権利を主張するのも時には大切な事ですが、権利だから当たり前と考えるのは、ちょっと違うように思います。


お金を払っているのだからやってもらって当たり前。

税金を納めているのだから恩恵を受けて当たり前。

制度があるのだから使って当たり前。


当然、権利や制度は使うもの。

でも・・・必要ないのに、使わなきゃ損、やってもらわなきゃ損、

そんな思いで行使する。

こういう風潮もどんどん増えてきているように感じます。


医療保険を使わないで健康でいられればそれでいいじゃない。

制度を使わないでも生活できるなら、それで幸せじゃない。

まじめに生きてきたけど困っている方、もっと助けてあげなければいけない方って

世の中に沢山います。

そういう人にこそ、光を当てて手を差し伸べたいです。



やってもらって当たり前・・・

使って当たり前・・・

そうではなくて、やってもらっている事に、当たり前のことに、

もっと感謝して生きたいものです。


そうじゃなきゃ、みんな嫌になっちゃいますよね。

みんな、心があり、心で動いているのだから。




人それぞれ、話し方の癖ってありますよね。それは、個性でもありますから、決して悪い事ではありませんが、話し方一つで相手の心に伝わる深さが違うのだなと改めて思います。



来客や電話対応一つとっても、相手を気遣う言葉を言えるかどうか、それは一重に自分の心次第なのですね。



そして、その心は必ず相手の心に通じるものです。



たどたどしくても、気持ちがあれば必ず伝わり相手の方は暖かい気持ちになれる。反対に流暢な言葉であっても、気持ちがなければ、ないまま伝わる。


要は自分の心次第。
でも、言葉は正直で咄嗟(とっさ)に出るものだから、日々心を磨いていないと、嘘はつけないのですね。


そして、言ってしまった言葉はなかなか消えない。「信頼を得るには長い長い時間がかかるけど、信頼を失うのは一瞬」とはメンターの言葉。



本当にその通りです。
だから、自分の心から出る言葉が気持ちのこもる素敵な言葉であるように、更に更に毎日毎日、反省をしながらゴシゴシ磨いていきます。

私もそうですが、最近は仕事でもプライベートでもメールのやりとりが頻繁ですよね。


メールを流すメリットは、時間の節約や資源の節約などが幾つかあります。

また、文章の方が確実に伝わり、且つ証拠にもなるというメリットがあります。


でも、その裏には、対話不足によって、社内で人間関係が希薄になったり、ディスカッションできない

社員も増えているのが現実です。


友人が経営する会社での話ですが、

部下に、「何か悩みや相談事があればいつでも言ってほしい」、と

いつも言っているのに、直接ではなく、退社した後に毎日のようにメールで相談事をしてくる

新入社員がいると嘆いていました。


私も経験がありますが、さっきまで友人と会って沢山射話をしていたのに、

分かれた後、メールが来て、さっきは言えなかったけど・・・

と、悩みや複雑な思いを綴った文面が届いたりすることもあります。


これと関連した話で、NYタイムスでの一記者による大量捏造・盗用が発覚した事件が

何年も前に起こりましたが、同誌はその原因を 「社内の対話不足」として挙げていました。

皮肉にも、情報の受信と発信を行う会社にあって、足元の人間交流に欠陥があったというのです。


IT社会はともすると一方通行になり、対話の欠如を生みやすいのですね。


現代はITなくして仕事も出来ない時代ですから、否定はできませんが、

人間同士の絆は、「直接会って対話する」、この中に人格同士の触れ合いがあるという

ことを忘れないように、人格と人格の触れ合いを大切にしたいです。

便利な故に、失われてしまうものもあるということ、肝に命じたいです。



縁する人って、本当に深い縁で、一生の間に出会える人数は一握りなのですよね。

だから、縁した一人の人のこと、もっともっと知ることができるように努力していきたい。




未来を担う子供達。


これからの日本を、これからの世界を支えていく大切な子供達。




自分達が歳を重ね高齢になったら、未来の子供達に一切のことを託していく以外にありません。




それは会社も地域も同じ方程式。


どんなに立派なことでも、それを引き継いでくれる人がいなければ、一時のことで終わってしまいます。




本当に社会を良くしていきたかったら、本当に多くの人の役に立つことを行っていきたかったら、


やはり、それを継続してくれる人を育てていかなければなりませんね。




子供達はいずれ、私達を社会を支えてくれる大切な存在です。


そう思ったら、「どの子もわが子」の思いで大事に関わっていきたい。




時には叱ることがあったとしても、尊敬し、応援し、励まし、見守り、みんなで育てていく。


このような気持ちが大人には必要だと心から思います。




今は、核家族化の時代です。


また、共働きのご家庭も多いですし、一人親のご家庭も多いことでしょう。


だからこそ、地域で、もっともっと一人一人の子供に関わり、豊かで健全な心を育むことに


ほんの少しでも役に立っていきたいと思います。






教育は、何も政治だけの問題ではありません。


児童手当や子ども手当てのような育児支援政策はとっても大切。


教育にはお金もかかるから。


だけど、忘れてはいけないのは、地域レベルで私達にも出来ることがたくさんあるということ。


そして、どんなにお金をかけても、心をかけなければ健全で豊かな心は育めないということ。






だから、自分の周りの子供達にもっともっと関心を持って、「子供はみなわが子」の思いで


接していきたい。


自分の子と他人の子は、やはり違うかもしれない。


だけど、私達大人がそのように思う気持ちが、必ず子供達の心に通じていくのだと実感します。






地域に、一人でも多く自分のことを見守ってくれている人がいる、という安心感が


子供達の自信につながり、個性豊かに伸び伸びと育ち、


やがては社会に貢献していく人材へと羽ばたくことができる。






そう信じて、これからも一人一人の子供達を大切にしていきたい。

何故だろう?


正義の人、実力のある人、人格のある人、


これらの方々は、決まって世間から叩かれる場合が往々にしてあります。






歴史上の人物や一流の人ほど、迫害を受け、非難中傷されているのですよね。


その根本は、嫉妬の気持ちなのです。


特に、島国の日本ではまだまだこのようなことが多いように感じてしまいます


本当に不思議。






でも、その迫害に負けずに、信念を貫き通し、何年、何十年かかっても


正義を証明し続けることで、


後になって、その人物の偉大さが分かるものです。


そして、彼らの生き方から多くのことを学ぶことが出来ます。






恩師曰く、「正しい人ほど、力のある人ほど嫉妬されるものだ。


          だから、嫉妬され、根も葉もない悪口を言われたら、


              心から喜んでいきなさい」と。






人間は弱いから、なかなか先人達のようには出来ないけど、




正しい人を認め、


実力のある人を称え、


人格のある人を尊敬したい。