<イタリア風生活、過去で現在を生きる>
『イタリア鉄道の旅』を今日も観る
https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=107&date=2019-09-26&ch=10&eid=33539&f=3664
若者の就職難(3人に1人が無職)と家内産業が多く保守的な産業界。イタリア人と日本人の間に生まれた子供が『日本の方が、未来がある』と言っていたのには驚いた。普段日本の将来に不安を感じるものからすれば驚きだが、それだけイタリアの現状が厳しいということだろう。
好きな番組の1つである『小さな村の物語、イタリア』 あそこで描かれている静的で安定な社会の暗い裏面ということだろうか? 高級車フェラーリやランボルギーニなどのスーパーカーにしても、イタリア・デザインで人気のバッグや衣服類も、ある意味これまでの産業の延長上に過ぎない。 過去で現在を生きる? PIGSて、酷いネーミングをつけられる背景にあるもの。
それにしてもNHKのドキュメントやプレミアム番組には良い番組が多い。あの不思議な「N党」の出現で俄かにNHKに興味をもち、その傲慢さに怒ったりもしたが、これだけ良い番組が提供されていると「まあ、いいか」という気になる。
<TV界>
そんなことを考えていたら、最近のTV界のことに思いが進んだ。
近年「情報の双方向性」が世界の潮流になり、かつて花形産業だったTV界の凋落が著しい。昼のTVを観ると芸人や「昔の名前で出ています的な」俳優を沢山揃えての報道番組やクイズ番組が多い。それだけ安上がりということだろう。時間の無駄だと感じることが多いので最近殆どこうした番組は見ない。それに比べるとやはりNHKのこうした過去の番組は違う。強制的に視聴料を取っているのであるからNHKはこうした番組を無料で開放すべきだろう。(ここで紹介した番組の一部は追加料金が必要)
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それにしても最近TVを見る時間が増えた、復帰は大丈夫かしら(汗)
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『スッキリ中国論』
副題;スジの日本、量の中国。 田中信彦著、日経BP社。2018年初版。
色々な点での著者の理解には同意できるものが多い。例えば、
1)日本人は「普遍の原則」を基準にし、中国人は「合理性」を優先する。p017
2)テンセントの狙いは配車アプリ(滴滴)のサービスで稼ぐことではなく、決算サービス=WeChatPayの利用者を増やし株価を上げること=(量的)投資だ。p137
その他、著者が指摘されたことで、私がこれまで考えたことのなかった点は、政府が採算を度外視して高鉄や高速道路を造るのは(国所有の)地価を上げるのが目的。p139とした点だ。
問題点だと思うことに、中国の平均勤務年数は1年10ヶ月。p167 これではその分野でその企業が長期的競争力の向上を期待するのは難しい。すべて目標は短期のものとなる。特に価格競争での旨味がこれから無くなる製造業では深刻だろう。コモディティー市場での優位性はもう続かない。
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景徳鎮と有田焼(伊万里焼)の違いを社会システムから説明するところは興味ふかい。p187~ 景徳鎮で働く職人は外地人だったそうだ。其れ故、「地域ブランド」の概念がなく、職人は定着しにくかったとか。一方有田は江戸時代から様々な地域を挙げての取り組みがあったとか。(1866年の陶業盟約、1871年の養成学校等)p186~
以前読んだ本では、其れ以外にも景徳鎮での原料素材が途切れたということや、景徳鎮では分担体制が進み技術開発が妨げられたとも聞いている。
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前者について、有田でも原料がなくなり、他から持ってきたという話を聞いたことがあるが、自分のblogの記録からは見つけられなかった。そこで改めてweb検索すると現在では天草から原材料を入手とある。曰く、『有田の泉山磁石場はほとんどが掘り尽くされ、今は熊本県天草産の陶石を用いる』 同じことは当然、歴史ある景徳鎮でも起こっただろうがそうした対応策をとらなかったということだろう。それでも有田は有田焼のブランドを守ったということだろう。
http://www.levamedsmarta.com/menu01-5.htm