高校時代に父からセスナ機に乗せてやる、と言われたことがある。飛行機好きの僕は大変喜んだ。大型の双発セスナで、父は後部の座席に座ったが、僕は副操縦士席に乗せてもらった。父の仕事で必要とする場所の視察を終えて空港へ戻る際、偶然か実家上空から僕の通っていた高校の上空を飛行した。この間僅かに2,3秒。毎日、遅刻しそうになりながら、必死に自転車をこいで30分ぐらいかけて走るのが、一体何なんだろうかと言う気になった。人間の営みは尊いものだけれども、空から見れば小さなこと。その小さなことで日々悩んだりしているな、小さなことで悩むなよ、という気になった。
横柄に聞こえるかもしれないが、空から自分の住んでいる景色を眺めることは、グーグルアースで眺めるのとは全然違う。普段あくせく働き、移動するのにも時間がかかるところの上空をス~ッと通り過ぎるのは、まるで神の視点になったような気分なのだ。自分自身を自分に没入してみるのではなく、自分を客観的にみることの大切さをこの時感じた。
旧五千円札の肖像画でも有名な新渡戸稲造。かれは35歳の時に大病を患った。医者の見立てでは、治るのに7,9年かかると言われた。新渡戸が絶望感に襲われたのは言うまでもない。だが、新渡戸はここで病気も修養の種にすればよいと考え直す。病からも得るものはあると考え方を変え、この間に名著「武士道」を書き上げた。
病気に対する視点を高いところに置き、自らを客観視することによって、新渡戸稲造は絶望感にひしがれたままいるのではなく、彼の運命を切り開いていったのではなかろうか。僕は彼を見倣いたいと思っている。
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