無くていいじゃね? & 『新ジャポニズム産業史』7 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

 

<コロナを奇貨として>
コロナパンデミックを非常な不幸な災難として捉えるのが普通だし、当然だと思うが。いつまでもネガティブに考えても事態は変わらない。ここはむしろコロナを奇貨として、社会を変えていく工夫が必要。

リモートワークはその代表だが、それ以外にも分散型社会の構築もある。これまでは何となく<集まらないと駄目だ>と思っていたことも、実際にハイテク技術を使えば、

『無くていいじゃね?』←論破王ひろゆき風に!

この流れを元に戻してはいけない。

これまで導入してきたものに、公民館管理のデジタル化。具体的には予約のクラウド化とリモート閉開錠。これまでは館長への電話連絡による中央管理型から、共同管理型。「鍵手渡し」という原始的手法から、暗証番号による完全リモート化を済ませた。これは議員さんが他の公民館へも普及させたいと述べられていた。

これから導入しようと思っているのがZoom形式での分散型会合と高齢者の足を確保するオンデマンドバスの実用化への環境作り。このために高齢者向けのデジタル再教育が必要で、そこに公民館を使わない手はない。この町には歩いていいける距離に何と40以上もの自治公民館があるではないか!そのためにまず公民館のデジタル化が先決事項。そのためのWifi設置。

議員さんや、役場の担当部署への働きかけを最近始めたばかりだが。その際のキャッチフレーズが「コロナ」と「高齢化」の2文字。我々の生活に多くの不便と不幸をもたらしたコロナだが、これからはコロナを奇貨として精々、利用させてもらいますゼ!



『新ジャポニズム産業史』7
1981年のガンダム復活のイベントでガンダムの衣装を身につけた参加者が多数集まったらしい。これはこれがその後『コスプレ』と呼ばれるグループが大衆の前で披露された最初の出来事だとか。p282

さらに各家庭にビデオ再生機が普及したことでアニメがそれまでの<玩具の宣伝>の為のものから、《アニメそのものが商品》に成るきっかけだったとか。つまり、テレビを飛ばして直接、ビデオ再生機は若いユーザーにアニメを届けることができた。p292、p298

そして、これはやがて完全にこうした動きを無視して国内でアニメを事実上生産していなかった米国市場にもなだれ込んだ。p297 つまり任天堂やソニーのゲーム機はその内容のアニメソフトなしには語られない。そう!長い事、アウトサイダーとしてアニメがその後、ポケットモンスターなどに代表されるテレビゲームが新たな市場を生み出したという事。p308 アニメがクールジャパンの1つだと言われることが少し理解できたような気になった。

次の8章はいよいよ、その「世界を虜にするゲーム」ファミコン、ゲームボーイの話。私自身これまで全く興味がなく、実経験がないので、よく分からない部分も多いが冒頭に以下のような話がある。これについて興味を惹かれた。

それは「ゴジラ」や「ウルトラマン」で登場する沢山の怪獣。これが主役として受けいられる背景に、著者は日本の多神教的世界を挙げる。p318

確かに一神教的世界では多種多様な怪獣は主役にはならないかもしれない。ここらは外部者の視点と言える。