『中世ヨーロッパ』6 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
ダイヤモンドリーグ +160XP,46588XP,四十分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=-aNrg-q3u7w&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=9
HSK3~4 #7~#9 背了四十五分钟的单词。

https://www.youtube.com/watch?v=9vuBfMx3P2s&t=2432s
HSK5 ~600,后半 背了四十分钟的单词。

https://www.youtube.com/watch?v=RvRtkbDbSn8&t=207s
HSK5 ~900,~7.3min, 继续努力背了三十六分钟的单词。

https://www.youtube.com/watch?v=hYfVHriD3-k&list=PLrlwIJ5o0QFih1_09vLSwFuN1i5bcd6EH&index=6
Kazu Shanghai Life。#120,看了二十分钟的Kazu频道。

https://www.youtube.com/watch?v=E3CXlEb9Jsg
王陽のほぼ毎日中国語 56~57学习了十一分钟的句子。

https://www.youtube.com/watch?v=aIPLmvU4nTw&list=PLX5jhIuWaM7gkN2-iTCRDLqf-XqXbhCcf&index=13
【青島日美】中国語講座 中級,#9~13,学习二十分钟的句子。

https://www.youtube.com/watch?v=jBYHXEO7idg
ゆうきの中国語 学习二十九分钟的单词“为“。非常难! 一共四个小时一分钟。

运动;爬山散步 2.7km,4356步,9楼。



<公民館の修理>
日曜日は昼からモールのスタバに行って読書三昧。それから買い物して、公民館の蛍光灯をLED灯に替える為に電気屋さんによって(但し2軒ともお休み!涙 ただし先ほど、月曜日に見積もりと手配を依頼できた)、最後に公民館で業者さんのドア修理に付き合って半日公民館関連のお仕事でした。

実際のところ、あの修理は素人では無理でした、プロに頼んで正解でした。ドア修理だけだが、2つのうち1つでも解決したのは良かった。

図2

簡単にドアが外せなかった理由はドアの金具が錆びて膨張していたのが原因。そのせいでドアの木枠を削る作業が必要になった。専門の工具でないとあれは無理。職人さんは2種類の電動工具で木製扉を僅かに削り、変形した木枠を調整されていました。素人は手が出ない作業。

ドアの金具部品はこちらから用意した物でOKだったが、工賃だけで1万3千円。それなりの金額。ま、自分の金を払うわけではないので懐は痛まないけど(汗)因みにドアノブの選択で重要なのは《ドアの端から取り付け穴の位置までの水平方向の長さ》。

残るは蛍光灯のLED化。蛍光管を新しいもの(ラピッドタイプ、この管の選択も重要)に交換したが、一時的についたり、消えたりして不安定。管の問題というよりも器具に不具合があることが判明。LEDに交換することを決定した。今はもうLEDタイプしか販売されていない。蛍光管はもはや製造中止なので選択肢はない。

公民館は体育館と兼ねる造りで、普通の住宅と違い天井が高い。ランプ交換に脚立を使ったがとても危険。下手に素人が自分でやろうとしない方がいい。足を踏み外して怪我でもしたら打撲だけでは済まないだろう。これもプロにお任せすることに決定。因みに既に1千万以上のリホーム、建て替え用の積立金があるので困ることはない。聞くところによれば既に1回目のリフォームは済んでいるらしい。同じ頃に建てた自宅が2回目のリフォームが済んでいるので当然といえば当然。



<小さな村の物語、イタリア>
https://www.bs4.jp/italy_encore/articles/hnixb1clnf204emq.html

日曜朝の再放送、と言っても最初に見る物語だと思う。ピエモンテ州のマクニャーガ、スイスとの国境の町。人々が住み始めたのは800年ほど前とのこと。山を越え、新天地を求めてスイス側からやってきたヴァルセル民族が村人の祖先だとか。

その町で、アルベルトは現役時代は貧しくて畑仕事とスキー場での仕事。その中にスキー教師もあったらしい。リタイヤして年金生活後、62歳からマスターズ競技に参加し始め、何と2003年W杯で優勝。82歳の今なお現役だ「凄い」の一言。82歳といえばまだ10年以上もあるではないか、素晴らしいリタイヤ人生。見習おう!



『中世ヨーロッパ』6
ここであの有名なバイユーのタペストリーの話が出てくる。但し、それに対する評価は散々だ。「あれはプロパガンダ」と一刀両断に否定される(涙)p171
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ま、確かにそうした側面はあるでしょうが、画像に示される情報は価値があると思うのですが…

いずれにせよ、馬に乗って闘う騎士は主力ではなかったという事が、同時代の別の史料、『ウイリアムの事績』をもとに議論される。そこでは歩兵と弓兵が戦闘の主役であるとされる。p172

6章では教会は科学を抑圧していたかに議論が移る。そこで登場するのがあのガリレオ。確かに彼が異端審判にかけられたのは「中世」ではなく「近世」の1633年だ。ここは著者の主張を認めないといけない。p180 しかし近世であれ、教会が科学の領域の事を異端として捌いたのは事実だと思うが、どうだろう?

ところで、こうした批判は主に英米から出されたという。つまり著者はプロテスタントの大陸カソリックに対する敵愾心によると。p185 そうした代表人物の一人にあの『ローマ帝国衰亡史』を書いたギボンも槍玉に挙げる。曰く、「最初に導入した歴史家」だと。p192

アリストテレスの著作は12~13世紀の中世においてアラビア語やギリシャ語からのラテン語翻訳で読むことを承認、または義務化されていたと著者は言う。p199 

しかしどうだろう? 一部の内容(天使や魂に関して)については確かに禁止されていた。あの『薔薇の名前』でも<笑いについて>は禁止されていると聞いているが??
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したがって、この著者の意見は部分的には正しいが、中世のキリスト教界において無条件で全ての真理の探究を認めていたわけではないから。これはどこに視点を置くかで評価は変わると思う。

科学史家の中には現代科学の起点を13世紀のロジャー・ベーコンやロバート・グローステスト、そしてアルベルトウス・マグヌスに辿る者もいると云うが、それはその通り。p200 

そのことを『中世のカリスマたち』で詳しく語られていたことを覚えている。
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