもつながらない。現金を持ってなかったし、電話をかけるための預金なんて持っていない。来週まで待つしかない。拘置所もビジネスで成り立っていると思うとバカバカしくなった。

『何とかなるよ。すでに家族や友達は自分がここにいる事を伝えてある。だから、必ず誰かが僕をここから出してくれる手続きをしてくれている。後は時間の問題だ。』

何度も自分にそう言い聞かせる事で自分には希望があると言う事を忘れない様にした。

8月23日(木)

今日、ルームメイトが風邪を引いた。鼻をズルズルして苦しそうだ。夜の拘置所はかなり寒くなる。彼は小さく切り取った透明のゴミ袋に石けんを擦り付けて、それを冷房の吹き出し口の上に張った。すると冷たい風が入って来なく、夜9時の巡回が終わるとすぐにそれを張った。そして、朝起きると忘れない様にはずした。もし監視官に見つかるとかなり怒られ、どんな罰が与えられるのか分からなかったので、取り忘れる事は一回もなかった。

苦しそうに咳をするルームメイトがかわいそうに思った。彼は後5ヶ月間もここにいなければならない。彼は紙のペンで自分のカレンダーを作り、一日経つ度に日付にバツ印を付けていく。何ページも続く日付にバツ印がいっぱいだった。それを見ているとたった11日間だけで弱音を吐いている自分がすごく情けなかった。そしていつも僕を励ましてくれる彼に申し訳なかったので、もっとしっかりしなければと思った。

結局今日も迎えは来なかった。折り紙の鶴が今晩で11羽になった。4羽目を折った時の事をまだ覚えている。あの時は精神的に辛かった。そして、とても心細かった。その時は10羽以上の鶴を折ることになるとは思わなかった。法廷で書類にサインした日が8月14日。その日から土日は数えなく10日間以内に迎えが来ると聞いていたがもう10日間経ちそうなのにまだ迎えはこない。他の囚人の話では迎えが来るのに6ヶ月以上かかったり、飛行機での護送ではなくバスで護送されるとの事だ。結局何を信じて良いか分からず不安だけが頭の中で大きく膨らんでいった。

明日は8日目の金曜日。土日をはさんで予定の10日以内なら8月の28日の火曜日までに迎えが来なければいけない。もし迎えが遅れると心配ごとが一気に多くなる。9月に入って自分の会社の仕事が遅れてしまう事。クライエントは待ってくれない。家賃の支払い。先週の金曜日以来誰とも電話で話していないのでとても不安だった。

考え過ぎの僕を気遣ってか、ジョージは毎朝明るく握手をしに来る。

『健司さん、おはようございます。大丈夫?』

と日本語で語ってくれる。

『お腹すいてない?チョコレート欲しい?コーヒー手に入ったけれど飲まない?』 

彼は毎日僕を励まし見守ってくれた。食事をするテーブルが違っても遠くから見守ってくれている。そんなちょっとした心使いが僕を安心させてくれた。

聖書勉強会の後、僕とジョージはいつも話をした。 彼は僕の不安を和らげる為笑いながら言った。

『しかし、びっくりしたよ。最初ケンジがここに連れられて来た日、なぜここに君がいるのかが信じられなかった。というか、場所と人物が合ってないって事。例えにしてみると、黒人の俺が日本の寺で大きなステレオを肩に抱えながら、鐘の近くでデカイ音でラップを聞いているのと同じさ。すごく不自然だよね。』 

確かに多くの囚人は僕がなんでここにいるのか不思議でしょうがないという顔をする。アメリカのジェールを体験する為、日本から来たテレビ取材者と思う人も少なくはなかった。ジョージの話を聞いていると自分も無意識に笑いが出て、暗い気分も和らげた。

彼と僕は色々と話があった。語学、黒人の歴史、ビジネス、文化、小説、人生、哲学などについて深く語った。ジョージはただ寝て食べるだけの他の黒人とは違った。そして、彼は僕にとても勇気が出る言葉をくれた。

『神様はあなたをわざわざこんな遠い所まで遣わせ、健司から自由を取り上げになられた。それは健司に人生の深みや有り難みをお教えになる為であり、その為に試練をお与えになった。物事には必ず理由がある。我々がこうして出会ったのも偶然ではない。健司、苦しい試練かもしれないが、何もかも信じて素直に受け入れれば必ず光がさす。』