学習 & 『テンセント』 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<学習>
アイデアとしての「新しい民主主義」に唯一、問題点を指摘された男子漢さんに感謝。


男子漢さんによればこの方法は、<衆愚政治のリスクがある> と。
https://ameblo.jp/nanzuhan/entry-12749833972.html

それは否定できない、十分にあり得るというかむしろ想定内だ。しかし、選挙により正当に選ばれたナチス政権の例を考えても同じリスクが政党政治にはある。むしろ政党を間に挟むことで、

戦争やジェノサイドは「ナチスが行った」という免罪符を与えた

それに比べればこの方法は直接選挙民の選択が政策に現れるという意味で責任はすべて選挙民に問われる。

そもそも最初から上手く、機能するとは思っていない。むしろ何度も「衆愚政治」が行われ、その経験を積むことで、より選挙民は賢い選択ができるようにトレーニングを受ける、楽観的すぎるだろうか?

政党政治における失策は、政党やその指導者の責任に済まされる、それがこれにはない直接選挙民の責任となる。それが最大の利点。

そんなことを考えていたら内田氏のブログを読み、別の点からの日本の政党政治の欠陥を教えられ、更にその意を強くした。

<内田氏の「選挙と公約」から>
http://blog.tatsuru.com/2022/06/19_1311.html

米国のダートマス大学の研究によれば、日本における政党支持と政策支持には「齟齬」があるらしい。その解析の結論として日本では『どの政党が権力の座にあるかを基準に投票が行われる』というものだったとか。つまり<勝ち馬に乗る>傾向がある?

もしその結論が正しければ、やはり現在の政党政治は問題が多すぎることになる。私の考える「新しい民主主義=直接民主主義」にどれ程のリスクがあるとしても、このような現状の選挙制度により生まれる政府よりは少しはマシなのではないだろうか?  楽観すぎる??




『テンセント』
副題:知られざる中国デジタル革命トップランナーの全貌
吴晓波著、(本では呉の字が使われているが、ピン音通りwuxiaoboならば吴だろう)プレジデント社、2019年初版。

現在政権はtencentやアリババを統制しようとしている。この本もそこまでは予想していなかったようだ。

冒頭インターネット業界の人間は過去に拘らないのでこのテーマでテンセントの歴史を書くのが難しかったとする。p12 

確かに、今に生きる人間にとり、過去は過ぎ去れば本人に取って意味がないことかもしれない。

著者は2012年を1つの区切とする。それはスマホの本格的使用だ。p26

私が衝撃を受けたのも中国、2017年に滴滴出行を見たときだ。
https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12548953367.html

インターネット経済が本質的にそれまでと異なるのは「完璧主義への叛逆」だと著者はいう。p31  そう!だからそれを体現する日本は遅れをとった。

著者は米国と中国のインターネットの存在の違いについて、『インターネット自体の民主性や非中心性は、中国で広く注目されたことは一度もなかった』と著者はこの時点で述べている。そして人々は反逆精神ではなく、『富を築くための現金化ツール』としてしか認識していなかったと言う。p35

しかし今は違う。まさにそれ故にこそ政府は規制しようとしている。