<今夜はサルソン>
楽しみ〜![]()
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<時間の無駄>
『カタストロフィ 大惨事の人類史』をとても読めないと感じた。典型的なイデオロギーで世界を解説するタイプ。 データーなしで解説するだけ、時間の無駄と感じた。
そもそも「序」にプーチンを殺人者というような人だから、当然と言えば当然か。この著者=本が高く評価されているのが理解不能。
論破王「ひろゆき」風に言えば、
『それって、単なる貴方の印象でしょう?』
せっかく読んだので、その分は纏めるつもり![]()
私がこれまで学んだ結論は、
『イデオロギーで世界を語る者は平気で嘘をつく』
<入試問題>
金曜のニュースで地元の某大学で入試問題に出題ミスがあったとか。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1744834?display=1
入試問題出題には大変な労力と心労がかかる。幸い現役時代に一度もこうした問題は起こらなかったし、そもそも問題を予め別の所に依頼して「チェックしてもらっていた」ので、<もう時効だよね
こうしたミスも防げたと思っている。
そうしたことがなされなかったのか? それとも、そうした防止策が機能しなかったのか? 知りたいところ。
それは兎も角、大学独自の入試問題など意味ない。大学の教員は入試問題作成の専門家ではない。大学教育と研究のための人材。入試は共通テストを使えばいいこと。
因みに「入試問題の作り方」というのがある。これは複数解答や解答不能を作り出さないための <特殊なテクニック> それに気づけば「解答へのヒント」にもなる。但し実世界では役に立たない能力。
現実の世界では複数の解答や、問題そのものが成り立たない場合が多い。それにどう立ち向かうかが本来の学問、研究。
同様な事は研究に限らない。「真実は1つだけ」と言うのは解決の道を塞ぐ愚かな思想。
<寒いよね>
早くお家が見つかればいいよね‼️
『イブン・バットゥータの世界大旅行』12
239ページに中国からの帰国路が示される。先に書いたように中国行きそのものが疑問を持たれているようなので著者の記述は少ない。
一旦はインドのデリーに戻り報告しようとしたが、朝見団が嵐で遭難し財物も失われたことからスルタンから叱責を受けることが予想され、デリーに戻らず帰国を決意した。p238
アラビア海を横断し南アラビアに上陸後、オーマン湾〜ホルムズ経由で陸路を取りイスタファン〜バスラ〜バクダット〜ダマスカス経由で4度目のメッカ巡礼を果たす。
図241 & 図243
ダマスカスで、彼は20年前に残した妻子を探すが、既に子供(男児)は死んでいたとか。p244 但し、妻に関する記述はない。またここで故郷に残してきた両親の安否(死)を知り、望郷の念にかられる。そして先に書いたように4回目のメッカ巡礼を果たした後、カイロ経由で故郷に1349年四半世紀ぶりに戻るが、この旅程はペスト流行の中で行ったようだ。p244、p246
故郷モロッコのタンジールに戻った彼は、「諸国遍歴の杖を捨てた」とするが、そこで両親をはじめ親族も他界していたことからか、再度旅に出る。p248
これが最後の大旅行となるアンダルス〜アフリカの旅である。当時のアンダルスはレコンキスタが進み、イベリア半島南部でキリスト側の激しい攻撃が行われていた時。
256ページにアフリカ大旅行の旅程が示されている。
先に故郷に戻った時、彼は先に「諸国遍歴の杖を捨てた」としたが、何故再度旅に出たのか? 著者は彼がスルタンからサブサハラの情報収集の命を受けたからだろうとしている。そして、それを示唆する幾つかの事例を挙げる。例えば途中でスルタンの使者から旅行先の変更を伝えられるとか。p255
何故、アフリカ内部の情報が重要だったのかについてはここに重要な交易路があったから。即ち「塩」と「金」「奴隷」の交易路だったから。これを示す図が259ページに示される。
そして物語は最後の章に入る。

