<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=svq8CaeWyqU&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=8
HSK3~4 #6~#8 背了四十分钟单词。
https://www.youtube.com/watch?v=SCkpjzRVJ7Y
中国まる見え情報局244 十二分钟。
https://www.youtube.com/watch?v=dxOhMZocigg&list=PLkry8pUG1m4tRSuIPM_R2Rs3Ysai1A3dp&index=4
Eko,16min~31min。学了十五分钟汉语和英语。一共一个小时七分钟。
运动;爬山散步 4.1km,6624步,9楼(计划)
今日は昼から月1の病院行きもあり早々に終了。ま、いつもの木曜病も発症。
それにしても、診療5分 x 2 = 10分、待機3時間の病院行きは何とかならんか!? 処方箋もらうだけならオンライン診療でいいはず。何故、オンライン診療が一般化しないのか?? 疑い深い老人はそこに既得権益を感じるのだが??
<まずは試験区、実験区から>
https://www.hisayama.med.kyushu-u.ac.jp/about/index.html
ここに書かれているように久山研究は1961年から九大の当時、旧第二内科の勝木先生が始められたもので、久山町の人口約9,000人の住民を対象に疫学調査がきっかけだが、現在ではそれが拡張されゲノム研究まで広げられている。この研究には61年当時の町長、江口浩平氏の先見の明に基づいた指導力と住民の協力体制が一番重要だったと聞いている。
それと、個人的に思うのは、この研究が最初は《町内限定》に始められ、かつ久山町固有の問題も背景にあったかもしれない。つまり、それまでの主要な産業であった久原炭鉱の1958年閉山に伴い、色々な医療体制の不備があり、その改善のために九大への研究協力と医療支援がバーターにされたようにも感じる。これはあくまで私の推察。同様な問題は地元の宇美炭鉱の閉山でもあった。
それは兎も角、これに注目するのは町民全員のデーターを一括して九大で収集、管理され様々な分析に使われ、その後世界でも注目される「HISAYAMA Study」として研究成果を挙げたこと。
これをモデルにして医療情報を地域限定的に、実験区としてDX化すればいいのではないか。多分、今はそのように進んでいるのでは? 現在の患者の医療情報がそれぞれの医師、医院に独占されている状況はマズイと考える政治家は出てこないのかな? これは政治が果たすべき事。
先にも述べたように、内科診断やレントゲン診断は最早AIの方が優れていることは実証されている。たまたま運が悪く「ヤブ医師」に当たるという不幸もなくなるだろう。また不要な重複医療や投薬も防ぐことができる。
ついでに言えば海外で医師の処方箋が必要な医薬品が違法に販売されることも防ぐことができる。何しろ各個人の投薬情報が分析されるわけだから、方々の病院を回って余分な医薬品(7〜9割が補助されてる)を手に入れ、それを闇市場に流すことも出来なくなる。まずは実験区、試験区から初めて、その成果を一般公開することで国民の理解を深め、心配を晴らして、
『ウチの町でもやっても、いいんじゃネ?』
て、声を起こすことが重要ではないか?
<危険な坂道駐車は不味い宅地造成プランが原因>
昨日の坂道駐車の現場を国土地理院のツールで確認する。
これは3D地図で中央のギザギザの2本の黒線部分が該当する坂道。縦横5倍に拡大したもの。
それを断面図で見ると、このようになる。これも縦横5倍に拡大したもので、実際にはそれほどの坂道ではないように感じるかもしれないが、この角度でその後、数百メートル続く。
更に西側は20~10mもの急な崖になっていて、転げ出した車はおそらくガードレールを突き破って下の住宅地まで真っ逆さまに落ちていくだろうから大惨事になることは十分予想される。
それにしても、この宅地造成プランにそもそも問題がありそうだ。上の図の右端の(始)—(終)までが路上駐車の常習該当地区だが坂側の家は石垣の下の道路から階段でしかアプローチがない。高さにして5m〜10mある。反対の右列側の家は隣接する道路から高度差なしでアプローチできるので広い車庫を造る余裕があるが。左列側はトンネルタイプで精々1台分。それでも石垣の下に車庫用のトンネルを造って、その上に家を建てるのは土木構造上脆弱だと思うが、どうだろう? 土木建築関係の方のコメントが欲しい。
こんな構造の宅地は多いのだろうか? 同じ団地で調べてみたらこの道路に特有の構造のよう。他の場所では崖の反対側に道路がある。例えば下の図の場所では高い石垣の上に宅地があるが反対側の道路から高度差なしで車庫用の土地は十分取れる。
…危険を感じて知らん顔する良くない。何らかの行動を起こしたいが、さてどのような方法が適切か? 悩ましいところ。単に「危険だ」と言って済ませられる事柄ではない。精々、車止めの処置をお願いする程度になるかな?
『中国全史』下巻9
18章では改革の時代、辛亥革命の時代に入る。
ここで知らなかったことが書かれていた。第一次世界大戦では中国は中立を保ったが、連合国に労働者を提供したとか。西部戦線に14万人、東部戦線には何と25〜50万人。後者はロシアの元に送られた。勿論、多くの中国人がこの大戦で命を落としたとか。p210
1921年に共産党の結成が行われるが最初の党大会は上海の、旧フランス租界内の、現在の興業路(兴业路)にある「小さな家」で開催されたと書いてある。p214
いや、「小さな家」ではないのでは? 新天地近くの赤レンガ造りの建物だと記憶するが? 別のところなのかな?? ご存知の方があれば是非、コメントを!
著者は毛沢東の人柄について、欧米での評価とは違い、理想と虐げられた人に対する同情を持つ人物だったと考えているようだ。p216 それは彼の人生の軌跡(特に湖南省での)を考えての著者の理解だろう。勿論、毛沢東自身が長い人生の中でその性格を変えた可能性があるが、、、
ここで時代の証言者が代わる。1930年まで劉大鵬を著者は追い、その年73歳になった劉から、8歳の鑲平如に話はバトンタッチされる。正に私が求めていた史料がそこにはある。p219
それと別の証言者としてパールバックをあげる。彼女もこの時代、安徽省を舞台にした『大地』を書いた。p220
この本の一部を昔、英語の教科書で読んだ記憶があるのだが? 間違いだろうか?


