ソーシャル・キャピタル & 『中世ヨーロッパ』7 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<今日は祭日>
年金生活者が祭日でもないのだが、やはり社会の流れに合わせることが大事?そんなわけで、休日バージョン。(汗)

昼から地元の図書館に行く予定。まだ陳舜臣さんの『新西遊記』は読み終わっていないが、読むのが非常に遅いので現時点では余り読む気分にならないみたいだ。これなら別の本を読んだ方が良さそう。また別の機会ということもあるだろう。

さて、そんな気分になったのには理由がある。ずいぶん昔、原丈人という人物をここで話題にしたことがある。彼とPalo Altoの街中か大学内ですれ違ったこともあるかもしれないと思い興味を持った人物。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1153/trackback

その後、彼の唱える「公益資本主義」と「ソーシャル・キャピタル」の概念に共通性があると感じていたが、
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6620/trackback

最近、彼が岸田首相の唱える『新しい資本主義』に影響力を持っているかもしれないとの話を聞いた。
https://diamond.jp/articles/-/286154

本当ならば興味ふかいこと。彼の本はまだ結局読んだことがない。今はこれだなと思った次第。主要な以下の4冊は地元の図書館にはなかったが、取り寄せもできるし、とりあえず共著書の『会社はだれのものか』は地元の図書館にあったのでwebで事前予約して午後から受け取り予定♪ 今は簡単に取り寄せができるので有難い。これこそソーシャル・キャピタルそのもの!

『21世紀の国富論』 >福岡市総合図書館
『「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉』 >太宰府図書館蔵
『だれかを犠牲にする経済は、もういらない』 >福岡市総合図書館 
『夢を追いかける起業家たち』 >太宰府図書館蔵

話は飛ぶが、最近見直している人物にホリエモン氏がいる。しかし同じベンチャーキャピタリストの原丈人氏と彼の違いを挙げればこの視点かなと思う。そしてここが、ホリエモンが原丈人に及ばない点。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5937/trackback


…ビル・ゲイツが、もし発展途上国に生まれ育っていたら、同様に才能に恵まれ努力をしたとしても巨万の富を築けなかっただろうし、ジョブズの父親が、もしシリアから移民として米国に渡ってこなかったならMacもiPhoneも生まれなかっただろう、その背景にソーシャル・キャピタルがあることを我々は気がつくべき。




『中世ヨーロッパ』7
7章では「少年十字軍」のことが語られる。記憶に間違いなければ、このことは高校の世界史でも習った記憶がある、当時こうした凄惨な事件が宗教的熱狂に伴い起こったと習った記憶があるが、著者はこれが創作だと言いたいようだ。

但し、著者自身がこの本の中で書いているように同時代の年代記にもこうした事件の断片が多数記録されているようであるし、その実態や規模は別にして、こうしたことを想起させるような事件が起こったのは間違いない。この著者の議論も話半分に聞いておけば良さそうだ(汗)

「少年十字軍」とは1212年に何千人もの子供が十字軍遠征に出発し、多くが死んだり奴隷になったと云う事件で。「少年十字軍」をウェブ検索すれば沢山ヒットする。そしてその多くが以下のサイトのようにイメージと実態の乖離を指摘している。
https://www.y-history.net/appendix/wh0603_1-030.html

著者はまずこの話が一貫して示す史料はなく、ほとんどが断片的で、しかもこれが広く知られるようになったのは寧ろ19世紀以降のだとする。p216 そして、それに一役買ったのが米国の聖公会の牧師や神学校の校長を務めたグレイ師でカトリックや教皇に対する敵意があったとするのが筋。p225 彼は一次史料を沢山読み込んだとするも、多くが断片的で創作の部分が多かったとする。

まず一次史料の中には同時代の年代記が含まれるが。その中にも集団を率いていたのはカリスマ的な少年ニコラウスだが、集団には大勢の大人が含まれていた。p220、p234  またそのニュースを聞いた教皇も止めることはなかった。それどころか彼、インノケンティウス3世はこうした十字軍を招請した本人でもあった。p222

著者が「実際に起こったこと」として注目するのはこの事件が起きた時期。即ち、1187年にサラディンによりエルサレムを失う事件が起き、さらにその奪回を狙った第三回十字軍が敗北したことで、十字軍運動の転換が起こったこととする。例えば本拠地、エルサレムではなく、4回は同じキリスト教徒のビザンチンを略奪したり、異端としてアルビジョワに十字軍を送り、同じキリスト教徒を虐殺した。p233