<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=WRxBjTLIyWo&t=15s
1h46min~4h03min, 听写两个小时十九分钟。
今日も不調。上記のサイトは内容も比較的簡単で3回繰り返すので听写に最適。勉強する気力が湧かない時、助かっています。そろそろ心機一転が必要。
运动;一个Salsa课 ついに再開したサルサ。これで心機一転が図れる?
<9-11は忘れられたのか?>
意外に9-11の話が出ない。もうニュースヴァリューがないということか? アフガンの戦争もイラク戦争も。そして現在の中東の混乱も??
<10年ぶりのサルサクラス>
中途入会でクラスで進行中の振り付けが判らなかったので戸惑ったが、そのうち慣れるかな? 色々事務的に取り決めが細かくなっていた。それだけ進歩したと取るか? 昔のNPO的雰囲気が失われたと取るか、10年経ったのだから変化しているのは当たり前。
2ヶ月分の受講料(シニア料金)と年会費で合計14,780円。自宅から行くのは今回が初めてだが、相当時間がかかることが分かる。1時間14分かかった。でもラッシュ時は要領の問題もあるので次回からはもっとスムーズに1時間以内でいけるかも? 昔からよく知る天神界隈の格安パーキング場に車を入れて2時間ギリギリで出庫できた。駐車料金400円は儲けもの。
久しぶりの天神だがやはりお洒落。しばらく田舎暮らししていたので(巨大モールは田舎)戸惑った。これでこれまでの行動が変わるので心機一転になるかな?
<「自分の言葉で語ることのできる人間だけが本当に考えている人間だ」と言う傲慢>
行きつけの読書家のblogがある。以前は何度か書き込みをしたが、感情の行き違いが起こりその場を去った。blog主は同じ政治的立場でない人間の「別の意見」を歓迎しないことがわかったからだ。しかしその読書記録は参考にはなるので、見るだけの立場で相変わらず訪問している。今回、上記のような意見が、ある作家の文章を引用して述べられていた。
『自分のなかでずっと考え続けたうえで自分の言葉で語る極めて限られた人と、その言葉を口まねで言う大多数の人がいる』 として、そのような多くの人々の言葉を、
『眉につばをつけ、あれはみんな人の口まねである』 と断言する。
私は、むしろそのような姿勢に傲慢さを感じる。人により自分の言葉で十分語ることの出来ない人もあろう。そうした人が皆、人まねだというのか? 他人の心の中が分かると思うこと自体。傲慢の極み。
『世界をダメにした10の経済学』2
二章目の邪悪な理論は「資本主義は搾取を生み出す」というものについて。冒頭ロシアのキャビアの話が出て、資本主義は自然との相性が悪く<持続可能性の軽視と搾取>の話につながる。p55 ここであの「コモンズの悲劇」が取り上げられる。p56 つまり所有が「ない」とこに荒廃の原因があったとする理論である。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5627/trackback
それだけではない。所有と取引がなかったことが最大の問題があると著者は言う。例えば旧ソ連では全てが国家の所有だった。それでもアラル海のように自然は崩壊した。それは著者自身によれば『自由な取引が存在しなかった』からだという。p70
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4056/trackback
しかし、大気中の酸素を還元するアマゾンの熱帯雨林や、海面値を維持する南極や北極の氷を誰かが所有し(これらはどの国の領土でもない)、管理(著者の言う「取引」)することが可能なのか? そもそもこの地球を管理=取引することが可能なのか? という点である。
小規模共有地ならば可能なことでも、こうした地球規模の問題に対して全てを「所有」と「取引」で管理可能だというのは言い過ぎではなかろうか? あのトランプのように「地球温暖化はフェイクだ」という政治家がいれば「取引」どころではない。<温暖化を止めることは経済価値がない>と彼は言っているのだから。
資本主義に持続可能性の軽視と搾取のメカニズムが存在するということを認識して初めて、解決策が模索される。それなしに自由放任主義から自然とバランスを取れた「取引」が動き出すと考えるのは無理がある。
二章の最後に著者は『資本主義が搾取を生むものではない。搾取の原因は共有性にある』つまり『所有者は自分の所有物を濫用したり浪費したりはしない』とする。p75
しかしこれは現実に照らして間違っていると考える。「共有」は確かに「コモンズの悲劇」を引き起こすかもしれないが、世界の多くで私有財産権が認められているにもかかわらず搾取が行なわれているという事実を説明できない。
ローカルでは正しくてもグローバルでは正しくないことはいくらでもある。