思うように資金調達ができない方へ -2234ページ目

丸の内 2

3月10日


 

大阪生まれの私にとっては、

銀座と丸の内は東京の象徴的な場所でした。

 

私は子供の頃から、親にどこかに連れて行ってやろうなんて言われると、

いつも、決まって東京と言っていました。

 

大阪も都会ですし、生まれたのが心斎橋の近くの鰻谷という所だったので、

それなりに賑わいのあるところでしたが、

子供心に、やはり東京はでかく、銀座はまぶしい存在でした。

実際子供心にも、銀座に行くと、

何か華やかで、粋で、素敵な人たちがいっぱいいるような感じの街でワクワクしたものです。

一方、丸の内は子供の頃は、それほど関心のある場所ではなかったのですが、

今はもう、書店の棚にも並べられなくなった源氏 鶏太 の小説を中学ぐらいから読むようになってからは、

この人の小説の中に良く出てくる丸の内にすごく憧れを持つようになりました。

 

この本の筋は、いわゆるサラリーマン小説で、

中学の頃の私でも、良くできた軽めの話だと言う感じでしたが、

でも丸の内で働く人のかっこ良さや、素敵なレストランや、

ともかく丸の内で働き、生活する人の情景には本当に憧れを持ったものです。

 

私は昔から、超ミーハーで、

このような軽めの小説や映画にずいぶん感化されやすく、

源氏 鶏太の小説以外でも、石坂洋次郎の小説には非常に感化されました。

代表作は有名な「青い山脈」だと思うのですが、

私は高校生の頃、今で考えると、ずいぶん初心だったと思うのですが、

この人の、「陽のあたる坂道」や「寒い朝」の舞台になる東横沿線、

特に自由が丘や田園調布などで繰り広げられる、

まあ、可愛いと言うか、文通でもしそうな恋愛劇に、若い私は胸躍らせて読んでいたんです。

当時の高校生なんて、こんなものだったんじゃないでしょうか。

 

丸の内から少し話が飛んでしまいましたが、

話のついでなので少しお付き合いを・・・。

 

もう一つ笑えるのが、

加山雄三と田中邦衛の若大将シリーズの映画です。

これも、大阪の高校生活を送る私から見ると、

滅茶苦茶かっこよく、良いな、良いな、なんて真剣に思ったものでした。

マジでこの頃は湘南にも住みたいと思ったものです。

 

私は子供の頃から、いつか東京に行きたいと思っていたのですが、

源氏 鶏太、石坂洋次郎、若大将の3つで、

死んでも大学は東京の大学に行かねばならぬと思ったものでした。

これに拍車をかけたのが、

中学時代の親友が高校から慶応に行き、

私の憧れでもあった自由が丘に下宿したことです。

そして、大阪の公立高校に通っていた私には、

その生活が如何にも、石坂洋次郎的な青春生活そのもので、

人を羨むことがあまりない私が、

真剣にうらやましいと思ったのは、この時が最初で最後であったと思います。

 

また若大将の加山雄三扮する田沼雄一は、

京南大学と言う大学に在学していて、この京南大学は慶応大学を想定したものではないかと、

勝手に決め付けるようになり、

慶応高校に行った親友も、慶応に決まっていると断言するにいたり、

私の考える大学生活は、

慶応大学に入り、自由が丘など東横沿線に住んで、

大学を卒業をしたら、丸の内で働くと言うのが、大学生活とその先の私の強いイメージになりました。

いや実にお恥ずかしい、笑止千万なシンプル極まりない夢でしたが、

この頃は真剣に考えていたのです。

 

また、若大将の映画の中で、

主人公の恋人役の星由里子が演じる澄子の職業が、

宝飾店、化粧品店の店員などの時もあったのですが、

今はなくなってしまった当時のアメリカの代表的な航空会社であった、

パンアメリカンのスチュワーデスの役が一番気に入り、あこがれました。

パンアメリカンの営業所が、帝国劇場の隣の国際ビルの皇居のお堀を望むところにあって、

今も確かユナイテッド航空が入っていると思うのですが、

この営業所がやけにかっこ良くて、

大学に入ったら丸の内でデートしてやろう。

そして丸の内にある会社に入ろうと、

サラリーマンにまったく向かない自分の性格を棚上げにして、真剣に考えていたし、

その頃強く言われていた、親父の大阪の会社に入社なんて、

誰がするものかと思ったものでした。

 

こんな、今考えると、まったく幼く、社会性もなく、超ミーハーな私でしたが、

一応、無事慶應義塾大学に入学して、

住所は等々力でしたが、最寄の駅が自由が丘の離れを借りて住むことに成功しました。

 

そして、最初は大阪弁も今のように認知されていない時期で、

なんとか早く東京人らしくなろうと、一所懸命研究トレーニングして、

そのお陰かどうか分かりませんが、

入学して初めての夏休みに、

この丸の内でデートをすることに成功します。

 

この頃の丸の内は、それこそ昨日の記事にも書いてあったように、

ビジネス中心の街で、路面の店舗は、ほとんどが銀行や証券会社であったように記憶しています。

街並みや道路は非常に綺麗で、素敵でしたが、

路面店のファッションの店舗や飲食の店舗はまれで、

丸の内の企業への外商活動の拠点のような店舗が少しあるだけで、

ここにもっとファッションや飲食の店舗あって、賑わいがあれば、

どんなに素敵だろうと思ったし、

閑散としている土日だって、人がいっぱい来るんじゃないかなと思ったものでした。

 

青春の1ページとして、銀座より、ある意味思い出深い丸の内がその後変遷して、

現在、ファッションや飲食の店舗のスペースが、大型百貨店のスペースよりも大きくなったのは、

本当にうれしく、今でもミーハーな私は、

メンズEXやチョイ悪親父になれるよう読むレオンなどを参考に、

丸の内にひしめく多くのメンズの店で嬉々として服やネクタイなど小物を購入したり、

お茶を飲んでゆっくりしたり、時には仕事の打ち合わせもする街になっています。

 

最後に、残念ながら、高校時代あこがれた生活で一つ実現していないのが、

丸の内で働くことです。

 

まあ頑張っていつか丸の内にオフィスが開くことができれば良いなと、

今の表参道も大好きな街ですが、

来年は60歳になるクソジジーですが、まだまだ夢見て頑張ろうと思っています。

野心満々、まあ丸の内にオフィスを持つことなんて、

小さい野心かもしれませんが、

私にとっては青春時代のトラウマもあって、真剣に画策しているところです。

 

実にくだらない内容の記事でしたが、風邪で頭も疲れ、シンプルで稚拙な話題で失礼しました。

 

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丸の内

3月9日



今日は風邪が最高潮の上、業務多忙で更新はシンプル、かつ軽い話題で失礼します。

 

今東京駅周辺の開発は盛んです。

まずは次の記事をお読みください。

 

JR東京駅周辺:大型ビル、八重洲側にも オフィス・ホテル・大丸も拡大……


 ◇変わる東京駅

 「東京の玄関口」で日本の顔でもあるJR東京駅周辺で高層オフィスビルが続々と姿を現している。先行してビル建設が相次いだ丸の内に比べ、地味な印象があった八重洲や日本橋口で、JR東日本などが約2000億円をかけて再開発し、8日に完成したサピアタワー(35階、約170メートル)をはじめ、今年三つのビルがオープンする。JRは、ブランド店が集まり、全国から人が訪れる丸の内地区に追いつき、東京駅と周辺地区の魅力を高めたい考えだ。

 日本橋口のサピアタワーはオフィスとホテルメトロポリタンが入る。10月には八重洲口に南北二つの「グラントウキョウタワー」(42階と43階、ともに205メートル)が完成、ノースタワーには大丸東京店が移る。今の大丸ビルは取り壊して駅前広場を整備し、両タワーをつなぐデッキを大屋根で包み込む「グランルーフ」が13年春に完成する。

 大丸は移転に伴い、店舗面積を現在の1・4倍に拡大。丸の内への流出が続いていた買い物客を呼び戻す考えだ。また、ホテルは、駅前の利便性をアピールしてビジネス客の取り込みを狙う。

 JRは丸の内駅舎を1914年の創建当時に復元する工事も近く始め、11年度に完成する予定。鉄骨れんが造り3階建てだったが、45年の空襲で3階が焼失した。資料も一部焼失しているが、当時の写真などを参考に元の姿に近づけるという。

 このほか、サピアタワー東側には森トラストの「丸の内トラストタワー本館」が08年11月に完成予定で、外資系高級ホテル「シャングリ・ラ ホテル東京」が入る。

 一方、三菱地所の再開発が先行した丸の内側では4月27日に「新丸の内ビルディング」(38階、198メートル)が完成、98年に始まった再開発の第1段階がほぼ終了する。

 オフィス一辺倒の街からの脱皮を目指した三菱地所は、夜や休日もにぎわう街にと、丸の内に海外人気ブランド店を集めた。新丸ビルの完成で、同社が開発した同地域ビルの店舗面積は10万平方メートル超と、百貨店で国内最大の松坂屋名古屋店(8万6758平方メートル)を上回る。三菱商事ビル建て替えに合わせた美術館の建設も決まっており、同社は新しい街の魅力をつくり出したい考えだ。

 

記事にもあるように丸の内と比較して八重洲の方は、立地条件の割には本当に地味な地域でした。

この地域がこれから何年かかけて様変わりしていくわけですが、

実は丸の内も、以前は記事にもあるように、ビジネス一辺倒と言うか、

三菱村と称されるように、三菱関係の会社が非常に多い街でした。

 

実はこの町には思い出や思い入れがありますが、

先ほども書きましたように、体調最悪なので、明日にさせてくださいね。

 

 

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休ませていただきます

3月8日

また風邪を引いたようで、本日は休ませていただきます。

皆様も風邪にお気をつけください。